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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 私達は、共に生きる二人に
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のぼせたような、私で

 夕暮れどき、寝室の暗がりが瞬く。

 その一対の瞬きに、私の心は躍る。


 彼女の瞳が開かれた。目が(くら)んだ。

 私の胸元が開かれた。頭が()ぜた。


 彼女は瞳を開き、私を抱き締めた。

 目が合って()ぐ、抱き締められた。

 心が躍るや否や、締め付けられた。


 彼女は時おり、着衣を脱いでいた。

 暑いと言い、時おり私から離れて。

 私は少し寒かった。彼女が離れて。


 ただ、薄着になっていく彼女の姿。

 頭が眩んで、良く分からなかった。

 ただ、彼女の触り心地が伝わった。

 それまでより、はっきり伝わった。


 私は、そんな彼女を熱いと感じた。


 彼女がはっきり私に触れる。それはとても嬉しかった。

 彼女が奥底まで私に触れる。それはとても嬉しかった。


 しかし私は、少しだけ、もどかしいと感じてしまった。


 はっきりと、深く触れてくれる彼女は、とても嬉しい。

 けれど、そうしてくれる彼女は、私とは別の存在だと。

 そう実感すると、嬉しさのなかに少し、異物が混ざる。

 私は彼女と同じくする、一つの存在になれないのだと。

 

 ただ、もしかしたら私は、そう思ってしまうからこそ。

 そう思ってしまうから、彼女に触れて、触れられたい。

 別の存在だからこそ、彼女に触れて、触れられたいと。


 彼女と私は別の存在。だから、二人きりで触れられる。

 別の存在だから、はっきり触れられたのを感じられる。

 別の存在だから、互いの輪郭(かたち)を確かめることができる。


 それは喜ばしいこと、あたたかいことだと感じていた。

 そう考えていたようで、それどころではないひととき。


 全身が熱くて、震えて、あたたかく浮かされたようで。

 苦しいほどにそれが続いて、身も心も惑わされていて。

 触れてくれる彼女の存在以外、何も分からなくなって。

 彼女がそばにいること以外、何も考えられなくなって。



 彼女は私を(くま)なく、触れてくれた。

 彼女が触れるままに、私は(とろ)けた。


 私に触れて、彼女は喜んだろうか。

 喜んでくれていれば、それで良い。

 私と同じように、喜んでくれれば。




 何時(いつ)の間にか、眠っていたらしい。

 コアイが気付いたときには、寝室は薄暗かった。


 夜明け前なのか、日の暮れた頃なのかは窓の外……東西の空の明るさを見なければ良く分からない。

 ただ、おそらくは夜明け前だろう。スノウが目を覚ましたのは、日が暮れた頃だった。

 それから直ぐに抱き締められて、そのまま……だから。



 スノウと二人、丸一日寝ていたとは考えにくいだろう。

 現に、隣に横たわる彼女はぐっすり眠っている。

 彼女は今回、私に()ばれてから……目覚めるまでに丸一日以上眠っていた。

 それだけ眠って、酒も飲まず……ただ私と触れあっただけで、それほど長く眠り続けられるだろうか。

 普段の彼女なら、そうはならない……気がする。


 ただ、それは別に構わない。

 安らかな寝顔と寝息、特に苦しそうにはしていない。

 それなら、気が済むまで眠ってくれればいい。

 私も、そんなスノウを気が済むまで見つめているから。



 コアイは隣で静かな寝息を立てるスノウに身体を向けて横になる。

 彼女へ向けた視線の端で、彼女の衣服が下敷きにされていた。よく見ると、その袖らしき一端がコアイの身体の下にも伸びている。


 衣服は適当に脱ぎ捨てて……コアイと触れあうことばかり考えて脱ぎ散らかしたのだろうか。

 衣服の皺や乱れなどは……コアイと触れあうことに比べれば瑣末なこと、だったのだろうか。


 ただ、そのことを考えようとすると……コアイは昨日のことを思い出してしまい……どこかもどかしく、少し恥ずかしく思えて、それ以上に胸の奥が強くそわつき……(うず)くように感じてしまう。


 やがて、胸の内が暴れ出す。

 コアイはスノウを見つめたまま、思わず両手を縮めて胸の前に寄せ……生唾を飲んでいた。

 そんなコアイの様子はつゆ知らず、スノウは深く眠りこんでいた。




 窓の外がすっかり宵闇に落ち、寝室にも灯りはない。

 闇夜の暗さに慣れたコアイの視力が、ただスノウの寝顔を捉える夜。


「んっ……あ、まっくら……」

 スノウの寝顔が目を開き、口を開いた。


「王サマ、いる?」

 顔の辺りからそっと、彼女の手が伸びる。


「……ああ、おはよう、スノウ」

 コアイはそこへ手を添えるか、そのままコアイの身体を触らせるか……迷った。

 迷っているうちに、彼女の手がコアイの頬を擦っていた。


「おはよ〜……お腹へったな……」

「一旦、起きるか?」

 空腹を訴える彼女のため、コアイは燭台に備え付けてある蝋燭(ろうそく)に火を付けてやる。


 しかし、灯りを頼りに彼女を起こしたところで、寝室に食料はないはず。

 酒場などが開いている時間帯であれば、食べに行けば良いが……とは考えた。

 が、窓から顔を出して覗いた周囲の暗さ、静けさから夜中であろうことが容易に想像できた。

 

「酒場が開いている頃合いではなさそうだ」

 コアイは彼女に告げながら、僅かな荷を置いた一角へ歩み寄り……酒瓶を手にする。


「今はこれしかない」

「えっお酒? いいじゃん飲んでごまかそ〜」

 申し訳なく思いながら酒瓶を示したコアイは、彼女の意外な笑顔に面食らった。


(さかな)がないが……いいのか?」

「いいよ〜飲んで二度寝しちゃお」

 彼女はすっかりその気になったのか、にっこり笑って酒瓶に手を伸ばしていた。


「あ、これってこの前の……甘くてこってり濃厚で芳醇? 的なやつ!」

 コアイが酒瓶を手渡すと、彼女は早速蓋を開けていた。そこから立ち昇った香りで、中味を察したらしい。


「おーいし~~!!」

 と、彼女は早くも酒瓶に口を付けていた。


「やっぱコレだね〜! 強いぶどうの匂いとバターみたいな風味が口の中でどろっとした甘さとまじり合って! それを飲み込むとかすかな酸っぱさと残り香! 最初の甘さがウソみたいな、はかない後味が! どんどん飲めやとアピールしてくる!!」

 と、彼女は何度も酒瓶に口を付けていた。



 コアイは繰り返し酒瓶に口を付けている彼女を、ただ眺めている。

 とても楽しそうに嬉しそうに、酒を飲み続けている彼女を。


「あっ、そうだ……へへ……」

 と、彼女が突然飲む手を止めた。手を止めて、コアイに顔を向けている。


「ねえねえ、王サマも飲もうよ、ねっ?」


 酒を勧めるにしては、少し不自然な彼女の笑顔。

 コアイはそう感じたものの、彼女の勧めを断りたくはない。

 黙って(うなず)いて、酒瓶を受け取ろうと手を出す……


 が。

 彼女はいきなりコアイへ抱きついて、唇を寄せていた。


 口の中に突然、甘ワイン(オペ)の濃厚な甘露と芳香が押し込まれる。

 唇の柔らかさとあたたかさ。佳酒の風味に微かに混じった、彼女の残り香。

 急転、コアイの思考が揺らぐ。


「な、なに……を……」

 思考が揺らぎ、力が抜けたように身体がぼんやりする。


「ん〜ふふふふ……ふぅっ…………」

 彼女は再びコアイに抱きついて、身体を預けるようにのしかかってきた。

 コアイはそれを受け止められず、床に押し倒されていた。


 彼女は、今日も、私と……?


 床に倒された程度で、コアイは痛みなど感じない。

 ただ、密着した彼女を意識させられて……コアイの心が躍り、胸中が跳ねる。


 ……しかし、今日の彼女がそれ以上の動きを見せることはなかった。

 コアイは微動だにしなくなった彼女が床に落ちないよう、抱き支えてやった。

 ただ、それだけでも……薄着なままだった彼女の身体はコアイにぴったりと寄り添っていて……


 彼女の存在ははっきり感じられるが、その身体、皮膚のひとつひとつがしっとりと吸い付いたようであった。

 コアイの皮膚にひたりと合わさる彼女の皮膚は、彼女が己と別の存在だとは思わせないかのようであった。

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