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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
第二章 焦がれる災禍、灼かれる敗者
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五 魔術の似合うヨル

 森の中に築かれ侵攻路の限られた、また広い(ほり)と複数の城壁を備えた、大陸有数の堅城と賞されるタラス城。

 その堅城は今、大きな災いをその身の端に()れた。



 コアイは悠々と、城壁の内側を歩いていく。幸い城壁側からも城の高い部分が見えるため、方向を誤って反対側の城壁外へ出てしまう(おそれ)はなかった。


 (しばら)く歩くと、小さめの家らしき建物が規則正しく並んでいた。それら建物のうちいくつかから、得物を携えた者が駆け出してくる。



「な、なんだお前は!?」

「曲者ッ!」

 人間達は各々声を上げながら、侵入者──コアイに対する。

 

 しかし、『聖域(ブルカン)』に在るコアイにその声は届かない。コアイは視界に入った人間達を一瞥(いちべつ)したが、相手にするのも面倒に感じそのまま通り過ぎようとした。


「チッ、何なんだ!?」

「っ、ままよ!」

 人間達はコアイの振る舞いに戸惑いながら、長槍で突こうとした。


 しかし、『聖域』に在るコアイにその刃は届かない。コアイは人間達に何ら応えることなく、城の見える方向へ歩き続ける。


「な、何だよこいつ」

「この感覚は……!?」

 二人の兵は横並びで不審者に相対し、ほぼ同時に真っ直ぐ長槍を突き出していた。それを(さえぎ)る物は何も無かった、はずであった。

 しかし二人の槍先は丸盾で流されたように外側へ逸れていた。


 そこには槍先を背けさせる力だけがあり、何かに触れたという感覚は存在し得なかった。 

 それは(あたか)も、恒久の摂理であるかのように。


 二人は歩き続ける不審者に横から、斜め後ろから突きを試みて、三度(みたび)同じ結果を得た。どうにもならないと察した二人は、呆然と不審者を見送っていた。



 コアイは歩みを速めない。やがて、先に抜けた城門の上に居た者達が追い付きだした。


「待てよてめェ!?」

「逃がさん!」


 ある者は手にしていた弓でもう一度、矢を放つ。またある者は()いていた剣を抜き、背後から斬りかかろうと襲いかかる。

 勿論(もちろん)、矢は横へ逸れて落ちていく。斬りかかろうとした者は、剣の間合いまで近付く前に身体を横へ流されていく。


「くッ」

「近付くことすらできんのか……」

「なんだって、マシュー先生もワッツ殿も不在の時にこんな……」




 ……彼女の居ない世界でこれは、つまらない、な。


 唐突にそう感じたコアイは一拍置いて、『聖域』を解いた。しかし、この期に及んでなおコアイを排そうと試みる人間は、ここには居なかった。



 コアイは『聖域』を出て、さらに歩き続ける。すると、先に切り裂いたものによく似た、重たげな門扉を見つけた。

 コアイは先の門扉と同じように、『突風剣(エアスラッシュ)』で切り裂き奥へ進んだ。


 二枚目の扉の先には、小洒落(こじゃれ)た家らしき建物がぽつぽつと建てられていた。それらの建物からは、人間達が駆け出してくることはなかった。


 代わりに、城の方向から一人、暗い色の外套(コート)に身を包み、フードを被った小柄な人間が歩いて来た。 



「チッ……あの筋肉ジジイはどこ行ったんだい、ちったぁ仕事しろよな」

 小柄な人間は、女らしき声で不満げに独り言ちた。


「ハァ……で、何? 何しに来たの」

「お前は女、か?」

「は? 質問してんのアタシなんだけど」

「それがどうした、人間よ」


 興味無さげに言葉を返すコアイに剣呑な空気を感じたのか、女は飛び退いて距離を取った。そうしてから、外套の裏に手を入れて(まさぐ)りだした。


「ッぜぇな……丁度いいや、コイツで試してみるか」

 女は外套の裏から小瓶のようなものを取り出し、一息に飲み干す。


 コアイは突然、女の身体から魔力が漏れ出したのを感じ取った。少し興味が湧いたコアイは女を注視する。



「へぇ……そっか、それなら、もっと先を見せてあげようか?」

 女はそう言うと、小瓶のようなものを数個手にし、続けざまに飲み干していく。女がそれを飲むごとに女から漏れる魔力が強まり、その匂いがコアイを刺激する。


「……良さそうだ」

「楽しそうな所悪いけど、手加減できねぇよ?」

 いつしか、フードの奥で女の顔は紅潮し、またその瞳は宝石のように(あお)く輝いている。


「……もう一本、行っとくか」



 最後の一本を飲み干した後、女は眼を閉じて詠唱らしき文言を紡ぎ出した。


(あばら)(ささ)げ、肉捧げ、信捧げ、数多(あまた)(にえ)が主の御力成さんことを」


 コアイはそれを、黙って眺めている。それが、如何な力を呼び覚ますのか、愉しみに待っている。



「大きな()り骨に宿る力は、()れることなく」

「涸れる命に、さよならを……『漂戦車(ストランド・ビースト)』!!」

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