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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 私達は、共に生きる二人に
258/313

ちゃんとした、私で

 すみません、遅くなりました。

「いっいやいやお待ちくだされ」

「……なんだ、なにか問題でもあるのか」

 勢い良く、気分良く立ち上がったところを止められた。

 コアイは少し苛立ちを覚えつつ、その理由を(たず)ねる。


「それがですな……手紙だけでは詳しく説明しきれないため、一度会って直に話す必要があるとのことです。そこで、まずは会談に応じてくれるか答えてほしい……と」

 どうやら、大陸南部の森で何を成すべきなのか……具体的な話は、手紙に書かれていないらしい。


「まだ動けぬ、と?」

 コアイはがっくり力が抜けたように、ベッドに腰を落とした。


「逸るお気持ちはお察しいたします……では、大公殿下への返事はしておいてよろしいですかな?」

「……任せる」

 そしてつい溜め息を吐いて、ソディに背を向けて寝転がってしまった。


 ……まだ早いというなら、いま私に話す必要などないだろうに。




 半ば不貞寝してしまった格好のコアイが、ふと気付くと……寝室はすっかり暗くなっていた。

 寝室には一人、ソディもコアイの眠りを妨げることはせずに部屋から立ち去ったらしい。


 と、寝室の外から戸を叩く音が聞こえる。


「陛下、陛下……よろしいですかな?」

 普段通りの(しゃが)れた声。

 しかし今回は、魔力が二つ……ソディ一人ではなく、おそらくは大男アクドを連れて来ている。


「入るがいい、ついでに明かりを灯してほしい」

 コアイは彼等を招き入れつつ、寝室の明かりを付けるよう頼んだ。


 一人でいるなら、暗がりでも問題はないが……人を招き入れるなら、照明が必要だろう。

 そうは思ったが、直ぐに立ち上がって明かりを付けるのは……少し面倒に感じて。


「お……お久しぶりです、王さ……陛下」

 寝室の入口から真っ直ぐ壁の燭台へ向かったソディに連れて、大男アクドが寝室へ入ってきた。


 筋骨隆々の大男らしい野太い声……で発された、その図体には不似合いとも思える……相変わらずの、縮こまったような挨拶。

 しかし、これまでよりは淀みも言い損ないも少ない。

 多少なりとも丁寧な言い回しに、どうやら徐々に慣れてきたらしい。


 コアイがそう感じた頃には、室内に十分な明かりが灯されていた。


「こたびの件、アクドにも要点を伝えておこうと思いましてな。それと、大公殿下への手紙にご署名をいただきたく」

 ソディはアクドを連れてきた理由を簡単に説明しつつ、早くも机に紙を広げている。


「署名……」

 と、コアイは過去に親書への署名を求められ……書き損じたことを思い出してしまう。

 普段文字を書くことのないコアイには、少し気が重い。


 今度は失敗しないように……したいものだが。


「ところでアクドよ、こたびの大公殿下の申し出……どう思う?」

 ソディは器用にも……手紙を広げた机の、コアイに近い側にペンと墨を置きつつ顔をアクドへ向けて語りかけた。


「どうって、大公さんの誘いなら大丈夫だろ?」

「……何故そう思うか、そこが肝心じゃ」

 コアイが重い腰を上げて、ペンを手にしようと机に向かったところ……二人はなにやら問答を始めていた。


「また、理由を言葉で説明しろってやつか?」

「また、じゃ。お前は何事も身体、感覚に委ねるきらいがある。頭で考えるのを、癖にしていかねばならん」

 ペンを手に取り、書き損じることなく署名を記そうと意識するコアイをよそに……二人の声が寝室に響く。


「よし、書くぞ……」

「……ああ、なんというか、その……大公さんなら王様……陛下を誘い出しといて、その隙にこっちが襲われる……なんてことがあったら」

 ペンに墨を付けて、さあ今度こそ……と紙に向かったコアイだが、二人の会話のせいかどうにもペンと紙面に集中できない。


「大公さんなら、バレたときにどうなるか……くらいのことはすぐ想像できるだろ」

「なんとか言い逃れしようとするかもしれぬし、何なら戦って死ぬなら構わぬ、などと考えたりはせぬかの?」

 コアイはなんとか、筆記に意識を向けようとしたが……何時(いつ)しか頭を掻く音と問答の声が入り混じって、いっそう気が散ってしまう。


「王様がそんな言い訳を聞いてくれるとは考えないだろ、それに……自分一人ならともかく、自分に命を預けてくれる人間まで巻き込んで無駄死にさせるような人じゃないよ、大公さんは」

「あ、あっ……」

「ふむ……よし、よかろう……頭を働かせられるようになってきたのう、ほっほ」

 嗄れた笑い声が聞こえて、問答の声は止んだ。

 しかし時既に遅し、コアイはまたも署名を書き損じてしまっていた。


「しまった……」

「ああ陛下、失礼いたしました。つい……ご署名はなされましたかな?」

「書き損じた」

「ま……まあ陛下の書であると示すことが肝心ですから、な」




 コアイの、書き損じの署名がなされた返書が大公フェデリコへ送られ、暫くして……大公から会談の場について記した返書が返ってきた。


 現在、大陸の南西部でエルフの地と人間の地とを東西に分ける境となっている、ルルミウズ川……その西側、すなわち人間の地の端に立つ小さな城市サラクリート。

 国境に近く、また大公に微かな縁があるその城市で……大公はコアイに会いたいという。


 コアイは早速、ソディに旅の支度を整えさせた。

 路銀と馬、そして今回は佳酒を二瓶用意させた。


 旅の道中で、スノウに振る舞おうと用意させた。



 ここ暫くは、スノウに逢っていなかった。

 一人想っていたスノウと、再び(まみ)えたい。


 一人想っていた彼女ではなく、実在する彼女に。

 惰眠を貪った私ではなく、彼女に付き添う私で。


 あたたかで愛しい彼女に、恋しく寄り添う私で。

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