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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 私達は、共に生きる二人に
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まつほの先は長くても

 コアイは、床へ転がり落ちた白い塊を拾い上げてみる。すると見た目以上にふわりと軽いその塊は、とても滑らかな感覚を返してきた。

 それを敢えて例えるなら……スノウの手首を掴んだときの肌触りと、彼女に触れられたときのあたたかさに似ている。



「これが糸、(ある)いは布になるということか?」

 コアイは拾い上げた、白く軽い塊を皿に戻しながら老人ソディに問う。


「そう聞いています」

 ソディは何故か、眉間の皺を少し深くしている。


 大公からの手紙によると……白い楕円体を形作る膜状の外殻を丁寧に(ほど)くと、細い繊維が得られる。それを集めて()ることで、美しい糸を作れるのだという。

 またこの糸を大量に集めて織ることで、布地を得ることもできるのではないか、という。


「しかし今は布地にしていないので、確実ではない……とか」

「何か問題があるのか」

 そう問いかけてみたコアイではあったが、言い終えた頃には脳裏に別の懸念が浮かんでいた。


「いや、そもそもこれは……」


 確かに白いが、あの……彼女の書物に描かれた「ドレス」の白さには見えない。

 それは単に白さというよりは、別の表現をすべき色合いの違いかもしれないが……見当違いを承知で例えるならば、雪の白さと乳? の白さ……だろうか。

 昔、獣の乳を好んで飲む魔族の姿を見た気がするのを思い出しただけだから、どこかで思い違いをしていることもあり得るが。


「あの衣装の、輝くような艶とは」

「お気付きになりましたか?」

 何時(いつ)の間にか自身とコアイ二人分の酒を注ぎ、杯に口をつけていたソディが目を細めた。


「流石ですな、陛下……っと、失礼」

 ソディは細目のままでしれっと杯を置き、空いた手で懐から小さな筒状のものを取り出し……机に立てて見せた。


 その筒状の木工細工? は、周囲に雪の白さを纏っている。

 その色は、小さな筒の外周……視界のうちの僅かな範囲ではあるが、あの色合いと同じ輝きを放っているように感じた。

 雪の白さと輝きを宿したような、あの衣装の色合いと。


「……これが」

 筒状の木工細工をよく見ると、その外周には白く艶のある糸が何重にも巻き付いている。



「最近になって、モリモス……この糸の色味を変える新しい技法が確立できた……と、大公殿下が教えてくれました」


 なんでもその技法は、過去に大公と行動をともにしていた『神の僕』の一人がこの糸の製法を知った際、糸をより美しくする処理方法があると周囲に語り聞かせたものだという。

 『神の僕』と呼ばれた人間は、数年前コアイと闘って全員が敗死したが……彼等は、今になって奇妙な縁を結んだらしい。


「ただ、問題は他にもいくつかございましてな」


 ソディが言うには、このモリモスなる糸をより美しくすることはできているが……今も糸の生産量自体が極めて少ないらしい。そのため、この糸で布地を織ることはせず、(もっぱ)ら高級な刺繍を施すために使われているのだという。


「この糸、多く作ることはできないのか?」

 コアイは素直に疑問を口にした。


「それが、この糸の製法自体にも……人間の知らぬ骨子が多々あるらしく」

「どういうことだ? 人間が作った糸ではないのか?」


 大公殿下からもあくまで内密に、とのこと……と前置いてから、ソディが話した内容によれば……


 どうやらこの糸の製法は、元々人間の技術ではないらしい。遥か過去、「魔王」の時代に……東の果てから来たドワーフの行商人によってある人間の村に伝わり、そこで長い年月を経て育まれたもの……と伝えられているのだそうだ。

 ただ当時は、人間の技術力や他種族との力関係などの理由でドワーフの語る技術を再現しきれず、やがて糸の生産にまつわる様々な創意工夫が失伝していった……とも。


 この糸の製法が伝わったのがコアイの時代か、それより前のことかは分からないが……確かドワーフとは、コアイが「魔王」だった頃には蒼魔族と名乗っていた者達、部族だった。

 あの頃、美しい宝石の工芸品や素顔を隠す鉄面の替え、または白銀の面を贈られたことがあった。


 あの鉄面……彼女に出逢う前は、常に用いていた。今ではもう、何故身に着けていたかも覚えていない。

 ただ、彼女から外そうと勧められたときに、素直に外して……二度と用いなかった。

 何故、長年着けていた鉄面をそうも簡単に、使わなくなったのか……それすら、何故だったのか分からない。


 覚えているのは、彼女のためなら……と心から感じていたこと、それだけ。



「陛下、陛下……?」

 と……あれこれと過去へ考えを巡らせたコアイは、ソディの声で現在に引き戻される。


「あ、ああ……で、この糸はどれほど必要なのか」

「織物とするには、これではまるで足りませぬ」

「……ならば、ソディ殿の力で作れぬのか?」

「大まかな製法は手紙で知れましたが……()()は、(わし)らエルフにはどうにも辛いものでしてな」

 ソディの顔が、コアイに楕円体を見せたときと同様にしかめられていた。

 コアイにはその理由が分からないが、ソディ達には何かしらこの糸に関する問題があるらしい。


「陛下のためとあらば、売り買いくらいは務めてみせますが……儂の商会で作らせるのは難しいと思います」

「そうか、ならば貴殿が買い集めるのを待つか」

「そ、それは……ずいぶん気の長い話ですなあ」

 苦笑いしながら酒を(あお)るソディを見て、コアイも注がれていた酒を飲み干した。酒は何時もより、少し酸っぱかった。


「私は、少し眠ることにする」

「かしこまりました、では失礼いたしますぞ」




 ソディは酒器や糸を手に、寝室から去っていった。

 それを視線で見送ってから、コアイは……ベッドに寝転がった。


 彼女を感じられない、ベッドの上。

 そこには僅かにも、彼女の残り香を感じられない。

 すこし、さみしい。


 すこし、さみしい。けれど、なんの用意もなく彼女を()ぶのは気が引ける。

 だから今日は、ひとりただ彼女を想う。


 何もない場所でも、彼女を想えば……

 いや、何もない場所だから……心置きなく彼女を想って。

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