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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
第二章 焦がれる災禍、灼かれる敗者
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四 だれも触れないヒトリだけの世界

 ……これでは手頃な魔術の的ではないか。


 城の周辺を眺めたコアイが、直ぐに抱いた印象であった。



 天然の池か人造の堀かは分からないが、高台に築かれた城の周りを水が囲っている。兵士が城へ取り付くのを防ぐためなのだろうが、見える限り池の(へり)から城までの距離が足りていない。


 確かに、一般の弓では届かない距離と見える。魔術を用いぬ兵相手なら、守りやすい構造であろう。

 徒歩での攻めであれば、幾重かの城壁に()って攻め手を疲弊させ、仮に城壁を全て破られたとしても高所から兵を繰り出せる。水路での攻めであれば、(いかだ)を組む際でも筏を漕ぐ際でも、上陸の際でも反撃に転じられる。


 しかし、並みの翠魔族(すいまぞく)の魔術師を十数名も集めて合力させれば、岩石や丸太などを城へ続々投射できる程度の距離しか取れていない。城の高さも、(かえ)って的を狙い易くしている。

 仮に、城側に投石の機巧(からくり)が備えられていたとしても、射ち合いになれば攻め手が有利だ。

 ましてや、私であれば。


 この城、破壊することは容易い。容易いが、それでは城内に蓄えられているだろう物資や、城内に備えられているだろう設備を失ってしまう。


 ……彼女のためには。



 コアイは城を破壊せずに手に入れるため、正面から備えを破って()とすことにした。それは少し手間の増える選択であったが、けして難事ではない。




 この有様は裏を返せば、人間による他種族の支配が既に安定していることの証左であった。しかし、過去に人間の脆弱(ひよわ)さを肌身で知っていたコアイには、そう解釈することができなかった。

 コアイは陸上での最短距離を取り──最外殻の城壁へ辿り着いた。城壁は池の縁から伸び、要所となる道を(ふさ)ぎながら森へ突き刺さり、その中を()って別の水際まで伸ばされているらしい。



「おい、お前何用だ!」

「そこで止まれ! 止まらねば()つぞ!?」

 城壁の上で見張りをしていたらしい人間達がコアイの姿を認め、各々が警戒感を(あらわ)にする。

 もちろん、コアイにとってそれらは聞き取る必要もない雑音である。


「……風よ木よ、水よ音よ、鹿よ狼よ」

「安寧たれ静穏たれ 『聖域(ブルカン)』」

 コアイは人間達の呼び掛けを無視するように、一節を詠唱した。


「おい、答えろよ!?」

「構わん、射て!」

 誰かが叫んだその言葉に応じて、人間達は咄嗟(とっさ)に弓を構え矢をつがえた。そのうち数人は、躊躇(ためら)いなくコアイへ向けて矢を放っていた!

 しかしコアイは何の反応も示さない、向かってきた矢は例外なく()れていた。


「おいおい、弓の射ち方忘れたのか? オラっ!」

「あ、当たれっ!」

 矢をつがえて、直ぐには射たなかった者達が遅れて矢を放つ。

 コアイは今度も、掌の斥力を矢へ向けるどころか飛んでくる矢に見向きもしない。そして矢は至極当然のように逸れていく。


「どういうことだ!?」

「分からん! 分からんが、(ひる)むな! 射て射て!」

「おかしな野郎だ! 早くどっか行けよ!?」

 人間達は城壁の上から次々と矢を放っていた。しかしそれらは(いず)れも(コアイ)へと向かって飛びながら、ある地点までに必ず逸れるのだった。


 コアイは飛ぶ矢に触れることなく、どこかに備えられているだろう通用口を探すため城壁に沿って歩いていく。その姿は、己の命を狙う者など何処にもいない、いや。

 己の(そば)には何人(なんぴと)も居ないと、確信しているようですらあった。


「くっ、あれは一体何なんだ……」

「応援を呼びましょうか、隊長?」

「頼む、なんでか奴はとても嫌な予感がする……残りは奴を追うぞ!」



 (しばら)くして、城壁の辺りから金属を打ち鳴らすけたたましい音が響きだした。その音の届く範囲にいた人間達は用意の整った者から城壁へ登り、壁の外を悠然と歩く異様な存在へ攻撃を加えていく。


 いつしか、コアイの周囲には矢だけでなく大小の石が飛来するようになった。それらは一つも命中することなく、地に並べられていく。しかし、コアイはそれらを顧みない。

 辺りには警報と思しき音が鳴り続ける。しかし、それもやはりコアイには届いていないようであった。




 『聖域(ブルカン)』。

 それは無上の安らぎであったと、記憶していた。

 しかし今、そこに在って……そうではなかったことに気が付いた。


 私にとって、最高の安らぎとは────




 やがて、コアイは大きく重々しい門扉を目にした。恐らく正門であろう、そして近くに通用口らしきものは見当たらない。

 ここで敢えて正門を無視し、通用口からの侵入に(こだわ)る理由はない。城門ならば壊したとて、貴品珍品を巻き込むということも考えにくい。


「風よ我が刃よ、『突風剣(エアスラッシュ)』」

 コアイは『聖域』に係る風の想起を活かし、別の魔術を展開する。

 元来、この魔術は人間が編み出したものであった。しかし、人間の魔術師が扱っても青銅や鉄を容易く切り裂くような威力はまず得られない。本来は浅い切り傷を素早く与える程度の、静かで補助的な術である。


 しかしここで放たれた『突風剣』は門扉を袈裟懸(けさが)けに、難なく切り開いた。

 無論それは、術者の魔力差に依るものである。



 コアイは切り開いた門扉の隙間から、悠々と侵入した。

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