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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 私達は、共に生きる二人に
247/313

あなたのためにいるの

 熱を感じている。

 身体中に(あまね)く、熱を感じている。

 身体の外には彼女からの。

 身体の内にはみずからの。


 身体を()くような内側の熱、それは彼女によって(おこ)されたものだと、理解している。


 内側の熱は、いや外側の熱も……収まることを知らぬかのようだ。

 内側の熱は彼女の身体に囲まれて……何処(どこ)にも放たれ、発散されないでいる。だから、当然かもしれない。

 外側の熱は彼女の身体から発して……きっと、私に向いている。そう思い、感じたい、受け止めていたい。

 

 私の内に熾された熱と、私の外から包み込むような熱。

 内で火照って、外から照らして。



 夜の闇のなか。

 息を吸えば、香りが彼女の存在を伝えてくれる。

 耳を澄ませば、寝息が彼女の存在を伝えてくれる。

 肌を震わせれば、感触が彼女の存在を伝えてくれる。


 目を開けば、いや目を開かずとも……その熱が彼女の存在を伝えてくれる。

 その熱は、彼女の存在を伝えつつ、私を焦がし続ける。


 欲を言えば、もう少し深く触れてほしかった。

 そう望んで、願っていることを自覚している。


 ただ、それを意識してしまうと頭の内が熱く……思考が浮ついて、深く考えられなくなる。

 頭だけではない。身体中が灼けて……痺れたように感じて、思ったようには動けなくなる。


 けれど、今はそれで良い。

 彼女に抱き締められたまま、動くつもりもない。

 彼女を起こさないよう、身も心も委ねればいい。

 彼女が眠りたいのなら、余計な望みは出さずに。



 黙って目を閉じていた。眠れるわけでも、他に何かできるわけでもないが……

 コアイはスノウに抱き締められたまま、ただ目を閉じて温まっていた。




 何時(いつ)の間にか微睡(まどろ)んでいたのだろうか、閉じた(まぶた)の先が少し明るくなっていて……

 それでも目を閉じたままで過ごしていると、彼女の香りに少し混じった、雨上がりの湿気た匂いを微かに感じた。

 熱に浮かされているうちに、外では雨が降っていたのだろうか。


 感触や微かな重みから、今も彼女に抱き締められていることには変わりない……それを認識しつつ、コアイは目を開けてみた。

 

 気付けば、思考を乱すような熱の(うず)きが収まっている。

 それでもコアイは、彼女のことばかり考えてしまう。それは、変わらない。


 今も、彼女が側にいる。

 嬉しい。とても嬉しい。

 彼女の存在が、堪らなく喜ばしい。


 彼女と出逢う前には、感じることのなかった感覚。


 過去、強者との闘争を喜び、楽しんだことは何度かある。

 しかし、誰かが側にいてくれること、誰かの側にいられること、いや……

 その人が存在すること、それ自体を嬉しく思えるのは……彼女が初めて。今も昔も、彼女だけ。


 私は、彼女が存在するためなら……どんなことでも出来る。

 そのためになら、何でも……成してみせる。


 欲を言えば、彼女には側にいてほしいし、本当はもっと触れてほしいけれど。

 それでなくても、彼女のためなら、私は…………



 上から抱き締められたまま、目線だけ彼女の寝顔へ向けて……笑みを一つこぼしてから、その横顔を眺め続けていた。




 身体の上ですやすやと眠り続けるスノウのことを、どれほどの間眺めていただろうか。


「んっ……」

 ある時、(うな)りとも(うめ)きとも取れる声が上がった。

 それに伴い、背に回されていた手の片方が外れる。


「と……」

 手が外れるだけなら、声も手も出なかった。

 手を動かしたことで重心がずれて、彼女がコアイの身体から落ちそうになって……思わず声を漏らしながら、手を添えていた。

 コアイはなんとか彼女を支えたが、二人の身体は多少揺れた。

 起こしてしまっていなければ良いが……と、彼女へ向ける瞳に憂いが混ざる。


「む〜……すー」

 しかし、コアイの心配をよそに……彼女は再び安らかな寝息を立てはじめた。

 コアイは安心して、それを少し顔に出しながらも……彼女に動きを伝えぬよう、身動ぎひとつせぬように意識して曇り空の朝を過ごす。



「ゔ〜……おなかへった……」

 そんなコアイとスノウの朝は、彼女の腹から鳴る音と呟きから始まった。


「んあ……王サマ」

「おはよう、スノウ」

 彼女は目を開くやいなや、コアイに顔を向ける。

 その動きに、コアイは軽く胸の奥を躍らせながら声をかける。


「ごめん、わたし寝ちゃったね……」

「気にすることはない」

 彼女は昨夜眠ってしまったことを謝るが……言葉通り、コアイはまったく気にしていない。

 眠ってしまったとはいえ、彼女が側に居続けてくれたのだから……それで十分、何も辛くはない。


「それより、大丈夫か? 腹が減ったと言っていたが」

 そんなことよりも、空腹に腹を鳴らしていた彼女を……満たしてやりたい。


「……うん」

 彼女は軽く(うつむ)いてから、


「どっか連れてって!」

 コアイの腕だけを取りながら笑顔を見せた。


「わかった、行こう」

 コアイは腕を取られたまま身体を起こして、彼女を連れてベッドから立ち上がった。立ち上がったが……

 足を進めようとしたところで……左の頬に何時の間にか、彼女の顔が近付いていて。


 頬に触れた熱のせいで、暫く歩き出せないでいた。




 コアイは過去の記憶を頼りに、スノウを酒場へと連れて行く。

 念のため、コアイ達を襲う輩が現れないか……行き交う人間達に目を光らせながら。


「王サマ、どうかした? 人多いの苦手?」

「……苦手というか、落ち着かない」

 彼女に余計な不安を抱かせたくはない。

 コアイは少しだけ、態度を濁した。


「そっか、無理しないでね」

「済まない」

 コアイは少しだけ、彼女の手を握る力が強まってしまうのを感じたが……平静を装って歩む。


 結局、コアイが懸念するような事態は起こらず……何事もなく…酒場が林立する一帯に差しかかった。

 以前と同じ、どこか野放図な喧騒。


「あ、看板あるね!」

 と、彼女が突然足を早めコアイの手を引いた。


 彼女が飛びついたのは、【酒! 笑え! 牛喰屋!】と書かれた看板。

 それは、以前コアイが一人で訪れた時に立てかけられていたのと同じ……佳肴を振る舞い、佳酒を売ってくれた酒場の看板。

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