あなたのためにいるの
熱を感じている。
身体中に遍く、熱を感じている。
身体の外には彼女からの。
身体の内にはみずからの。
身体を灼くような内側の熱、それは彼女によって熾されたものだと、理解している。
内側の熱は、いや外側の熱も……収まることを知らぬかのようだ。
内側の熱は彼女の身体に囲まれて……何処にも放たれ、発散されないでいる。だから、当然かもしれない。
外側の熱は彼女の身体から発して……きっと、私に向いている。そう思い、感じたい、受け止めていたい。
私の内に熾された熱と、私の外から包み込むような熱。
内で火照って、外から照らして。
夜の闇のなか。
息を吸えば、香りが彼女の存在を伝えてくれる。
耳を澄ませば、寝息が彼女の存在を伝えてくれる。
肌を震わせれば、感触が彼女の存在を伝えてくれる。
目を開けば、いや目を開かずとも……その熱が彼女の存在を伝えてくれる。
その熱は、彼女の存在を伝えつつ、私を焦がし続ける。
欲を言えば、もう少し深く触れてほしかった。
そう望んで、願っていることを自覚している。
ただ、それを意識してしまうと頭の内が熱く……思考が浮ついて、深く考えられなくなる。
頭だけではない。身体中が灼けて……痺れたように感じて、思ったようには動けなくなる。
けれど、今はそれで良い。
彼女に抱き締められたまま、動くつもりもない。
彼女を起こさないよう、身も心も委ねればいい。
彼女が眠りたいのなら、余計な望みは出さずに。
黙って目を閉じていた。眠れるわけでも、他に何かできるわけでもないが……
コアイはスノウに抱き締められたまま、ただ目を閉じて温まっていた。
何時の間にか微睡んでいたのだろうか、閉じた瞼の先が少し明るくなっていて……
それでも目を閉じたままで過ごしていると、彼女の香りに少し混じった、雨上がりの湿気た匂いを微かに感じた。
熱に浮かされているうちに、外では雨が降っていたのだろうか。
感触や微かな重みから、今も彼女に抱き締められていることには変わりない……それを認識しつつ、コアイは目を開けてみた。
気付けば、思考を乱すような熱の疼きが収まっている。
それでもコアイは、彼女のことばかり考えてしまう。それは、変わらない。
今も、彼女が側にいる。
嬉しい。とても嬉しい。
彼女の存在が、堪らなく喜ばしい。
彼女と出逢う前には、感じることのなかった感覚。
過去、強者との闘争を喜び、楽しんだことは何度かある。
しかし、誰かが側にいてくれること、誰かの側にいられること、いや……
その人が存在すること、それ自体を嬉しく思えるのは……彼女が初めて。今も昔も、彼女だけ。
私は、彼女が存在するためなら……どんなことでも出来る。
そのためになら、何でも……成してみせる。
欲を言えば、彼女には側にいてほしいし、本当はもっと触れてほしいけれど。
それでなくても、彼女のためなら、私は…………
上から抱き締められたまま、目線だけ彼女の寝顔へ向けて……笑みを一つこぼしてから、その横顔を眺め続けていた。
身体の上ですやすやと眠り続けるスノウのことを、どれほどの間眺めていただろうか。
「んっ……」
ある時、唸りとも呻きとも取れる声が上がった。
それに伴い、背に回されていた手の片方が外れる。
「と……」
手が外れるだけなら、声も手も出なかった。
手を動かしたことで重心がずれて、彼女がコアイの身体から落ちそうになって……思わず声を漏らしながら、手を添えていた。
コアイはなんとか彼女を支えたが、二人の身体は多少揺れた。
起こしてしまっていなければ良いが……と、彼女へ向ける瞳に憂いが混ざる。
「む〜……すー」
しかし、コアイの心配をよそに……彼女は再び安らかな寝息を立てはじめた。
コアイは安心して、それを少し顔に出しながらも……彼女に動きを伝えぬよう、身動ぎひとつせぬように意識して曇り空の朝を過ごす。
「ゔ〜……おなかへった……」
そんなコアイとスノウの朝は、彼女の腹から鳴る音と呟きから始まった。
「んあ……王サマ」
「おはよう、スノウ」
彼女は目を開くやいなや、コアイに顔を向ける。
その動きに、コアイは軽く胸の奥を躍らせながら声をかける。
「ごめん、わたし寝ちゃったね……」
「気にすることはない」
彼女は昨夜眠ってしまったことを謝るが……言葉通り、コアイはまったく気にしていない。
眠ってしまったとはいえ、彼女が側に居続けてくれたのだから……それで十分、何も辛くはない。
「それより、大丈夫か? 腹が減ったと言っていたが」
そんなことよりも、空腹に腹を鳴らしていた彼女を……満たしてやりたい。
「……うん」
彼女は軽く俯いてから、
「どっか連れてって!」
コアイの腕だけを取りながら笑顔を見せた。
「わかった、行こう」
コアイは腕を取られたまま身体を起こして、彼女を連れてベッドから立ち上がった。立ち上がったが……
足を進めようとしたところで……左の頬に何時の間にか、彼女の顔が近付いていて。
頬に触れた熱のせいで、暫く歩き出せないでいた。
コアイは過去の記憶を頼りに、スノウを酒場へと連れて行く。
念のため、コアイ達を襲う輩が現れないか……行き交う人間達に目を光らせながら。
「王サマ、どうかした? 人多いの苦手?」
「……苦手というか、落ち着かない」
彼女に余計な不安を抱かせたくはない。
コアイは少しだけ、態度を濁した。
「そっか、無理しないでね」
「済まない」
コアイは少しだけ、彼女の手を握る力が強まってしまうのを感じたが……平静を装って歩む。
結局、コアイが懸念するような事態は起こらず……何事もなく…酒場が林立する一帯に差しかかった。
以前と同じ、どこか野放図な喧騒。
「あ、看板あるね!」
と、彼女が突然足を早めコアイの手を引いた。
彼女が飛びついたのは、【酒! 笑え! 牛喰屋!】と書かれた看板。
それは、以前コアイが一人で訪れた時に立てかけられていたのと同じ……佳肴を振る舞い、佳酒を売ってくれた酒場の看板。




