表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 私達は、共に生きる二人に
246/313

あなたがそばにいるの

 夕暮れ時、彼女が微かに(まぶた)を開いた。

 それに気付いた瞬間、コアイは思わず声に出していた。


「おはよう、スノウ」


 普段、コアイは完全に目覚めた彼女から「おはよう」と言ってくれるのを待つことが多い。

 彼女の目が開いて、口が開いて、声を聴ける……その流れを楽しむように。

 だが今日は、そうすることができなかった。彼女が瞼を開くやいなや、()ぐに声が出ていた。


 それだけ、彼女の目覚めを待ち焦がれていたのかもしれない。

 眠り続ける彼女を隣で延々と眺めているのも楽しい、と思っていたが……

 もしかしたら、心のどこかで……一向に目覚めない彼女のことを淋しく感じていたのかもしれない。

 彼女の声を、眼差しを、指先を、早く……己に向けてほしいと。



「ん〜……めっちゃ寝たかも……寝てたよね?」

「なかなか起きないから、少し心配した」

 そうは言ったものの、コアイは彼女を起こすことはせず……内心楽しんでもいた。それを楽しんでいた、はず。


 ほぼ一日眠り続けた彼女に寄り添って、ただその姿を見ながら過ごす一日を。

 それを楽しんでいた、はず。

 しかし今は、それよりも……目覚めた彼女の姿、声、表情を余さず受け止めたい。


 コアイは余計な考えを振り払って、とにかく彼女へ意識を向ける。


「あ、やっぱそうか……ごめん、最近寝不足でさあ」

 彼女は何時(いつ)も通りの苦笑を浮かべた。苦笑しながら寝不足だったと言うが、その理由には触れない……と、彼女の顔が近付く。


「あ、そうだ……んっ!」

 間近に迫った彼女の顔、目が合って、閉じて……


 熱いものが触れて、離れた。


「ん、な……」

 熱いものは直ぐに離れたはずなのに、触れた唇が、いや顔中が陽に照らされたように熱く感じる。


「へへっ、忘れてたからさ」

 間近に留まった悪戯(イタズラ)な彼女の笑みが、あるいはそれとは無関係に……顔から胸元、脳裏へと熱が伝っていく。


「な、何……を……」

 何を忘れていたというのか、コアイは問おうとしたが……胸が熱く締まり、息が詰まったようで声が出ない。

 何とか声を出そうと意識しているうちに、また熱いものが触れて塞がれて。


「んふふ〜……おはようの、ね」

 彼女の唇は再び離れて、言葉を(つむ)ぐ。


「お、おはよう、の……」


 笑みを浮かべる彼女に、笑みを返せない。

 笑みを返そうにも……顔中が熱く引きつって、固まったようで。

 言葉を返そうにも……胸の内が暴れるばかりで、声が出なくて。


 コアイは何も反応を返せない。返せないでいるうちに、彼女の顔が横へ流れて……強く抱き付かれていた。


「ふふ〜……」

 彼女に捕らえられて、熱が身体の隅々まで拡がっていく。 

 彼女の存在を感じて、煮詰まった望みが身体を(うず)かせる。

 彼女の熱さを望んで、(しび)れが身体のあちこちを悩ませる。


 コアイは何も言えないまま、吐く息にまで熱が移っているのを自覚する。

 彼女に抱きしめられて、そのあたたかさが嬉しくて身動き一つできない。

 彼女のあたたかさを余すことなく受け止めて、それが堪らなく心地好い。


 彼女の熱に浮かされて、軽い目眩を覚えながらコアイは脱力する。彼女の抱きしめる力に、少しも逆らいたくなくて。


「ねえ、王サマ……」

 彼女はコアイを抱きしめたまま呟いて、体勢を変えようと力を込めていた。

 彼女の身動(みじろ)ぎする力にも、コアイは少しも逆らわない。逆らいたくもない。


 彼女はもぞもぞと身体を動かし、やがて……彼女は仰向けになったコアイへ身体を預けるように、覆いかぶさっていた。


 彼女の微かな重みの奥から、小刻みな鼓動が届く。それはコアイに妙なくすぐったさを感じさせて、あたたかな心地にさせる……

 それに浸る間もなく、彼女の細い指がはっきりと……(うなじ)をくすぐった。


 彼女の指が、項だけでなく腰にも回されていて、心と身体がふわりと……浮き上がったような気がする。

 それは妙に心地好い。



「……いい、よね?」

 また、何がと……問えなかった。

 ふわふわしたあたたかさに揺れて応えられないうちに、唇を塞がれていたから。


 今度は、()()はなかなか離れず……


 彼女の熱が、先程までよりもコアイへ向かってくるように感じる。

 言い換えるなら……彼女の熱が、意志を持ってコアイの皮膚へ食い込み、身体の内へ染み込もうとしているように感じる。

 少し荒々しく、凛々しいようなそれは……コアイの心身を容易く()いて、焦らしてしまう。


 スノウを、離したくない……


 頭の奥が痺れて、背中から手足の指先まで、隅々まで熱く焦がれる。

 彼女が触れている、触れてくれている部分の熱さ。

 彼女がまだ触れていない、それを望む部分の熱さ。


 何も考えられない。いや……

 スノウが直ぐ側にいてくれる、離したくない、もっと触れてほしい……


 彼女の両肩に指を絡めて、彼女の脚に腿を絡めて、彼女の瞳に視線を絡めて。



 コアイはすっかり熱に当てられて、知ってか知らずか彼女を求めて……想い焦がれていた。


 しかし。


「あっごめ……やっぱねる…………」


 何時の間にか、スノウの動きが止まっていた。

 彼女はコアイを抱きしめて、唇に触れたまま……一言を残して眠りに落ちていた。



 抱きしめられたままのコアイを灼く熱は、発散されず。

 逃げ場のない熱と望みは、悶々と夜通しコアイを苛む。

  

 それでも、眠いと言う彼女を叩き起こすような真似は……コアイにはとてもできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ