あなたがそこにいるの
皆さまからのブクマ・評価、執筆の原動力……励みになっています。
本当にありがとうございます。
コアイは普段通り、ベッドで眠るスノウを起こさず……ただ見つめている。
ベッドの端に寝転がって、なるべく彼女の全身を視界に入れられるように。
十分な広さの部屋も、空いたベッドも活かさない。一つのベッドに、二人はこじんまりと……身を寄せるように。
今回の彼女は、どこか地味な……落ち着いた雰囲気の装いをしている。
前回のひらひらした、可憐な色と柔らかさを感じさせる布地ではない。
彼女を召喚した際には、今回のような装いをしていることが多い。
彼女の服装の違いがどのような意味を持つのか、どのような理由によるものなのか……コアイにそれは分からない。
彼女に訊ねてみたら、彼女はきっと屈託のない笑顔で答えてくれるだろうが……コアイにはそれを訊ねる気がない。
そんな話をするよりも、彼女に酒食を振る舞っているほうが……彼女は喜ぶだろうから。
彼女が喜ぶなら、私も嬉しいから。
そうだ、彼女が目覚めたら……最初は何処へ行こうか?
以前に訪ねた、あの美味い酒を出す酒場が良いだろう。
目覚める頃の彼女はきっと、腹を空かせているだろう。
人混みの中を二人で歩いて、手を取ってあの酒場まで。
コアイは、スノウが目覚めた後のことを考えながら……彼女の寝顔を見つめている。
さて今回も、彼女はなかなか起きそうにない。
夜が更けてゆくなか、コアイは今一度彼女の表情を注視してみた。
彼女は別段、体調が悪そうな様子には見えない。苦悶せず目覚めてくれる時の、安らかな寝顔。
この寝顔、寝息ならば……心配は要らないだろう。
コアイは小さく息を吐いて、スノウを見つめ続けていた。
彼女が目を開くまで、静かに……それで、満足なはずだった。
眠る彼女の姿をずっと見つめていると、少しずつ……淋しくなってきた。
寝息しか聞かせてくれない彼女。
今日はそれが、やけに淋しくて……辛い。
手を伸ばして、起こさないようにそっと触れて……軽く手を握ってみる。
寝息しか聞かせてくれない彼女、それでも触れればあたたかい彼女。
今日はそれが、やけにもどかしくて……嬉しい。
嬉しかった。あたたかかった。
けれど、それが長く続かなかった。
手を握りながら彼女を見つめていると、少しずつ……どこか切なくなる。
触れるとあたたかくなれる彼女、それでも抱きしめてくれない彼女。
今日はそれが、やけに切なくて……寒い。
手を握るだけでは、足りない。
本当は、できたら……彼女から手を取ってほしい。
眠っている彼女に、そう願ってしまう。
起こしてはいけないと思いながら、そう願ってしまう。
更けた夜が、白んでいく。夜明けが近い。
それでも、彼女の寝顔も寝息も穏やかなまま……一向に揺るがない。
淋しい。
起こしては悪い。けど、淋しい。
本当は、できたら……彼女から触れてほしい。
けれど、気持ち良さそうに眠る彼女を……起こしては、悪い。
だから、せめて。
コアイはゆっくりと、ゆっくりと……彼女の手を離し、肩へ手を伸ばす。
優しく、優しく、けして起こさないように……そっと彼女に抱きついて。
彼女が、とてもあたたかい。
時々、腕を擽る寝息がこそばゆくて……あたたかい。
彼女に寄り添っていられる自分が、少しあたたかい。
彼女の存在を確かなものと感じて、胸があたたかい。
心身ともに、あたたかな心地。ぬくもり。
コアイはそこへ存分に浸り、殆どの淋しさを忘れて……何時しか眠りに落ちていた。
朝日が窓から寝室を照らしても、二人は起き上がらない。
更に後、陽の光が南を向いて熱を強めた頃……コアイは目を覚ました。
身体に、ごく一部の固さとあたたかさを感じる。あたたかさを感じて、改めてスノウの存在を実感し……彼女を起こしかねない、急な動きをしないように心掛ける。
さて、改めて彼女の顔へ目を向けると……
やはりと言うべきか、彼女は未だに起きる様子を見せない。
なにしろ、二人で眠った際……彼女がコアイよりも早く起きた例がない。少なくともコアイには、そんな姿を目にした記憶がない。
とは言っても、それはコアイにとって何の問題でもない。
むしろ……
目覚めたときに、眠ったときと同じように……側に彼女がいることを実感できる……その嬉しさが勝るから。
もし目覚めたときに、側に彼女が居なかったら……淋しいだろうから。
暫くして、コアイは改めて……彼女との間を少し空けた。彼女の全身を眺めたくなって。
彼女は一向に目覚めない。
顔では緩んだ口元から涎が垂れている。
身体へ目をやると、上下の細身な服がシワになっている。
顔へ目を戻すと、髪があちこちに逆立っている。
彼女はよく眠っているようだ。
そうそう目を覚ますことは無さそうに見えるが、寝息は安定しており顔色や発汗の異常もみられない。
此処へ来るまでに、寝不足の日々を過ごしていたのだろうか。
コアイはスノウを起こさないように、ただ眺めていた。
……結局、彼女が起きたのは夕暮れどきだった。
ほぼ一日中、眠っていた彼女。
眠り続ける彼女に寄り添って過ごす一日。
それはそれで、コアイは楽しかった。




