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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 私達は、共に生きる二人に
244/313

あなたを待ちわびてたの

 以前泊まった宿へ向かおうと、道を思い出しながら……曲がるべき辻に差しかかったら手綱を引く。

 その必要がないときには、懐から取り出した肖像画……その中で笑うスノウにばかり意識を向ける。



 コアイは滞りなく宿を取って、馬と荷車を預けるとともに一旦客室へ入った。


 二人でも、手狭に感じることなく過ごせそうな客室。

 普段であれば、コアイは()ぐにでもスノウを()びたくて堪らなくなる……というところだが、数日はコアイ一人で街中を歩き回ってみようと考えていた。


 街の人間達に己の身を(さら)すことで、コアイを狙う輩をあぶり出そうと。



 確か、この街には女神を(まつ)り讃える「聖堂」なるものがあると……以前に聞いている。

 であれば、そういう建造物がなかったデルスーやドイト……これまでに訪ねた城市よりも、女神とやらへの信仰心に篤い人間が多く住んで、(あるい)いは訪れる場であろうと予測できる。


 そんな街になら、今も潜んでいるかもしれない。

 前にこの辺りを訪ねたときに襲ってきた……教会の暗殺部隊などという人間達が。


 大した力ではなかったが、邪魔ではある。

 それに、私ではなく彼女を狙うようなら……全く憂いがないとは言えない。


 この街の中で襲撃を受けたことは、まだ無いが……今回もそうなるとは限らない。

 彼女への危害は、可能な限り避けておきたい。

 いざとなれば、私が彼女を護るのは当然としても。



 コアイは過去、数度にわたりエミール領内で襲撃を受けていた。

 下手人は、装備品に印された紋章や町人の話によると……ミリアリア教会に属する暗殺部隊の一団らしい、とのことである。


 ミリアリア教会、女神ミリアを信ずる人間達の教団。

 コアイは女神、或いは教会……()()()についての話を聞くと、いつも例えようのない不快感を覚える。

 特に、女神ミリアについては……存在すら許したくないほどに。

 そう感じる理由はまるで分からないが、とかく根源的な忌避感とでも言うような、どうしようもない嫌悪感を抱かずにはいられない。


 そんな、不愉快な信仰を尊ぶ(いと)わしい者達。そのなかでも、デルスー北の広野でコアイを襲った部隊は一層……

 ある者は顔を火照らせながら目を剥き、またある者は弱々しく光のない目でコアイを凝視し……とても平静とは思えない様子で、全員がコアイをただ背教者とだけ呼び、襲いかかってきた。

 まるで実力は足りぬのに、とても薄気味悪く……コアイはその者等の存在すら認めたくなかった。


 ……その時は結局、コアイを包囲した者達を得意の魔術『天箭(メルゲン)』に巻き込み、全滅させている。



 コアイはベッドに寝転がり、そんなことを思い出していた。

 もちろん、良い気分はしない。だから、早めに思考を切り替える。


 寝転がったまま、懐からスノウの描かれた肖像画を取り出して……両手の指先で強くつまんで顔の前に保持する。


 そうしていると、段々と胸が苦しくなってきた。

 胸が熱くて、詰まるようで……


 こうなってしまえば、女神や狂信者への嫌厭も……もはや思考のどこにも残っていない。

 はやく、彼女に逢いたいと……あたたかな心に、すべて塗り替えられるから。



 (しばら)くスノウのことを想ったのち……コアイは街中を散策してみようと宿から出た。

 その頃には、日がだいぶ西へ傾いていた。

 西日を受けながら、多くの人々が往来を行き交っている。日の向きへ、逆向きへ、また別の向きへ……

 様々な人の流れに、コアイは合わせて歩いてみる。


 やがて日が落ち、街のあちこちで篝火(かがりび)の用意がされ始めた。そんな頃合いになっても、行き交う人の波が収まる様子はない。

 コアイは他人ばかりの街を、一人歩き続けてみる。



 人の居ない場所を探すほうが難しいほどに、この街は人間で溢れている。


 それなのに、彼女はいない。


 此方(こちら)から動かずとも人の声が聞こえるほどに、この街は騒がしい。

 少し手を伸ばせば、誰かに触れてしまうほどに……この街は多くの人間で賑わっている。


 それなのに、彼女だけがいない。


 人間まみれのこの街が、やけに淋しい。



 コアイは街中の喧騒にあって、誰と言葉を交わすでもなく……無言で歩いていた。

 夜も更けた頃に宿へ戻り、明くる日、その次の日と……彼女のいない街中を、無言で歩いていた。

 街の執政府、数々の酒場、コアイにとっては不愉快な名所……他人の話し声を耳にしながら、無言で歩いていた。

 後々彼女と二人、訪れたい場所を記憶に留めながら……無言で歩いていた。


 街の人混みのなかに、彼女だけがいない淋しさを日々募らせながら……一人で歩いていた。


 その間、コアイは誰かに襲われることもなく、コアイを追い回すような魔力の動きを感じ取ることもなく……




 城市アルグーンへ着いてから三日後の朝。

 念のためもう一度、日が暮れるまで市中を歩き回ってから……宿に戻ったコアイは、スノウを召喚することにした。


 何時(いつ)も通り、召喚陣(ペンタグラム)が発した柔らかな光と引き換えに……あたたかな彼女が現れる。

 召喚陣の光より柔らかな寝顔をした、彼女が現れる。

 コアイの淋しさを柔らかく、あたたかく解す彼女が現れる。


 コアイは彼女の寝顔を一目見て、彼女が目覚めもせぬうちから胸が小躍りしてしまうのを自覚しながら……動揺を彼女に伝えないよう、優しく優しくベッドに寝かせた。

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