あなたの安らぎが大事なの
執筆ペースが上がらない……上げなきゃ(今回も遅くなり申し訳ないです)
「うーん……ま、確かに……アポ取ってるわけじゃないもんね」
半信半疑とも見えるような素振り、そんな様子で口からこぼれたスノウの言。そこには、聞いたことのない単語が含まれていた。
しかしコアイには、その意味が大まかに理解できている。
代官を今日訪ねる……という約束をしたわけではないから、会談を先延ばしにしても問題はない。彼女はそう言っている。
コアイにとっては……名の知れた強者でもなければ顔も知らぬ、人間の代官とのあいだに約束があろうと無かろうと……どうでも良い。だが彼女がそれを気にするのならば、コアイはその意を汲む。至極当然に。
暫くして、二人の前に小振りな杯と水差しのような酒器が差し出されていた。
「この小さい杯で一息に飲み干して、空になったら注いで、また飲み干して……って繰り返すのがこの辺りの飲み方だよ。旅人さんたちもやってみてよ」
給仕の女は酒の名を伝えるのを忘れているのか、飲み方だけを教えて店の奥へ戻っていった。
といっても、そんな話は後でも聞ける。先ずは、彼女へ。
「えっと、じゃあ……なんか悪い気もするけど……」
苦笑しながら空の杯を手にした彼女の手元へ、コアイはそこへ……何も言わずに、ただ酒を注いでやる。
それを見てか、屈託のない笑みに変わった彼女が……コアイの側に置かれていた杯へ酒を注いでくれた。
「ふふっ、かんぱ〜い!」
スノウが杯を空ける。
コアイは杯を満たす。
スノウは何度も杯を乾かす。
コアイは何度も杯を滴らす。
スノウが朗らかに笑う。
コアイは無言で微笑む。
愉しい。嬉しい。あたたかい。
酒が微かに、彼女がとても……あたたかい。
彼女の笑顔を見られると、これで良かったのだと痛感する。
その弾けたような笑顔は、おそらく……酒の美味さによるもので、私に向けられたものではない。
それでも……
彼女が喜ぶ姿を目にすると、これで良かったのだと確信……してしまう。
その高らかな笑い声は、多少は……傍にいる私にも、向けられたものだと思いたい。
何故なら……
やはり代官の訪問など、後回しで良かったのだと。
そう断ずることができるから。
ただ、私はそれ等が……全て彼女のためだとは考えていない。
彼女の喜ぶ姿、眩しい彼女の笑み、煌めく彼女の瞳。
彼女の燥ぐ声、麗かな彼女の笑み、艶めく彼女の唇。
私が見たいから、触れたいから……私も望んで、そうしているのだ。
そのくらいは、私にでも解る。
結局、二人は何時ものように酒を飲み……
酒食を堪能しきり、スノウはすっかり酔っ払い前後不覚となっていた。
コアイは彼女を宿へ連れ帰り、暫し寝かせてやることにした。
「立てるか? 肩を貸そう」
「……ゔ〜、がんばる」
コアイは差し出した腕に、彼女の重みを感じて……その、重要な存在を過たず支えようとする。
「っ、ふあ〜……」
しかし彼女は、立ち上がって早々にもよろめいていた。
コアイは腕を出すだけでは不足と悟り、自ら彼女の腕を取って引き寄せる。
「ん〜……?」
腕を引かれたのを感じてか、彼女はコアイを見上げてきた。
据わっているのに潤んだ、上目遣いの瞳。
頬から耳まで満遍なく、紅く染まった顔。
目が合ってしまい、コアイの胸中が跳ねる。
胸の奥が暴れ焦れて、目を離せないでいる。
目を合わせたままでいると、彼女の瞳が揺らいだ。
「んふふ、王しゃま……」
と、彼女は顔を上げたままゆっくりと瞳を閉じて……それと同時に、彼女の手がコアイの腕にしがみついていた。
「……帰ろうか」
そんな彼女の様子に、コアイは笑みをこぼしそうになりながら歩を進めた。
街はまだ昼、他の街ほどではないが大通りでは多くの人間が行き来している。
その人混みの中、コアイは時折視線を向けられながら……スノウを支えて歩いていく。
「あ、あ゛〜やば……」
二人はやがて通りの一角、もう少しで宿に着くという辺りまで差しかかった……ところで、スノウが呻き声を上げた。
彼女の、コアイの腕に絡まる力が弱まるとともに身体が揺らめいた。それを見たコアイは腰砕けになったのかと察し、改めて彼女の腕を引き寄せようとしたが……
彼女の左手と顔が、腰のあたりにしがみ付いていた。
「もぉふらふあ……つかまゆ……」
両腕でしっかり掴まっていないと、もう立ってもいられないという。
先程よりも更に、酔いが回って……酔い潰れる寸前ということだろうか。
どうにも歩き辛い体勢だが、ここからなら宿までは近い。早く宿に連れて行って、寝かせてやろう。
コアイは彼女を腰に引っ付けたまま、少しずつ歩いてみるが……
周囲の人間達から、先程までよりも頻繁に視線を向けられているのが……それどころか、こちらを見てくすくすと笑っている者すらいるのが分かる。
あの人間は何について、笑っているのだ……私か? 彼女か?
コアイは少し不快ではあったが、人間の態度など……スノウを早く休ませてやることに比べれば、いや比べるまでもなく瑣末。
仮になにか戒めを与えたとて、それで彼女の気が安らぐわけでもない。
コアイは人間の無礼な態度を捨て置いて、寄り道せず宿へ戻り……彼女を優しく抱き上げてベッドに寝かせた。




