あなたの喜びまもりたいの
遅くなりました、ごめんなさい
「せっかく水がいっぱいなのに、なんかざんねんだなあ……」
コアイ達は一度寝室に戻り、少し休むことにした。
二人はベッドの縁に横並びで腰掛けて、互いに半身を向けている。
とりあえず室内で腰を下ろしたが、暫くしたらまた出掛ける……そんな雰囲気で。
「にしても、使わなくても水を出すきまりがある……って、なんか意味があるのかな?」
「私には分からない」
「やっぱわかんないよね……使わないなら、もったいないのにねえ」
使わないのに、水を汲み出すのは勿体無い……スノウはそう表現した。
コアイは彼女が言った「勿体無い」という意味こそ理解できるが、そんな彼女の真意は読み取れないでいる。
意義もなく汲み出していられるほど豊富なら、とくに惜しむ必要も無いのではないか……と、考えるため。
「ま、この街の人がそれでいいなら、口出すことじゃないかもだけど」
「そういうも……」
彼女はそう突き放すようなことを言って、ふんわりと結論付けようとした。その結論について、コアイが訊ねかけようとしたところ……彼女の側、口よりも下から、はっきりと腹の鳴る音。
彼女は音に気付くや否や、コアイから顔を背けた。彼女の横顔では僅かに、丸く見開かれた目が泳いでいるのが見える。
「え、え〜と……口を出すよりさ、な、なんか口に入れたいかな」
そうしながら彼女は、食事を取りたいと呟いた。
「そうか、ではこの街の名物でも食べに行こうか」
スノウがそう望むなら、コアイにはそれを拒む理由など……叶えぬ理由などない。
窓から射し込む陽光は高い。今から日没までには、まだ時間があるだろう。
ならば……
「それで、だな……」
コアイの考えはまとまっている、だがそれを彼女に伝えようとすると……歯切れが悪くなってしまう。
「うん」
「食事のついでに、この街の代官に会いに行きたいのだが……」
彼女に食事を取らせたら、そのまま代官の居所を訪ねるのが良いだろう……それであれば、先日のように彼女に同行してもらい、共に代官と話をしてほしい……コアイはその考えを、はっきり頭に浮かべていた。
だが、スノウに何かを頼むことには、まだまだ……慣れられないでいる。
「また、その……私と共に、来てくれるか?」
「もちろん!」
彼女はコアイへ満面の笑みを向けて、頷いてくれた。何のわだかまりもない様子で、快く引き受けてくれた……そんな彼女の様子に、コアイはすっかり安堵していた。
ただ、スノウもコアイの助けになりたいと考えていることは、今でもまだまだ……理解しきれないでいる。
「……済まない」
「え〜なんで? いいってことよ〜ふふっ」
二人は宿の主に尋ね、薦められた酒場を訪ねてみた。
「はいいらっしゃい、ここのテーブルでいいかい?」
酒場の中程にいた、給仕らしき大柄な女が二人の側……入口へ振り向き、近くのテーブルを指し示した。二人はそれに従い、店内を進む。
「このあとがあるから、お酒は頼まないでおこっか」
「そうだな、酒は代官に会った後で改めて飲もうか」
席に着くまではそんなことを話しながら歩き、やがて腰を落ち着けた。
「お店のおすすめ……で、いいかな?」
と、席に着いて早々……スノウはコアイを見ながら問いかけてきた。相当腹が減っているのだろうか。
なんにせよ、彼女の望みを否定する気はない。コアイは無言で頷く。
「お姉さんのおすすめで、二人前ください」
「じゃあ二人ぶん、肉料理を用意するけどいいかい?」
給仕の女は、肉で良いかと二人に念を押した。
どうやらこの街では周辺の城市とは異なり、肉料理が主に供されているらしい。
「あれ、魚じゃないの? 肉でもいいです」
「あらやっぱり、旅人さんだね? この辺りはちょっと泥臭い魚が多いせいかね、昔ながらの魚料理はあまり人気がないのよ」
「そうなの?」
スノウは給仕の応えを聞き、あからさまな程に首を傾げた。
どのような考えからそう感じたのかは分からないが、給仕の言が彼女には意外だったらしい。
「そ、最近は他の街からもたくさん肉が届くようになったからね、みんな肉ばかり頼んじゃうのさ」
しかし、そのことを考える間もなく……隣のテーブルに着いていた痩せぎすの男が何故か口を挟んできた。
「何日もかけて運ぶのには、肉のほうが向いてるらしいのよね」
「デルスーあたりから魚を持ってこれたら、いい商売になりそうなんだがなあ……あんたら、なんか名案ないかい?」
「あはは、ごめんなさいね。この人、旅人さんを見るといつもこんな調子でね」
特に知見も無い二人は男に返答することなく、料理を待つことにした。
「あっこの肉うっま……」
肉の塊をじっくり煮込んだものだという、香りの強い料理が供されると……彼女は直ぐに口へ運ぶ。
「これめっちゃお酒に合いそう……でも…………」
そんな彼女は料理の旨みに感じて、酒を飲みたくなってしまったらしい。
旨い料理には酒を合わせる、それは彼女にとって大きな喜び……と、コアイはこれまで彼女と過ごした日々から学んでいる。
と、彼女は視線を泳がせて……何やら躊躇っているように見えた。
おそらくは、コアイが食後に代官と会おう……と言ってしまったためなのだろう。
代官との面会は、急ぎの用ではない。
彼女に我慢を強いる程の用ではない。
コアイは思わず口にしていた。
「この料理に合う酒はあるか」
不意に出た、独り言だったが……
「トゥショネか、それなら……いい酒があるよ」
横のテーブルの男が、コアイの声を聞いたらしく……給仕を呼びつけていた。
「いつもの、旅人さんたちに出してやってよ」
「それをひと……二つ貰おうか」
コアイは、逡巡する彼女をこれ以上見ていられなかった。
彼女に、一杯の佳酒を。
それは彼女を楽しませるためなのか、彼女の様子が気に掛かる自分を落ち着かせるためなのか……
どちらにしても、彼女に酒を拒ませてはいられなかった。
「……いいの?」
「代官には、明日でも会えるだろう?」




