とってもまぶしいあなたなの
大変遅くなりました。申し訳ありません。
宿屋の一室、夜も更けた頃、辺りには寝息だけが小さく響いている。
暗く静かな寝室では……ベッドの上で寝息を立てる娘を、隣で見つめる者がいる。
何時もと同じ、コアイの日常……スノウの目覚めを待つひととき。
何時もとは違うこと、といえば……彼女の服装と、その色合いくらい。
彼女の眠りを妨げたくないから、灯りは付けない。
窓から微かに射し込む月明かりだけが頼りのなか、その暗がりに慣れた目が彼女の姿を捉えている。
彼女の姿からは全体的に、何時もより気軽な印象を受けた。
上衣の襟ぐりが大きく、首筋まわり……胸の上を走る骨までが顕になっている。
これまでは、首筋を小さく囲うような襟の上衣を着ていることが殆どだったはず。
花弁を思わせるような、薄い赤で布地が柔らかく重なったような造りに見える上衣。
なにやら柄の描かれた、普段のものより拡がってふんわりとした造りに見える下衣。
コアイは、この服装で細かく、忙しく動き回る彼女を想像する。
色合いと布のはためきで、普段より可憐に……少し眩しく感じるかもしれない。
この装い自体が宝石のように光り輝くわけではないだろうが、鮮やかな装いがひらめく様は燦きを思わせる……そんな気がしてくる。
夜が白み始め、彼女の輪郭がより明瞭になる……と、コアイはまだ動かない彼女の姿を鮮やかに感じた。そう感じ取って、いっそう彼女を注視して……黙っていた。
やがて夜が明けて、陽光が室内を照らし、向きを変えた光がスノウの顔に降りかかる。
「……んっ……」
彼女は声を漏らし、顔をぴくりとさせた。
そろそろ……これで、目覚めるだろうか。
ずっと見つめていた彼女が起きそうだと思うと、コアイの胸中でじわりと熱が高まる。
と、それを自覚したのも束の間……抱き締められていた。
「ん〜……王サマぁ、おはよ〜」
彼女は、普段の寝起きからは予想もつかない速さでコアイを捕らえ、きつく締め付けながら声をかけてくる。
肘のあたり、両腕ごと抱え込まれる格好で強く抱き締めてられていることを、そうしているのが彼女なのだとコアイは自覚して……胸の奥が跳ねた。
「おっ、おはよう……スノウ……」
身体の奥側で何かが跳ねたせいか、間近で彼女が薫ったせいか……挨拶に応えようとした声が上擦っていた。
「うん、おっはよ〜……んふふっ」
彼女は声だけでコアイに応え、コアイを抱き締める手を緩めることなく、身体に顔を押し付けてきた。
顔を押し付けたまま左右させて、グリグリと……擦りつけるような力を向けてくる。
コアイは腕ごと身体を捕らえる手にも、前から身体を圧する顔にも抵抗せず……彼女の動きを受け入れる。
「ん〜ふぅ……っ」
「あ、あの……」
コアイは暫く、その身で彼女の所作を受け止めていた。
が、彼女がコアイに何を求めているのかは分からない。
もちろん、分からないからといって拒むことはしない。
ただ一つだけ、不満はある。彼女の顔が見えないから。
それを彼女が楽しめているのか、良く分からないから。
「あ〜スッキリした〜うへへっ」
どれほどの時間そうしていたかは分からないが……彼女は締まりのない笑い声を合図に、満面の笑みを浮かべながら顔と手を離してコアイを解放した。
二人は一旦宿を出て、街中を散歩してみることにする。
「あれ? 井戸……」
「井戸がどうかしたか」
「さっきも見たような……多くない?」
「そう……だな」
周りを見渡しながら当てもなく歩いてみると、彼女の言う通り街中の至る所に井戸が掘られている。
昨日一人で散策したときには、気が付かなかった。
エミール領の他の城市では、このように多数の井戸が作られているのを目にした記憶がない。
此処よりも住人の多そうな、多量の水が必要となりそうな中心都市アルグーンでも……これだけの数の井戸は無かった気がする。
昨日一人で散策したときには、気が付かなかった。
「ここの人はいっぱい水を使うのかな?」
「井戸が多いのは、水を使うため……そうかもしれないな」
「もしかして、お風呂もいっぱいあったりして?」
「風呂、か……」
彼女が望むなら、入らせてやりたい。
彼女が望むなら、否……できれば私も入りたい。
彼女と共に……彼女が望んでくれるなら。
彼女と共に……ふたり寄り添っていたい。
ふたり寄り添って、ふたりだけで温んでいたい。
私は、そう望んでいる。
……彼女は、望んで……私に、そう望んでほしい。
「宿にも風呂があるだろうか? 戻ってみるか?」
「うん、そうしよっか!」
二人は期待に心躍らせながら宿へ帰ってみたが、風呂について問われた宿の主は……
「風呂? ないよ」
と、冷たく言い放った。
「無いのか?」
「厳密に言うと、一応あるけど使ってない。使う準備がない」
施設はあるが、使われていないのだと言う。
「えっ!? あんなに井戸があって、いっぱい水を使ってそうなのに……?」
「ああ、ここいらは水はたくさん出るけど、あっても運んで貯めるのが面倒だろ」
「まあ、めんどいってのは……うん……」
コアイは会話が進むごとに、隣で彼女が少しずつ元気を無くしていくのを感じた。
「知り合いの家にもあるらしいが、今はそいつん家の誰も風呂として使わないから……ずっと物置になってるとさ」
「えっもったいな」
個人の住居にも設備があるということは、過去には使われていたのだろうか。ならば何故?
と、コアイが疑問を抱いたのと同様なのか、彼女は質問を続けていく。
「じゃあ、あの井戸は……なにに水を使っているの?」
「俺も詳しいことは知らないが、春先はよく水をくめ、ってのがこの街のしきたりなんだ」
「はあ……」




