表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 私達は、共に生きる二人に
239/313

とってもまぶしいあなたなの

 大変遅くなりました。申し訳ありません。

 宿屋の一室、夜も更けた頃、辺りには寝息だけが小さく響いている。

 暗く静かな寝室では……ベッドの上で寝息を立てる娘を、隣で見つめる者がいる。



 何時(いつ)もと同じ、コアイの日常……スノウの目覚めを待つひととき。

 何時もとは違うこと、といえば……彼女の服装と、その色合いくらい。


 彼女の眠りを妨げたくないから、灯りは付けない。

 窓から微かに射し込む月明かりだけが頼りのなか、その暗がりに慣れた目が彼女の姿を捉えている。


 彼女の姿からは全体的に、何時もより気軽な印象を受けた。


 上衣の(えり)ぐりが大きく、首筋まわり……胸の上を走る骨までが顕になっている。

 これまでは、首筋を小さく囲うような襟の上衣を着ていることが(ほとん)どだったはず。


 花弁(はなびら)を思わせるような、薄い赤で布地が柔らかく重なったような造りに見える上衣。

 なにやら柄の描かれた、普段のものより拡がってふんわりとした造りに見える下衣。


 コアイは、この服装で細かく、(せわ)しく動き回る彼女を想像する。

 色合いと布のはためきで、普段より可憐に……少し(まぶ)しく感じるかもしれない。

 この装い自体が宝石のように光り輝くわけではないだろうが、鮮やかな装いがひらめく様は(きらめ)きを思わせる……そんな気がしてくる。


 夜が白み始め、彼女の輪郭(かたち)がより明瞭になる……と、コアイはまだ動かない彼女の姿を鮮やかに感じた。そう感じ取って、いっそう彼女を注視して……黙っていた。



 やがて夜が明けて、陽光が室内を照らし、向きを変えた光がスノウの顔に降りかかる。


「……んっ……」

 彼女は声を漏らし、顔をぴくりとさせた。


 そろそろ……これで、目覚めるだろうか。

 ずっと見つめていた彼女が起きそうだと思うと、コアイの胸中でじわりと熱が高まる。

 と、それを自覚したのも束の間……抱き締められていた。


「ん〜……王サマぁ、おはよ〜」

 彼女は、普段の寝起きからは予想もつかない速さでコアイを捕らえ、きつく締め付けながら声をかけてくる。

 肘のあたり、両腕ごと抱え込まれる格好で強く抱き締めてられていることを、そうしているのが彼女なのだとコアイは自覚して……胸の奥が跳ねた。


「おっ、おはよう……スノウ……」

 身体の奥側で何かが跳ねたせいか、間近で彼女が薫ったせいか……挨拶(あいさつ)に応えようとした声が上擦(うわず)っていた。


「うん、おっはよ〜……んふふっ」

 彼女は声だけでコアイに応え、コアイを抱き締める手を緩めることなく、身体に顔を押し付けてきた。

 顔を押し付けたまま左右させて、グリグリと……擦りつけるような力を向けてくる。

 コアイは腕ごと身体を捕らえる手にも、前から身体を圧する顔にも抵抗せず……彼女の動きを受け入れる。


「ん〜ふぅ……っ」

「あ、あの……」

 コアイは(しばら)く、その身で彼女の所作を受け止めていた。


 が、彼女がコアイに何を求めているのかは分からない。

 もちろん、分からないからといって拒むことはしない。


 ただ一つだけ、不満はある。彼女の顔が見えないから。

 それを彼女が楽しめているのか、良く分からないから。



「あ〜スッキリした〜うへへっ」

 どれほどの時間そうしていたかは分からないが……彼女は締まりのない笑い声を合図に、満面の笑みを浮かべながら顔と手を離してコアイを解放した。


 二人は一旦宿を出て、街中を散歩してみることにする。


「あれ? 井戸……」

「井戸がどうかしたか」

「さっきも見たような……多くない?」

「そう……だな」


 周りを見渡しながら当てもなく歩いてみると、彼女の言う通り街中の至る所に井戸が掘られている。

 昨日一人で散策したときには、気が付かなかった。


 エミール領の他の城市では、このように多数の井戸が作られているのを目にした記憶がない。

 此処(ここ)よりも住人の多そうな、多量の水が必要となりそうな中心都市アルグーンでも……これだけの数の井戸は無かった気がする。

 昨日一人で散策したときには、気が付かなかった。


「ここの人はいっぱい水を使うのかな?」

「井戸が多いのは、水を使うため……そうかもしれないな」

「もしかして、お風呂もいっぱいあったりして?」

「風呂、か……」


 彼女が望むなら、入らせてやりたい。

 彼女が望むなら、否……できれば私も入りたい。

 彼女と共に……彼女が望んでくれるなら。

 彼女と共に……ふたり寄り添っていたい。

 ふたり寄り添って、ふたりだけで(ぬく)んでいたい。

 私は、そう望んでいる。


 ……彼女は、望んで……私に、そう望んでほしい。



「宿にも風呂があるだろうか? 戻ってみるか?」

「うん、そうしよっか!」


 二人は期待に心躍らせながら宿へ帰ってみたが、風呂について問われた宿の主は……


「風呂? ないよ」

 と、冷たく言い放った。


「無いのか?」

「厳密に言うと、一応あるけど使ってない。使う準備がない」

 施設はあるが、使われていないのだと言う。


「えっ!? あんなに井戸があって、いっぱい水を使ってそうなのに……?」

「ああ、ここいらは水はたくさん出るけど、あっても運んで貯めるのが面倒だろ」

「まあ、めんどいってのは……うん……」

 コアイは会話が進むごとに、隣で彼女が少しずつ元気を無くしていくのを感じた。


「知り合いの家にもあるらしいが、今はそいつん()の誰も風呂として使わないから……ずっと物置になってるとさ」

「えっもったいな」

 個人の住居にも設備があるということは、過去には使われていたのだろうか。ならば何故(なぜ)

 と、コアイが疑問を抱いたのと同様なのか、彼女は質問を続けていく。


「じゃあ、あの井戸は……なにに水を使っているの?」

「俺も詳しいことは知らないが、春先はよく水をくめ、ってのがこの街のしきたりなんだ」

「はあ……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ