あなたの声が導べなの
「えと、御社の事業な……あっまちがえた、代官さんはどんなお仕事をされてるんですか?」
隣に座っていたスノウから、何かを問う声が聞こえた。
コアイは特に考えもないまま、自然と振り向いていた。
何時もとは違う、どこか余所余所しい言葉。
コアイとは違う、努めて丁寧に装った言葉。
二人きりの時は、聞こえることのない言葉。
コアイの傍では、他人だけが聞かせる言葉。
スノウの澄んだ声には、似つかわしくない。
そんな気がしてしまう、他人行儀な物言い。
「あ……ああ、租税の管理が主ですな」
スノウの声に返される、他人行儀な物言い。
しかしこちらには、不適切だとは感じない。
別にどうでも良い、捨て置けるものとしか。
「管理ぃ……もう少しくわしく、教えてもらえますか?」
彼女の可憐な声だけは、不似合いと感じる。
が、それも彼女の一部だから受け入れたい。
コアイのために居てくれる、スノウだから。
「詳しく……何と言えばよいだろうか……決まり通りに税を集め、王城へ送る分と城市で使う分に振り分けて……」
「ふり分けって、予算も代官さんが考えてるんですか?」
調子が出てきたのか、彼女は質問を続ける。
「ああ、といってもこちらは提案するだけですがな」
「申請はするけど、決めるのは上……みたいな?」
少しずつ、彼女の受け答えがくだけてきた。
「その、王城へ税を納める時……季節ごとに、今期の出納と来期の予算割を紙に書いてソディ様へ送り、承認を得る必要があるのです」
一方、代官の口調は変わりないように思う。
興味が無いから、そう思うのかもしれない。
「ソディ様の承認を得られたら、官吏や衛兵の給料、兵装や備品、城壁の強化などに金を払い出し……」
代官の話が具体性を帯びたが、興味は薄い。
コアイには、スノウの姿こそが興味深くて。
普段の彼女からは想像できない、その姿が。
「なかなか会わせてくれなかったし、割と偉い人なのかと思ってたよ」
一通り話し終えたということだろうか、コアイはスノウの提案に従い……代官との対談を切り上げて執政府から立ち去っていた。
「あまし偉いわけじゃなさそうだったね」
二人は一先ず、宿へ戻ろうと歩を進める。
「代官と話して、そなたはどう感じた」
「話してみたらわりと、普通のおじさんみ……かなあ」
「普通、か」
二人、手を繋いでのんびり歩きながら……代官の印象を語り合う。
「なんつーか、すっごい悪いことやらかしそうって感じはしなかったよね」
「際立った悪人ではない……ということか」
語り合う、とはいっても……コアイは正直、代官にあまり興味を惹かれなかった。
だから、スノウから話を聞いてみることにした。
代官と主に対話していた彼女の評価のほうが、己の感覚よりも信頼できそうな気がして。
「んー、そこまでは決めらんないけど……ちょい悪いくらいならあるかもだし」
ここまでは、彼女は神妙な面持ちで代官に抱いた心象を語ってくれた。
「つまり、小物……ということか」
「王サマ口悪っ!?」
が、コアイの一言を受けてか……彼女は突然に破顔していた。
「悪……」
「ふふっ、ま、そんな感じだと思うけど……言いすぎだよ! あははッ……」
「……済まない」
彼女の指摘を受けてコアイは謝罪の言葉を零したが、内心ではむしろ楽しんでいた。
「え〜、わたしに謝ってどうすんのさ〜」
笑顔のまま、コアイを見上げる彼女が……とても、あたたかくて。
宿に着いた二人は、ベッドに並んで腰掛けて……一息ついた。
さて、コアイとしては……
スノウを酒場に連れていき、酒食を堪能させられた。また、代官にも会えた。
この城市で為すべき用は、もう無い。
「まだ夕方までは時間があるが、どうする? 食事にでも行くか?」
とはいえ、今は昼過ぎくらいの時間だろうから……次の城市へ向かうには間が悪い。
コアイはそう考えて、スノウを食事に誘う……
ぐぅ
「は……早く行こ、ハラヘリだよ」
彼女は隣から響いてきた腹の鳴る音を誤魔化すように、コアイの手を取りながら立ち上がっていた。
「お、いらっしゃい……今日は早いんだな」
コアイはスノウを連れ、昨日と同じ酒場を訪ねた。
何故なら、これまでスノウを連れてきた二度とも……彼女がとても満足気に見えたから。
「空いてるとこに、好きに座ってくれ」
「じゃあ今日は、こっちのテーブルにしよっか」
「今日も飲むのかい? ま、飲み過ぎねぇようにな」
二人は今日も、何種類もの魚料理……この街の名物に舌鼓を打ち、その旨味を辛めの酒で喉へ流し込んで、また料理を口にして…………
そして今日もまた、スノウは酔い潰れそうになっていて。
「きょおも……ありあと……ね…………」
酒杯を手にしたまま顔を赤らめ、うとうとと居眠りをしている。
薄目をあけたまま半開きの口へ、酒杯も料理も運べないでいる。
そんな彼女の姿は、今日もコアイの心中をそわそわと擽る。ざわざわと擽る。
本当に、可愛らしい。微笑ましい。
触れてはいなくとも、あたたかい。
眺めているだけでも、あたたかい。
側にいられることが、あたたかい。
彼女の側にいると、本当に嬉しい。
彼女が側にいると、本当に嬉しい。




