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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 私達は、共に生きる二人に
232/313

あなたと再び堪能するの

 皆さまからのブクマ・評価、執筆の励みになっております。

 いつもありがとうございます。

「……いつものベッドじゃなさげ?」


 何時(いつ)も通り……スノウを召喚して、寝室のベッドに移して、目を覚ますまで見守って、見つめ続けて……

 目を開いた彼女と、目覚めの挨拶を交わした後に発された……彼女の一言だった。


「……それが、解るのか?」

 確かに彼女の言う通り、今横たわっている()()は何時ものベッドではない。寝室からして、何時もの……居城タラス城の上階に(そび)えるコアイの寝室ではない。

 しかし、何故それが目覚めの直後に解るのだろうか。

 コアイにはいまいち腑に落ちない。


「え〜だっていつもより少し固いし、それに……」

「それに?」

「なんかね、王サマがいない感じがする」

 スノウの答えは結局、コアイにとってあまり腑に落ちるものではなかった。



 しかしそれは、コアイの理解がまだ不十分だからなのだろう。

 自身を省みれば……彼女と過ごした場所で、その残り香に浸るような心地で眠っていたことが何度もあるのだから。

 それなのに……彼女ももしかしたらコアイと同様に、その残り香を感じて安らいでいることもあるのかもしれない……と考えることが、まだできていないのだから。


 コアイにはまだまだ、スノウの心の動きに対して鈍感な部分が残っているのだろう。



 ……と、スノウは起き上がろうとせずに身体を丸めていた。


「つか〜……うん、やっぱちょい寒い」

「寒いか。此処(ここ)は何時もより北、涼しい土地だから……そなたには少し寒いかもしれない」

 そう応えたコアイを、彼女が少し上目遣いで見つめる。

 丸く大きな瞳に(まぶた)が被さって、半月のように欠けて見える。


「……そう思うならさぁ」

 彼女はコアイに視線を刺したまま、クイクイと手指を前後させた。

 ……いま、コアイとスノウの間には互いの姿を眺められるほどの……軽く手を伸ばせるほどの隙間がある。


 詰め寄れ、と彼女は示している。

 彼女の言葉ならば、彼女が求めるならば……拒む理由はない。

 むしろ、喜んで。


 コアイは一拍、心が躍ったのに気付き……それに気を取られて動きが遅れた。が、()ぐに身を寄せようと……

 動き出したところで、手を引かれていた。


「ほらぁ、はやくあっためて」

 引かれた手は、早々に絡め取られていた。

 彼女はコアイの腕を胸元に引き込んで、力強く抱き締めている。


「ん〜……おやしみぃ」

 そして、コアイの腕を抱く力をまるで弱めないまま……また眠ろうと言う。今は昼過ぎあたり、寝直すような頃合いでもないのだが……

 しかし彼女が眠りたいと求めるならば、拒む理由はない。喜んで。


「あったか……」

 目の前で、眼を閉じて口角を上げる彼女がいる。

 その様子に、コアイは思わず失笑するとともに……胸を熱くしてしまった。

 一方で、それに負けないほど熱い彼女の胸元を左手に感じながら……コアイも眼を閉じた。




 スノウから春の眠気を移されたかのように、コアイもよく眠れていたが……部屋へ射し込む夕陽の赤さに刺激されて目を覚ました。

 目の前の彼女は今もコアイの手を取ったまま、良く言えば安らかな……悪く言えば締まりのない顔で眠っている。

 コアイは身体を動かさず、彼女を無理に起こさないように気を付けながら目覚めを待った。


 スノウが起きた頃には、外はすっかり暗くなっていた。


「ん〜……おはよ、王サマ」

「おはよう、スノウ。と言っても、夜だが……」

「ふふっ、めっちゃ寝ちゃった……んっ」

 彼女は微笑んでからコアイの腕を押し上げるようにして仰向けにさせて、のち首を伸ばして……コアイの頬に唇を寄せた。


「えっ……あ、あの、そ、そうだな、腹は……減ってい、減っていないか?」

 触れられた頬が、いや顔全体が熱くなって、胸も高鳴る。

 それを自覚し、言葉に詰まりながらも……コアイは彼女へ語りかける。


「ん〜? 減ってなかったら、どうする気〜?」

 何故だか、目を向けられない。向けられないが、きっと彼女は悪戯(イタズラ)な笑みを浮かべているのだろう。

 そんな気がする。そんな時の話し声だと、コアイは感じている。


「そ、それなら……朝まで眠むぐっっ」

「んむ…………」


 唇を塞がれていた。

 猛烈に目眩(めまい)がした。

 胸が()かれていた。

 身体の芯が痺れた。

 全身が喜んでいた。


「ん……お腹すいたし、食べに行こ?」

 (しばら)く触れ合ったのち……彼女はコアイから離れて、にっこり笑った。

 しかし、コアイは彼女の瞳に吸い込まれたまま身動きできず……

 潰れかけたような胸の奥が焼け焦げてしまわないよう、浅い呼吸を繰り返すのが精一杯だった。



「この街の酒場は、前にも来たが……美味だったはずだ」

「そう……だっけ? あっそうかも、なんか見覚えある道な気がする」

 落ち着きを取り戻したコアイはスノウの手を取り、宿から酒場への道を歩いていた。


「前と同様、魚料理を食べようか」

 街の中通りを歩いていると、すれ違う人間が時折コアイ達に視線を向ける。コアイはそれを感じつつも、気にせずにスノウへ意識を向け……話しながら進んでいく。


「たぶんアレかな、ここの人らは手つないで歩かないのかも」

 彼女もまた、コアイに顔を向けて……軽く手を握り返しながら歩いていた。



「いらっしゃい……もしかして、去年ウチに来てた兄ちゃんたちかい?」

 再訪した酒場の主は、コアイ達のことを覚えていたらしい。


「空いてるとこに、好きに座ってくれ」

「じゃああっちのテーブルにしよっか」 

「今年もいいタラーが仕込めたぜ、早速どうだい?」

 テーブルに着く二人へ、店主が近付きながら名物料理を薦めてきた。断る理由はない。


「じゃあおすすめコースで!」

「この辺りの名産を、ほかは任せる」



 二人は前回この酒場を訪れたときと同様に、地の名物である魚料理……赤い粒の塊や豪快な切り身の焼き魚を、それに加えて少し凍った生魚? らしき料理を堪能する……


「このイクラっぽいのやっぱうっま! すごっ! ヤバい! お酒おかわり!」

「この前のように、あまり飲み過ぎないようにな」

「うん! あっけど刺身も油のっててヤバっ……ちょっと凍ってる? まっいいけど!」


 はっきりと、しっかりと笑い(よろこ)ぶ彼女の様子は、コアイにも強く歓喜、溌剌と高揚を与えるようで……コアイはそんな彼女の姿に、すっかり満足していた。

 彼女の姿がとにかく嬉しくて、あたたかかった。

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