あなたに私が届けたいコト
小柄な老人と大男、二人が顔を見合わせて……暫く固まっていた。
コアイが何となしに見せたスノウの本……
その紙面の形容、色彩や描写は……いや、形容のみならず記載された衣装の内容も、彼等にはまったく未知の事柄であった。
そのため、二人ともが困惑しきりとなってしまうのも無理はなかった。
「あ〜……いや、そう言われてもな……」
改めて紙面に目をやってから、大男アクドが声を絞り出す。
「申し訳ありません陛下。我々は婚礼衣装とやらの外観について、まだ知らぬのです……しかし随分美しい絵ですな、まるで輝く宝石かのように鮮やかな……」
対して、老人ソディは先ず一言コアイへ詫びながら、コアイの持つ本の側へ身を乗り出し……目を見開いていた。
「これほどの絵……それも一作ではなく本に……好事家に高く売れるやもしれぬ……」
そして腕を組んで眉を寄せ、なにやら呟いている。
「描かれているのも人間の美男美女か……これなら恐らく……しかし折り目が惜……」
「おい……伯父貴?」
ソディの思考が脱線しているのを察したのだろうか、アクドがソディの肩を叩いていた。
「む、どうした……お前もこの希少さに気付いたか?」
ソディはコアイの持つ本から、アクドへと顔の向きを変える。それに合わせて、アクドはコアイの顔の側へ向けて二度首を振ってみせる。
一拍おいて、無言で再度顔の向きを変えたソディと……手にした本を見下ろす格好のコアイとで目が合った。
「おおっと……これは大変失礼いたしました。つい商人の性が」
「……先ずは、これ等の衣装を手に入れることを考えてほしい」
「申し訳ありません、衣装の話をいたしましょう」
ソディはコアイに正対してから跪き、深く謝罪する。
別に、コアイは怒っているわけでもないのだが……それには触れないでおく。
「ふうむ……この衣装、色合いとしては……白と言っても、我々の生成り地とは少し違うようですな」
「ああ、むかし王さ……陛下が着ていたローブみたいな白さだな」
確かに、気にも留めていなかったが……以前の装いに似た色だとコアイは思い出す。
コアイが昔着ていた白色のローブは、あの日……入浴の隙に、懐に忍ばせた彼女の肖像画ごと燃やされて失った。
今着ているのは、あの時咄嗟に……ソディに替えを用意してもらった、似たような誂えと色のローブである。
似たような色ではあったが、以前のものよりも少し黄色を帯びている。
とは言え当時はローブの色などに意識を向けられる状況ではなかった……ただし、その後落ち着いてからであっても己の服の、細かな色合いの違いを気にするコアイではなかったが……言われてみれば、確かに色合いが違う。
「生成りの白さというよりは、雪の白さ……雪の色に近いでしょうか」
「雪の色……」
ゆきの、いろ……
コアイは反芻するように呟いたその一言に、意識を奪われた。
スノウの……彼女がときおり口にした本来の名と、良く似た音。
それを思考することは、ひどく好ましかった。
ゆきの……それはスノウの、本来の名。
雪の色の、ゆきの。
可愛らしい彼女が望む、麗しい装い。
麗しい装いに身を包む、可憐な彼女。
似た音の色に身を包む、愛しき彼女。
その名に似た色を纏う、私のすべて。
……絶対に手に入れたい。彼女に纏わせたい。
彼女もそれを望んでいる。必ず手に入れたい。
私の眼の前に、それを纏う彼女を……
そんな彼女を、一目だけでも見られたら…………
そうか。一度くらい……そうだ。
私も、一度くらいは……彼女のドレス姿を目にしたい。
一度くらいは……ゆきの色を纏った彼女を目にしたい。
私にも、彼女の気持ちが……少しだけ解った気がする。
「……陛下、陛下?」
ソディの嗄れた声が、コアイの意識を引き戻した。
「あ、ああ……そうだ、この装いを貴殿らで作ることはできそうか?」
コアイは早速、彼女のドレスを手に入れたいと気を逸らせる。
「申し訳ありませんが、今は作れると言えませぬ」
「こんな雪白の生地にゃ心当たりがねぇ。伯父貴もそうだろ?」
「アクドの申す通りです、まず服を仕立てるための布地がありません。少なくとも翠魔族の地には、あの色合いの布や糸は無いのです」
しかし二人からは、良い返事を得られなかった。
「そうか、ならば人間なら……今一度、訊ねてみてはどうだ」
「そうですな、そうする他にありますまい」
「本は貴殿らに任せる、調査のためなら好きに使って良い」
コアイはソディに本を手渡す。
「そもそも、人間がこの絵みたいな婚礼衣装を使ってるとも限らねぇしな」
「なるほど、絵が事実を捉えておるとは限らぬか……うむ、頭が回るようになったのアクド。儂ゃ嬉しいぞ……」
と、また二人の話が本題から逸れていきそうな様子だが……
「貴殿らに任せる。宜しく頼むぞ」
コアイは二人に声を掛けて、暫く眠ることにした。
スノウのことを深く考えたせいか、胸の奥が熱く煮えてしまったから。
寝室で一人きり、心身を灼き焦がすその熱に浸っていたくなったから。
それでは皆様、よいお年をお迎えください!




