あなたが教えてくれるコト
コアイは寝転がってスノウの髪を撫でながら、のんびり彼女の寝顔を眺めていた。
二人してまる一日眠った後の朝だが、スノウは未だ目を覚まさないでいる。
ただ、昨日の朝ほど苦しんでいる様子はない。明らかに快方へ向かっている。
だから心配はない、目覚めなくても……静かに寄り添っていよう。
コアイの心もまた、そう静かに定まっていた。
コアイは穏やかに、彼女の寝顔を見つめ続ける。
それはコアイにとって、かけがえの無い……あたたかなひととき。
陽が高く南に移った頃、スノウの寝息はだいぶ整っていた。
それでもコアイは無理に彼女を起こさず、体勢を変えることもなく……ただ見守っていた。
「ん゛……」
と、スノウが寝返りを打って仰向けになる。
それにより、二人の距離が少し空く……片手だけがコアイの腕に絡んだ格好になって、二人の間に少し風が入った。
まだ冬が去って間もない……寒くはないだろうか?
コアイは少し心配になったが……彼女は起きることもなければ、身体を震わせる様子もない。
それに、彼女の手は今もあたたかい。
彼女の様子に変わりはない、だから大丈夫だろう。今はただ、側にいよう。
コアイはそう考えて、引き続き寝転がったままスノウの寝顔を見つめていた。
窓の外が少し暗くなりだした頃、スノウが再び寝返りを打った。
今度は、コアイへ近付く側……コアイへ顔を向けて、その右腕にしがみ付くように身体を寄せて……
「ん……ふっ………」
コアイの腕を捕らえる力が強まっているのを感じる。
彼女は一層、元気になったらしい。
そう、コアイが安心していると……
「ん、ん〜……あっ……」
徐に、じんわりと……彼女の眼が開いた。
「……おはよ、王サマ」
「おはよう、随分長く眠っていたな」
彼女の瞳から光を受け取って、コアイの心は躍る。
「ん〜ごめんね〜……飲み過ぎちゃったっぽい」
「今は、大丈夫か?」
「まだちょっと気持ち悪いかも」
コアイの問いに、彼女は苦笑で返す。
「水でも飲んでおくか?」
「水もいいけど、胃薬とか……ないよねぇ」
彼女はそう言いながら片手をコアイの腕から離し、胸の下あたりを擦っている。
「薬か……城の者に聞いてみようか」
「あ、ていうか私……どんだけ寝てた?」
「もう直ぐ夜になるから、一日半は寝ていたことになるな」
「マ? あ〜たぶん帰らなきゃ……」
どつやら彼女は本来の世界で所用があるらしく……早く帰る必要がありそうとのことだった。
彼女に事情があるのなら、直ぐに帰してやろう……とコアイは考える。それも、何時も通りのこと。
けれど、それは少し淋しい。
コアイは珍しく、次も近いうちに彼女を召喚することを……願い出る。
このまま離れるのは淋しいから。
「また数日後に、喚んで良いか……?」
「もちろん!」
「それなら、良かった……」
安堵し、スノウを帰す前に……安堵したことで彼女への用件を思い出して、コアイは率直に訊ねてみた。
「以前そなたが言っていた「ドレス」とは……どういうものなのだ?」
「うーん……説明すんの難しいなあ……こんど写真とか持ってくるね!」
召喚陣が輝き出す前に抱きしめあって、口づけを交わして……この日は別れた。
数日後、コアイは再び彼女を召喚していた。
やはりこの日も、コアイは眠る彼女をベッドへ寝かせて……目覚めるのを静かに待つ。
彼女の寝顔を見つめてみると、前回よりも寝息が、表情が穏やかなような……そんな気がした。
だからといって、彼女から目を離すことはないが。
「ん〜……おはよう、王サマ」
果たして彼女は本来の可憐な声色、朗らかな微笑を浮かべながら目覚めてくれた。
「良かった、今日は元気そうだな」
本当に、良かった。
コアイは心からそう感じつつ、自然と彼女へ笑顔を返していた。
「さて、今日はどうしようか? 何かしたいことはあるか?」
「あっそうそう、本買ってきたよ! 一緒に読……カバン入れてたっけかな?」
彼女もまた微笑んでから、ベッドを降りて手荷物をまさぐりはじめた。そして手荷物の中から一冊の本を取り出し、コアイの前で開いて見せる。
彼女が差し出した本は、コアイが知る本とはまるで違った外観……芸術品の一種とすら思えるほど美しく艷やかで……手触りもコアイの感覚とは大きく異なる、滑らかで柔らかな紙質をしていた。
もちろん、そこに描かれている女の姿……その服装も描写も、コアイの知るものではなく。
「ほら、キレイでしょ? こういうのがドレスだよ」
彼女の本により改めて、「ドレス」というものの意匠を目にして……やはりコアイには、見覚えのないものであった。
「いっぺんくらい着てみたい……ってのも分かるでしょ?」
「……そなたに聞いてみて、良かった」
やはり、一度くらい……という考え方はコアイには分からない。
しかし、彼女がこれを欲しがる理由はなんとなく理解できた。
それならば。
「ん〜なんで?」
「この本が無ければ、私にはドレスとやらを理解できなかったように思う」
「えっそうなの? もしかしてこっちの世界にはない系?」
彼女の顔が、微かに曇る。
「この世界でも人間なら、何か知っているかもしれない。今はソディ殿に調べてもらっているが」
「あーそういう可能性……結婚式的なやつ自体が……」
彼女はまた、コアイの知らない言葉を口にしていた。
その言葉も気にはなったが……コアイはそれを問うより先に、彼女への願いを伝えたかった。
「スノウ、この本を私に呉れないか」
「もし、人間にも知見が無ければ……」
コアイは不意に、口が止まってしまった。
左手の環指に、じんわりとあたたかさを感じたために。
……そう、この世界に無いなら……作れば良い。
「……この本を参考として、ドレスとやら……作ってみよう」




