あなたが元気になれるコト
一人になったコアイは、スノウから聞いた「ドレス」について……調べてみようと身体を起こした。
先ずは城内で、最初に出会した……朝食を摂るソディとアクドに訊ねてみる。
「どれす……?」
「はて、それは一体どのような?」
どうやら二人には、「ドレス」という言葉が何を意味するかほぼ伝わっていないらしい。
「女が着る真っ白な一張羅のことらしい。何か知らないか」
合点のいかない様子の二人に、コアイは説明を足してやる。
「式服……とは違うのか? いや、まっ白なら違うか……」
「ふむう、翠魔族の式服や、その他の高価な装いには……白一色というものはありませんな。となるとそれは、人間の装いですかな?」
「そう、だと思う。貴殿等も知らぬか」
どうやら二人にも、というよりは翠魔族にとって馴染みのないものと思われる。
「ううむ……申し訳ありません。人間向けの布地にも、それらしき物は思い当たりませぬ」
「街で人間が着てるのも……見たことねぇ気がするな」
コアイよりも……それどころか翠魔族の内では最も人間の風俗に明るいはずの二人ですら、ちょっとした知見さえも有していない様子であった。
「そうか、ならば良い」
「済まねぇ、王さ……陛下」
ソディ殿やアクドも知らぬとなると……此処では役立つ話は聞けなさそうに思える。
また彼女と逢えたときに、詳しく聞いてみようか。
「陛下、差し支えなければ……取引のある商人や大公殿下へ手紙を認める際にでも訊ねてみましょうか」
「それで構わない」
コアイは寝室に戻り、彼女のぬくもりが微かに残るベッドへ突っ伏して……少し眠ることにした。
彼女の残り香に包まれて眠るのは、とても心地が良かった。
春風が道の泥濘を吹き消したころ、コアイはタラス城の寝室で再びスノウを召喚した。
何時も通り、コアイは召喚陣から床上に現れた彼女を遅滞なくベッドへ移して……その寝顔を見つめたまま、目覚めるのを待つ。
ところが。
今回、彼女は目を覚ますと直ぐに不調を訴えた。
「ゔぇ……やば…………」
とは言えそれ自体は、コアイも対処したことがあり大した問題でもない。
コアイは直ぐさま人を呼んで、飲み水を用意させ……苦しそうに眉を寄せる彼女の口へ流し込む。
そうしておいて、再び彼女を横たわらせて……また、寝顔を見つめて。
再び目覚めた頃には、良くなっているはずだから。
そう考えて彼女の間近へ寝転んで、目覚めを待っていたコアイだったが……
「ゔぁ〜あだまいたい……きもぢわるいぃ…………」
再び目覚めた彼女は、とても辛そうにしていた。
普段の可憐に澄み渡る声ではない、ガラガラと濁った声。
その瞳も円く輝くことはなく……何とか開いた薄目でコアイの姿を認めたのか、そうでもないのか、それすら良く分からない。
「大丈夫か? 飲み過ぎたのか」
「ゔん……だぶんっ………」
彼女は重そうに身体を起こして、コアイの腕へしがみついてきた。
側にいるのが、コアイであることは認識しているのだろうか。
ギュッとしがみつく力、絡められた腕の位置……それ等は何時も通り、馴染みのあるものと感じる。
「もう一度、水でも飲むか?」
馴染みのある掴まれ方をされて、そのままの体勢で居たくなる……彼女の腕から伝わるあたたかさをコアイは何とか振り払う。
振り払って、もう一度人を呼ぼうと机上の魔術機巧を取りにベッドから起き上がろうと……
彼女が早く起きられるように、もう少し水を飲ませておこうと……
「いや寝てればだいじょぶだがら〜……ってか、行かないでぇ王ざまぁ……」
しかし彼女の言葉が、コアイの動きをぴたりと止める。
行かないで、か……
私が何の役に立つのか良く分からないが……私が側にいることで、彼女の気が紛れるのなら……そうしない理由はない。
彼女のために、そうしなければ。
彼女のために、動きを止めねば。
彼女のために、身体を添えねば。
そうして、やらなければ。
そう心から思いやって、コアイは彼女に身を寄せた。
しかしコアイは心中に、そうでない面を感じている。
全て彼女のため、でないと自覚している。
私が、彼女に寄り添っていたいと感じて。
寄り添うとあたたかい、それが嬉しくて。
側にいて、彼女のあたたかさが欲しくて。
私は彼女のために、側にいようと考えた。
彼女を癒やすために、そう考えたはずだ。
けれど私は、己のために動きを止めた……わけでないと、言い切れない。
彼女と触れていたくて、動きを止めた……彼女を癒やすためだけでなく。
そんな考えで寄り添ってしまった、私は……彼女に申し訳なく思っている。
けれどそれすら、彼女が望んだからだと……言い訳をしたくなってしまう。
彼女が望むこと、彼女が健やかに目覚めることを第一に考えるべきだと……理解している。
それなのに、私は……
もっと、彼女に優しくなりたい。
コアイは何となく、そう感じながら……彼女の寝顔を見つめ直していた。
結局二人は、腕を絡め顔を見合わせた体勢のまま……まる一日ほど眠り続けていた。
「ん……」
絡められた腕を引っぱるような力を感じて、コアイは目を覚ました。
目前の、コアイを起こした彼女の顔は……まだ眠りに落ちたままと見える。
そのやや曇った寝顔に、コアイは思わず空いた手を出して……彼女の頭を撫でていた。
「んふ〜……」
目覚めそうで目覚めない彼女の寝顔の、険が少し和らいだ……コアイはそう感じて、笑みを漏らした。
とても、あたたかくて。
彼女が喜んだように感じて、それがとてもあたたかくて。




