あなたが私に望むコト
十二月……今年もあと一ヶ月ですね! それに寒くなってきました……
と、いうわけで(?)暖かくなれるかもしれない新章の開始です。お楽しみいただけたら、幸いです。
冬の終わりのある日、二人は居城で過ごしていた。
「やっぱ、まだ夜は寒いね〜……このままだと湯冷めしちゃう」
「そうか、ならば早く部屋へ戻ろうか」
コアイはスノウの言葉を、長く廊下にいては寒い……という意味だろうと解釈した。
それで彼女の手を取り、足を速めて数歩……
「ん〜……七十点、かな?」
と、後方から彼女の声が聞こえる。
七十点……
何かが足りていないらしい? 彼女は何を、求めているのだろうか?
何かを欲しているのなら……出来るだけ、満たしたい。
「……七十点、とは……万全でないということか?」
コアイは思考に意識が向いて、ふと立ち止まり……振り返っていた。
そして浮かんでいた素直な疑問をそのまま、彼女へ問いかける。
「だってほら、こうやって……くっついて歩けば寒くないよ?」
そう言う彼女は、悪戯な笑みを浮かべていて……
問いかけた体勢そのままで、コアイは腕にしがみ付かれていた。
「えへへ……ね、あったかいでしょ?」
彼女は上目遣いでコアイを見つめている。
手を繋いだままで絡め取られた、腕が熱い。
あたたかい、程度のものではない。
じわじわと、ひりつくように熱い。
今日の彼女は、まだ酒を飲んでいない。
それなのに、絡まれた腕が……じんわりと熱い。
彼女から届いた声も、じんわりと湿気って熱い。そんな気がする。
「それで、ゆっくり歩いて……急がないほうが楽しいでしょ?」
身体を腕に絡めたまま、上目遣いで見つめたままで彼女が歩き出す。
「そ……そうだな」
コアイは彼女と歩調を合わせつつ、同意を口にするが……言葉がつっかえる程度には、胸が弾んでいた。
二人は城内をゆっくりと歩み……やがて寝室に辿り着いた。
スノウは何時も通り、間髪入れずにベッドへ飛びこむ。コアイはそれを見守ってから、彼女に近いベッドの縁へ腰掛ける。
「ドレス着たいな〜……」
と……うつ伏せで枕に顎を乗せるような体勢で、なにやら彼女が呟いた。
ドレス? とは……
この世界では、聞いた覚えのない言葉だが……何となく……
ぼんやりと、美しい装い──一張羅とも呼べるような、とびきり上質な仕立ての服──のことだと、コアイは大まかに理解する。
「そ、女に生まれたからにはいっぺんくらい着てみたい……着てみたくない?」
「……そういうものなのか?」
コアイには彼女の考えが分からない。
良い服なら、手に入れて、気の向いたときに着れば良い。
一度くらいなどと言わずとも、気が向いたら何度でも着れば良いのではないか……
「あは、ごめん大げさすぎた、わたしはいっぺんくらい着てみたい……かな」
「……そなたが好むのは、どのような仕立ての服なのだ?」
コアイは、理解の及ばない彼女の考えよりも、先ず彼女が好む「ドレス」について訊ねてみることにした。
もしかしたら、彼女の好みに近い品を手に入れる当てがあるかもしれないと考えて。
「基本は真っ白なレースで、細かくてキレイな刺繍とかが胸とか腕のとこに……って、王サマはダメだよ!?」
「え? 何故……駄目なのだ?」
彼女の好みを多少は聞けたと、思いきや……彼女は何故か、それをコアイが着てはいけないのだと言う。
話の流れについても、何故コアイが着てはいけないのか、についても……理解が追い付かない。
「王サマはぜったいタキシードのほうが似合うし」
「……タキシード……? また別の服装があるのか」
どうも彼女は、コアイには別の服を着て欲しいらしい。
彼女が薦めるその「タキシード」とやらも、一張羅──とびきり上質な──「ドレス」とは異なる美しい装いのことだと、その点は何となく理解できた。
「うん、ぶわ〜っとスカート広げるよりカッコいいよ」
それを彼女が強く薦める理由までは、コアイにはまるで想像もつかないが。
「ていうか……」
何時の間にか、肩を掴まれている。
目の前に、瞳を輝かせた彼女がいる。
目を開き、鼻息を荒くした彼女がいる。
目を射抜くように、見つめる彼女がいる。
目の奥まで灼くように煌めく、彼女がいる。
「王サマの白タキシードとか、わたしぜったい惚れ直すよ! 自信がある!」
「惚れ……っ!?」
惚れ直す……私に? 今以上に……?
そう目の前で叫ばれて、目が眩んでしまった。
顔が熱くて、頭が惚けて、胸が痛んでくらくらする。
今までよりも更に強く、更に深く私のことを……?
思わず目を逸らした、それでも目眩が治まらない。
何故か彼女は、目を逸らした先にまで顔を寄せて……
逃げ場もなく見つめられると……顔や頭だけでなく、身体中が熱く灼けてしまう。
目を合わせられない。いや、彼女の身体の、どの部位にも……目を向けることができない。
どうにも、気恥ずかしくて。
「っ…………」
気付いた時には、きつく抱き締められていたが……
彼女と触れていること、触れている部分を意識することすら……妙に恥ずかしくて、こそばゆくて堪らなかった。
その最中で一つ、生唾を飲んだ音が耳に残った……それだけは感じ取れた。
それ以外には何もわからず、覚えてもいないくらい…………
明くる日、彼女を本来の世界へ帰したコアイは……「ドレス」について近侍する者達に訊ねてみることにした。




