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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 人の統べる地の内にて
224/313

触れて結んであたたかに

「わかった、明日起きたら……()ぐに準備しようか」

 理由は分からないが、スノウがそう求めるなら……コアイに断る気などない。断ろうなどと、思うはずもない。


「ふふ、ありがとう!」

 答えるや否や、コアイはスノウに抱き締められていた。




 強く抱き締められると、胸が高鳴る。

 高鳴りながら、内がこそばゆくなる。

 じわじわと、むずむずと、(うず)きだす。


 正面から抱き締められると、それで目を閉じないでいると……目の前に彼女がいることを実感する。


 それは、身体ではとうに判っていることではある。

 彼女の手、腕、胸、ときに脚も……あたたかいから。


 ただ、目を開くと……もう一つの感覚が彼女を実感させる。

 あるいは息を継ぎ、耳をすますと……違った実感が起こる。


 身体の、さまざまな機能で彼女の存在を……彼女が()ぐ側に存在していることへの(よろこ)びを感じる。

 感じたすべてがとてもあたたかくて、私は満ち足りる。



 私は満ち足りて、嬉しくて……何となく目を閉じていた。


「……王サマ大好き!」

 その言葉に、胸の中が激しく暴れる……より早く、私を抱く腕が一層力を強めた。

 これ以上近付きようもないほど、私達の身体はぴったりと密着する。


 助かった。彼女に抑えられていなかったら、なにか飛び出していたかもしれない。

 けれど、外側では彼女と隙間なくくっついていて……どちらにしても、恥ずかしくてたまらないが。



「んふっ……」

 私の唇に何かが触れた。

 私の感覚の一つが、不意に猛烈に熱される。

 また別の感覚が、胸の内に、頭の奥に(しび)れを伝えて……身体を内から破裂させるかのような高い熱をもたらす。


 その熱にうなされながら。

 彼女も、同じ熱を感じているのだろうかと想う。

 同じ熱を感じてくれていればいいな、とも想う。


 ふと、薄目を開ける。

 視界の真ん中では、彼女はぴったり目を閉じている。

 視界の下の方では、頬を紅く染めているのが見える。



 と、唇が離れた。

 少し乱れた、荒い息を継ぎながら……じんわりと、軽い痺れが余韻となって心身に拡がっていくのを感じている。


「……すき……すき」

 少し(ほう)けていると、彼女が(つぶや)いた。

 彼女は呟きながら、体勢を変えて……私に覆いかぶさっていて……

 また、唇に触れられた。



 もしかしたら彼女は……一言そう口にしたくなって、唇を離したのだろうか。

 そう考えそうになったが、頭の奥まで伝わる熱がいっそう高まっていて……それより先をはっきり考えられなかった。


 この熱に浮かされるのが、とても心地好くて。

 彼女とのひとときが、あまりにあたたかくて。




 二人きり、長い一夜を過ごして……

 朝日というには少し高い、初春の陽射しがコアイを目覚めさせた。


 スノウはコアイの肩に顔を乗せた格好で、背中と脇腹へ手を回したまま眠っている。

 コアイは彼女を起こしてしまわないよう、少し待ってみることで……彼女が深く眠っているのを確かめた。少し待って寝息以外には何の動きも感じさせない彼女の様子をみてから、そうっと身体を起こした。

 スノウの眠りを妨げていないか、視線を落とすと……スノウは微笑むような寝顔のまま、安らかな寝息を立て続けている。


 コアイもつられたように微笑んで、それとは別に……呼出し用の魔導具を操作する。

 そして(しばら)く後に寝室を訪れた侍従に馬の準備をさせて、コアイはもう一度スノウの側へ寝転んだ。



 昼過ぎほどになって(ようや)く、スノウが目を覚ます。

 それを機に二人は早速、目的地へ向けて出立した。

 二人が初めて出逢った場所──過去にコアイが住処としていた屋敷、今は誰も居ない、ドロッティンゴルムと呼ばれていた古い屋敷が残る森の一角へ。


「あれ、こんな何もないとこだっけ?」

 屋敷の……玉座の間に着いて早々、スノウはきょろきょろと辺りを見回し……意外そうな顔でコアイに問いかけた。


「……ああ、過去より此処(ここ)には玉座くらいしかない」

「そっか、ベッドとかは別の部屋だったね。じゃあ……」

 部屋の中に何もないことは、特に問題ではないらしい。


「とりあえず、指輪出して……でね」

 コアイはスノウの指示通り……コアイの指輪を彼女へ渡し、彼女の指輪を受け取った。


「こほん……」

 彼女は咳払いを一つしたのち、なにやら口上を述べる……



「コアイ様、あなたはこの女、ゆきのを伴侶(はんりょ)とし、良きときも悪しきときも……」


 そうか、スノウとはあの時、咄嗟(とっさ)に名乗った仮の名……

 ……本来の名はゆきの、だったか。


「富めるときも貧しきときも、病めるときも健やかなときも、共に歩み、他の者によらず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、ゆきのを想い、ゆきののみに添うことを、誓ってくれますか?」


 そんなこと、当然ではないか。

 あの日以来、私はそのために生きて……



「何を……私はそなたと出逢っ」

「ちが〜〜〜〜〜〜う!!!」

 コアイの言葉を遮る大声が部屋中に響いた。

 どうやらスノウの意図とは違った答えを返してしまったらしい。


「ちがうよっ!! そこはストレートに、『はい、誓います』って言うトコなの!!」

「む……そうなのか?」

 そう言われても、コアイにそのような知見はない。


「あっそっか、王サマは……そうだよね」

 と、彼女は彼女で……なにやら納得したような笑顔を見せる。


「どういうことだ? 私には何のことかも分からない」

「なんと言うかね……まいっか、じゃあ任せて! とりま練習しよ!」

「練習?」

 コアイには何が何だか分からない。だから、彼女に任せてみる。



「…………誓ってくれますか?」

「はい、誓います」

「ふ……えへへ……あ、えとそれでおっけー」


「でね、さっきのセリフで二人が誓いあったら、指輪を交換するの」

「交換?」

「相手に指輪を着けてあげるの、そんときには別のがあったほうがいいかもだけど」

「……気に入っていないのか?」

「ううん、この指輪は好きだけど……着けっぱだとぶつけたり傷つけちゃいそうだし」


「んじゃ、私の手に指輪着けてもらって」

「ああ……痛くないか?」

「おっけー、じゃあ今度は私が王サマに着けるね」


「最後は二人で誓いのキスなんだけど、それは本番にとっておこっか」

「本番?」

「今回は婚約、ってことで」

「こんやく?」

「うん、約束だよ。私たちはいつでも……どんなときも…………」



 コアイはところどころ置き去りにされながらも……コアイにあれこれ指示しながら満足そうな様子を見せるスノウの姿に納得し、安心していた。



「せっかくだし、いつか、さっきの感じで……ここを会場にして……ふふっ」

 今回の更新が、本章『余聞 人の統べる地の内にて』のラストとなります。


 次回投稿の際には、新たな章が立ちます……が、次章はたぶん短めになり、また最後の章になるかなと思っています。


 ともあれ、本作を楽しんでいただけていれば……幸いでございます。

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