想いは和んであたたかに
朱い西日が窓から射し込んで、閉じた瞼の奥へ刺さった。
それで目を覚ましたコアイは……隣で眠るスノウに動きがないことを確かめた。
力の抜けた、やわらかな寝顔。その顔は朱に照らされ染まっているが、目覚めてはいない。
その姿は、とてもあたたかい。
彼女から伝わるあたたかさに浸っているのが、どうにも心地好くて……コアイはまた微睡んだ。
ぬくもりの中で微睡んで、暫く……西日の朱さが暗くくすみだした頃になって、スノウの目が丸く開いた。
「おはよう、スノウ」
彼女と向かい合う体勢で寝転がっていたコアイは、直ぐに目覚めの声をかける。
「ん……ん〜、おはよ、王サマ」
彼女はその場で伸びをして、一度閉じた目をコアイに向け直しながら手を取った。
今回も、彼女は目覚めてくれた。
その瞳から、光を返してくれる。
その光が、私の胸の奥に熱を湧かせてくれる。
その熱が、私の心に生き甲斐を与えてくれる。
今日も、ありがとう。私のそばに来てくれて。
「ここは……いつものお城?」
「ああ」
「あ、じゃあさ……あっ」
彼女が丸い目をいっそう見開いて口角を上げ……たが、直ぐに何かを思いついて口を半開きにしていた。
「て思ったけど、いま夜?」
そして窓に目をやって、日没を気にするようなことを言う。
「じきに日が落ちるだろう」
コアイは思ったまま、予想のままを答えた。
「そっか〜……じゃあ今日はもう出かけらんないかな?」
「何処か行きたいのか? それなら今日はゆっくり休んで、明日出かけようか」
「うん、わかった」
コアイはスノウの同意を得たところで、枕元に置かれた小さな魔導具──スノウが言うところの「ナースコール的な」小物──を手に取った。そしてその上部にある三つの出っ張りのうち、真ん中を指で押し込む。
この魔導具の、上部真ん中の出っ張りを押すと……此処から大男アクドの持つもう一つの魔導具まで流れる微かな魔力が生まれて……向こう側の魔導具が反応して光と音を出すらしい。
近頃はそれが、城内でアクドを呼んで頼み事をする際の合図となっている。
今回は……風呂に入れるよう手配してもらいつつ、夕食と酒の用意を頼もうと考えて。
しかし今回は、待っていてもいっこうにアクドが現れなかった。
「どうかした?」
「アクドを呼び出したのだが、来ない」
出っ張りを押した時に魔力の流れを感じたから、魔導具が壊れたわけではないのだろうが……何時もなら、直ぐに用聞きに来てくれるはずだが?
コアイは疑問を抱く……
「もっかい押してみたら?」
と、コアイは彼女に勧められて、元の高さに戻っていた出っ張りを再度押し込んだ。すると途端に、
「陛下、お呼びでしょうか?」
寝室の扉の外側から、女の声が聞こえてきた。
この声はおそらく、侍従の一人クランだろう。
「入るがいい」
「失礼いたします」
クランから話を聞くと、アクドは兵士に向いていそうな若者を雇うために近隣の村々を訪ねて回っているとのことであった。
「アクドさん……見どころのある方が少ないって、嘆いてました」
「あの男、あれでなかなかの強者だからな」
「あれでって、いやふつーに強そうだけどなぁ」
「ところで陛下、何かご用があってお呼びになったのですよね?」
取りとめのない会話が続きそうになったところ、クランが改めて用件を尋ねた。
「風呂の準備を頼む。食事は……アクドがいなくても作れるのか?」
「作れますが、アクドさんより味が落ちるかもしれません。すみません」
アクドが居ないことで、何かしら問題があるらしい。コアイはスノウの考えを確かめたいと思い、
「それで構わないか?」
スノウへ顔を向け、たずねてみる。
「うん大丈夫、そういやお姉さんさ、お久しぶりだね」
彼女も特に気にはしていないらしい、それならば……とコアイはクランに諸々の準備を指示した。
二人は先に湯の準備が整ったとの案内を受け、先ず浴場へ入った。
「じゃ、まずはかけ湯だね〜」
一糸纏わぬ姿となったスノウが、同じく裸になったコアイへ勢い良く湯をかけてくる。
それはあたたかい。湯であるからあたたかいというよりは……彼女が楽しそうで、あたたかい。
「……あれ? なんか湯気多くない?」
スノウは何故か、湯気の量を気にしている。
「どうかしたか? さて、私もそなたに湯をかけようか」
「あっちょっと待って……」
コアイも同じように、スノウへ「かけ湯」をしようと申し出たが……彼女の声で一旦、湯桶を持つ手を止めた。
スノウは何か心配になったのか、ゆっくり、そうっと湯に手を入れようとして……
「あっつ!? えっあっつ!!」
強く弾かれたかのような速さで手を引っ込めた。
「ごめん、王サマ熱くなかった!?」
湯から手を引いて直ぐ、彼女はコアイへ数歩近寄り……狼狽えた様子でコアイへ謝った。
しかしコアイには何のことだか分からない。かけられた湯も、別に熱くはなかったから。
「いや、私はなんともない……」
「あっそっか……王サマ強いもんね……心配いらないかぁ」
「どうかしたのか?」
「湯がだいぶ熱いから、水で冷まさなきゃ……わたしこんなん食らったらヤケドしちゃうよ」
「あったか〜……ちょっとお腹すいたね」
どうやら湯の準備に不手際があったらしいが、スノウに火傷を負わせることもなく……二人はあたたかな入浴を楽しむことができた。
浴場を出たら、次は夕食……廊下で呼び止められた二人は広間へ案内された。そこで食事をしつつ、軽く酒を飲むことにする。
「……どうかしたのか?」
二人は供された酒食を堪能していたが……堪能しているはずのスノウの笑顔が、何時もより少し控えめで……コアイは少し気になってしまう。
「うーん……? いつものシェフじゃないからかな?」
「何か、足りていないのか?」
「ちょっとうま味薄かったり、やわらかい気がする……? けどまぁいいじゃんおいしいよ」
「良いのか? そなたが良ければ、私も気にしないが」
「ワインもおいしいし! 十分まんぞくだよ〜お代わりくださ〜い!」
スノウは充分に満ち足りていると言う。そう言ってくれた。
「明日のため、あまり飲み過ぎないようにな」
スノウが良いと言うなら、楽しめているのなら……コアイは口を挟まない。
確かに、コアイの目に映るスノウの……ワインを片手に破顔する様子は、とても楽しそうに見えた。スノウの幸せそうな笑顔で、胸の内があたたかった。
やがて夕食を終えた二人は、寝室に戻ってきた。
寝室に入ると、スノウは直ぐにコアイから手を離し……ベッドへ倒れ込んだ。コアイはそれを見てくすりと笑いながら扉を閉めて、スノウの隣へ身体を寄せる。
「ねえ」
スノウは寝転がったまま、全身をコアイに向ける。
「どうした?」
「私たちの記念の場所とか、思い出の場所って……どこだと思う?」
コアイは彼女に問われて、真っ先に……初めて出会った日のことを思い浮かべた。
あの日、あの時……スノウと出会えたから、私は此処にいる。
昔住処としていた、あの屋敷……玉座の間……
あそこで、スノウと出逢えたから……私は、生きていられる。
スノウがいるから、私がいる。
それは、あの日、あの時から。
「私は……ドロッティンゴルム、そなたと初めて出逢った屋敷……だと思う」
「ふふ、やっぱり? 私もそう思ってた! さっすが王サマ!」
「明日さ……連れてって? この前作ってもらった、指輪持ってさ」




