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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 人の統べる地の内にて
221/313

我征くは想う人がために

 街の酒場。

 若い二人が寄り添って、ゆっくりと酒食を楽しんでいる。


 実際には、年若いように見えても……コアイよりも永く生きた者など近辺には居ないだろうが。



「きょぉも、飲んだにぇ〜……おかわりする?」

「あまり飲みすぎないようにな」

「わかってるよ〜……あ、さっきのコロッケ的なのもっかい食べたいかも」

 二人は酒と料理を追加して、食事を続ける。


「お客さんたちよく飲むねぇ、せっかくだからこっちも飲んでみてくれないかい? 一杯おごるからさ」

 と、給仕の男が注文の酒と共に別の酒を一杯持ち寄り、勧めてきた。

 コアイは迷わず、杯をスノウの側へ差し出す。

 スノウはコアイを一目見て、杯に口を付けた。

 しかし……


「うーん……コレやっぱりぬるいとダメだぁ……」

 以前別の街で飲んだ、口に合わない酒……その時と同じような、あからさまなまでに苦々しい表情。

 スノウの好みには合わないようだった。


「前のよりはイケそうなんだけど、やっぱなぁ」

 どうやら味そのものより、酒が微温(ぬる)いことが問題らしい。

 この街は寒さの厳しくない地域にあるとはいえ、冬の空気で多少は冷たくなっているはずだが。


「揚げ物にビールとか最の高なはずなのに……」

「微温いと駄目と言ったか、冷えていれば美味いのか?」

「うん、いつもはそう」

「そうか……」


 スノウが喜べていない。何とかしてやりたい……

 コアイは悄気返(しょげかえ)るスノウの姿に、心を揺らされる。


「……どのくらい、冷えていれば良い?」

「えっ? えっと……凍る手前くらい?」

「わかった、やってみよう」

 コアイは動かずにいられなかった。



 氷や雪ほど冷えていなくても大丈夫なのだろう。

 それなら、()ぐにでも叶えられるかもしれない。


 雪混じりの風を顔に受けると、冷たい。

 ならば()()を杯の周囲に起こせば、杯やその中味も冷たくなるはずだ。


 氷や雪を操る魔術など、用いたことはないが……兎に角やってみよう。

 いや、やってみたい。それで彼女が、喜ぶかもしれないから。



「杯を真ん中に置いて、手を離してくれ」


 スノウが杯をテーブルの中央に置いたのを見てから、コアイは風と……真冬の大森林に降り積もる雪を想起する。

 想起した雪と風を、魔力と()け合わせて……杯の周りだけに小さく小さくまとめ、冷風の吹く圏を起こそうと……


「寒風よ吹け、寒門よ集え、吹き閉じよ雪風……」

 意識の集中を高めるため、目を閉じて(つぶや)いてみる。



 コアイはこれまで、彼女のために様々なことを成し、あるいは経験してきた。

 それ等と同じように、彼女のために……新たな魔術、新たな作用を現出させようとしている。

 彼女のために、新たな作用の発現方法を考えるのは……意外にも、初めてのこと。


 雪……冷たい物質のことを思い浮かべながら、コアイはあたたかな心地を覚えている。

 冷たいものを想起し、それを維持しなければならないのに……胸の内が、あたたかい。


(まと)わり絡め……寒気…………」

「あれ、急にさむ……」

 コアイは目を開き、杯の前に手を伸ばす。すると(わず)かに魔力が流れたのを感じた……と、横からスノウの声と少しの震え。


「冷やせた……と思う。飲んでみてくれないか」

「うん、わかった……って取っ手冷たっ!? ん……あっうまっ!」

 彼女の丸々とした瞳が、輝きながら細められていた。


 辺りではいつの間にか、雪がちらついていた。

 それに気付いてか、周りの客もざわついている。


「おいしー! ここでキンキンビール飲めるとか最高! おかわりください!」




 満腹になるまで飲み食いした後、コアイはスノウの足取りが覚束ないことに気付き……宿へ連れて行くことにした。

 客室に入るやいなや、彼女はベッドに突っ伏し……眠ってしまった。


 今日も飲み過ぎたのだろうか。

 確かに、何時(いつ)もよりいっそう美味そうに飲み食いしていた気がする。楽しんでくれたなら、それは良い……


 コアイは彼女の背に、寄り添ってみる。

 彼女の強く早い心音が胸に伝わってくる。


「王サマ……ありあと〜……」

 彼女の柔らかく間延びした寝言が聞こえてくる。


「ふふっ」

 コアイは思わず、(くすぐ)られたかのように吹き出した。それもまた心地が()くて、彼女の背に添ったまま目を閉じた……




 翌日、コアイはスノウが目覚めるのを待ち……昼頃、彼女を本来の世界へ帰した。

 別れる前に、くちづけを交わしてから強く抱き合って……互いに熱を焼き付けてから。



 それからの、コアイの帰路は……それまでの、スノウとのひとときに比べればまるで特筆すべきもののない、彩りのない道程であった。


 ときおり馬に休息を与えながら、ひたすらに駆けていった。

 ときおり馬に霊薬を与えながら、ひたすらに彼女を想った。


 そうして熱を保ちながら、再び彼女と出逢うために。

 再び彼女と出逢うための、然るべき場へ戻るために。


 駆けて駆けて駆けて、ひたすらに風を切って駆けて。

 上って下って跳んで、ひたすらに荒野を走り抜けて。


 駆けて跳んで走り抜けて、遂に国境(くにざかい)を越えて戻って。

 戻って駆けて走り抜けて、さらに森の中へと進んで。


 何日駆けたのかは覚えていない。

 ただ、彼女の(きらめ)く笑顔を瞼に焼き付けたままで。

 ただ、彼女の肌ざわりを指に焼き付けたままで。

 ただ、彼女の澄んだ声を耳に焼き付けたままで。

 ただ、彼女のぬくもりを胸に焼き付けたままで。


 ただ、それ等が道中で消え失せてしまわないように。




 駆けて駆けて駆けて、その果てに……コアイは一人、タラス城へと帰り着いた。

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