表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 人の統べる地の内にて
220/313

我思うは想い人のために

「屋敷に、持って、帰る?」

 コアイはスノウの意図が分からず、彼女の言葉をそのまま口にしていた。


 持って帰って……どうするのだ? 今から身に着けておかない理由は……何だ?

 さっぱり分からない。



「そ、いっかい持って帰って、場所決めて、そんで……」

 コアイにはまるで見当がつかないが、どうやらスノウにはそうする理由も、持って帰った後にやりたいことも……はっきりしているらしい。


「場所を決める?」

「どこがいいかな……? お城の屋上とか、豪華な部屋とか……」

 それどころか、既に「場所」の候補も幾つか浮かんでいるらしい。


「あ、そっかあそこも記念日って感じでいいかもっ」

「ところで、それ等は……何のための場所、なのだ?」

 コアイは完全に置いていかれている。


「え〜そこ? ……わかんない?」

「済まない、私には何のことかまるで分からぬ」

「まあ……うん確かに、そうかもしんないね。でも教えな〜い、ふふっ」

 困惑するコアイをよそに、スノウは顔をそむけ悪戯(イタズラ)っぽい笑みを浮かべていた。


「な、何故……?」

 コアイは彼女の態度にますます戸惑い、問いかける言葉をこぼしかけたが……


「そりゃ、それだけ大事にしたい指輪だってことじゃないかい?」

 コアイの声をかき消しながら、女職人テオドラが小さな箱を二つ手にして戻ってきた。


「大事な指輪で、大事なことを……ってことだろねぇ、お熱いもんで」

 テオドラはスノウに何やら目配せしつつ箱を一つ、次いでコアイにも箱を一つ手渡す。


「さっすがわかってるなぁ、大人の女性……ってやつ?」

 スノウが歯をのぞかせて笑いながら箱を受け取り、外した自分用の指輪を収めていた。



 この女は、スノウの意図を理解しているらしい。

 対して私には、それが理解できていない。

 私は、「大人の女性」ではない……ということだろうか。


 彼女は、私が「大人の女性」であってほしいと望むのだろうか。そうでもないのだろうか。

 私には、それも分からない。


 私は、彼女のことを分かっていないのかもしれない。



「さて、指輪をしまったら、そろそろ……お代を頂けないかい?」

 物思いに(ふけ)りかけたコアイを、女職人の声が(とど)める。


「これで足りるか」

 コアイは、スノウが指輪そのものは気に入っているのだろうと判断していた。そこで、礼として手持ちの金貨をすべて渡すことにした。

 コアイは金貨の入った革袋を手にしてひっくり返し、中身を漏れなく空けてみせる。


「え、え〜……と、それはちょっと多くないかい?」

 テオドラは宝飾品を扱う職人だけあってか、カウンターへ無造作に出された多量の金貨にも狼狽(うろた)えはしなかった。


「良いものを作ってもらった礼だ」

「お嬢さんは、それで良いのかい? 二人ともが良ければ、遠慮なく頂こうと思うけど」

 テオドラはスノウの意見も聞いておこうと言う。


「あっちょっと待って! ……と、待ってください」

 と、スノウには何やら思うところがあるらしい。


「どうした? それほど気に入ってもいないのか?」

「そうじゃなくて、宿のお金とか……残しとかなくて大丈夫そ?」

 スノウは路銀の心配をしているらしい。言われてみれば、コアイはまだ宿代を払っていない。


「あっそうか、ハラの具合が悪くて少し待ってもらって、そこから意匠に二日、製作に十日だから……半月くらいこの街で泊まってたわけか」

「宿のお金……払ってた? 払ってるならいいんだけどさ」

「半月だから……四枚もあれば足りないことはないだろうね、それでいいかい?」


 それで良い、とコアイは四枚金貨を引き取ろうとしたが……


 ぐぅ〜〜……


 コアイの隣で、大きな腹の音が鳴った。


「……五枚持っていく」

「わかった、それでも十分儲けになるし、あたしは文句ないよ」




 コアイ達はテオドラの工房を出て()ぐ、酒場へ足を向けた。


「今日は西のほうからいい油が入ったから、揚げ物がおすすめだよ」

 給仕の勧めに従って数種の油揚げ料理を食べながら、何時(いつ)も通り酒を飲む。そうしながら、今後について話し合う。


「指輪を持って一度帰りたい、と言っていたな」

 コアイは()ず、スノウの意思を確かめる。


「うん、ここっていつものお城からは遠いんだよね? 森も全然ないし」

「ああ、戻るのに何日かかるか……予測がつかない」

 今、二人はラスカリス……アンゲル地方でも中央部に近い、つまりタブリス領との境からも離れた城市にいる。

 タブリス領との国境(くにざかい)を越えても、またさらに東上……もう一つ先のアルマリック領、即ち大森林……その中に立つタラス城まで戻るのには、いったい何日必要だろうか。

 それに……


「また、道中も難所が多い」

「なんしょ? 例えば?」

 アンゲル地方ですら、山賊が根城とする一帯や水場のない一帯と、彼女を連れて行くには好ましくない場所がいくつも思い付く。


「山賊が出る山、何もない街道、岩ばかりの荒野、あとは……」

 その先も、スノウと共に渡ったエルゲーン橋の周りを除けばたいてい荒れがちな、つまらない場所ばかりである。


「険しい道程(みちのり)になる」

 それでもコアイ一人なら、別に問題はない。

 馬を猛らせる霊薬もまだ残っている、飛ばして帰れば多少は早く着くはず。


 もちろん、彼女と二人で帰路に着くなら……それはあたたかいことだろう。

 しかしその旅路は彼女にとって厳しいもの、危険なものになるかもしれない。



「城までは私一人で戻る、城へ戻ったら改めて逢おう」

 コアイは一度スノウを元の世界へ帰し、一人でタラス城まで戻ることを決めた。


「そっか〜、じゃあ今日はこの街で泊まってかない?」

 それをスノウへ伝えると、隣に座っていた彼女が少し身を寄せてきた。

 触れた肩と腕は、冬の晴日には不似合いな……じんわりと湿気たようで、それでいてあたたかい感触。


「……あんまし早く帰ってもさみしいしさ……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ