我思うは想い人のために
「屋敷に、持って、帰る?」
コアイはスノウの意図が分からず、彼女の言葉をそのまま口にしていた。
持って帰って……どうするのだ? 今から身に着けておかない理由は……何だ?
さっぱり分からない。
「そ、いっかい持って帰って、場所決めて、そんで……」
コアイにはまるで見当がつかないが、どうやらスノウにはそうする理由も、持って帰った後にやりたいことも……はっきりしているらしい。
「場所を決める?」
「どこがいいかな……? お城の屋上とか、豪華な部屋とか……」
それどころか、既に「場所」の候補も幾つか浮かんでいるらしい。
「あ、そっかあそこも記念日って感じでいいかもっ」
「ところで、それ等は……何のための場所、なのだ?」
コアイは完全に置いていかれている。
「え〜そこ? ……わかんない?」
「済まない、私には何のことかまるで分からぬ」
「まあ……うん確かに、そうかもしんないね。でも教えな〜い、ふふっ」
困惑するコアイをよそに、スノウは顔をそむけ悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「な、何故……?」
コアイは彼女の態度にますます戸惑い、問いかける言葉をこぼしかけたが……
「そりゃ、それだけ大事にしたい指輪だってことじゃないかい?」
コアイの声をかき消しながら、女職人テオドラが小さな箱を二つ手にして戻ってきた。
「大事な指輪で、大事なことを……ってことだろねぇ、お熱いもんで」
テオドラはスノウに何やら目配せしつつ箱を一つ、次いでコアイにも箱を一つ手渡す。
「さっすがわかってるなぁ、大人の女性……ってやつ?」
スノウが歯をのぞかせて笑いながら箱を受け取り、外した自分用の指輪を収めていた。
この女は、スノウの意図を理解しているらしい。
対して私には、それが理解できていない。
私は、「大人の女性」ではない……ということだろうか。
彼女は、私が「大人の女性」であってほしいと望むのだろうか。そうでもないのだろうか。
私には、それも分からない。
私は、彼女のことを分かっていないのかもしれない。
「さて、指輪をしまったら、そろそろ……お代を頂けないかい?」
物思いに耽りかけたコアイを、女職人の声が止める。
「これで足りるか」
コアイは、スノウが指輪そのものは気に入っているのだろうと判断していた。そこで、礼として手持ちの金貨をすべて渡すことにした。
コアイは金貨の入った革袋を手にしてひっくり返し、中身を漏れなく空けてみせる。
「え、え〜……と、それはちょっと多くないかい?」
テオドラは宝飾品を扱う職人だけあってか、カウンターへ無造作に出された多量の金貨にも狼狽えはしなかった。
「良いものを作ってもらった礼だ」
「お嬢さんは、それで良いのかい? 二人ともが良ければ、遠慮なく頂こうと思うけど」
テオドラはスノウの意見も聞いておこうと言う。
「あっちょっと待って! ……と、待ってください」
と、スノウには何やら思うところがあるらしい。
「どうした? それほど気に入ってもいないのか?」
「そうじゃなくて、宿のお金とか……残しとかなくて大丈夫そ?」
スノウは路銀の心配をしているらしい。言われてみれば、コアイはまだ宿代を払っていない。
「あっそうか、ハラの具合が悪くて少し待ってもらって、そこから意匠に二日、製作に十日だから……半月くらいこの街で泊まってたわけか」
「宿のお金……払ってた? 払ってるならいいんだけどさ」
「半月だから……四枚もあれば足りないことはないだろうね、それでいいかい?」
それで良い、とコアイは四枚金貨を引き取ろうとしたが……
ぐぅ〜〜……
コアイの隣で、大きな腹の音が鳴った。
「……五枚持っていく」
「わかった、それでも十分儲けになるし、あたしは文句ないよ」
コアイ達はテオドラの工房を出て直ぐ、酒場へ足を向けた。
「今日は西のほうからいい油が入ったから、揚げ物がおすすめだよ」
給仕の勧めに従って数種の油揚げ料理を食べながら、何時も通り酒を飲む。そうしながら、今後について話し合う。
「指輪を持って一度帰りたい、と言っていたな」
コアイは先ず、スノウの意思を確かめる。
「うん、ここっていつものお城からは遠いんだよね? 森も全然ないし」
「ああ、戻るのに何日かかるか……予測がつかない」
今、二人はラスカリス……アンゲル地方でも中央部に近い、つまりタブリス領との境からも離れた城市にいる。
タブリス領との国境を越えても、またさらに東上……もう一つ先のアルマリック領、即ち大森林……その中に立つタラス城まで戻るのには、いったい何日必要だろうか。
それに……
「また、道中も難所が多い」
「なんしょ? 例えば?」
アンゲル地方ですら、山賊が根城とする一帯や水場のない一帯と、彼女を連れて行くには好ましくない場所がいくつも思い付く。
「山賊が出る山、何もない街道、岩ばかりの荒野、あとは……」
その先も、スノウと共に渡ったエルゲーン橋の周りを除けばたいてい荒れがちな、つまらない場所ばかりである。
「険しい道程になる」
それでもコアイ一人なら、別に問題はない。
馬を猛らせる霊薬もまだ残っている、飛ばして帰れば多少は早く着くはず。
もちろん、彼女と二人で帰路に着くなら……それはあたたかいことだろう。
しかしその旅路は彼女にとって厳しいもの、危険なものになるかもしれない。
「城までは私一人で戻る、城へ戻ったら改めて逢おう」
コアイは一度スノウを元の世界へ帰し、一人でタラス城まで戻ることを決めた。
「そっか〜、じゃあ今日はこの街で泊まってかない?」
それをスノウへ伝えると、隣に座っていた彼女が少し身を寄せてきた。
触れた肩と腕は、冬の晴日には不似合いな……じんわりと湿気たようで、それでいてあたたかい感触。
「……あんまし早く帰ってもさみしいしさ……」




