望み待つは求めのために
二人は馬に乗り、とぼとぼと街への帰路についている。
「なんか、ね〜……」
前に座るスノウが少し顎を上げて呟いた。
その頭の動きで、彼女の髪と香りがコアイの鼻先をくすぐる。
「なにがウリなのか分かんなかった」
「済まない……」
「あっいや王サマが悪いわけじゃないし、そんな気にしないで」
二人は指輪職人テオドラに勧められた、近隣の名跡を訪ねた……その帰り道である。
そのテオドラに、指輪の意匠案を出すのに二日待ってほしいと求められた。そこで、それを待ちがてらお勧めの名跡を巡ってみようと馬を駆けさせたのだが……
はっきり言ってしまえば、アルヒサール砦跡もアルヒクマ館跡も期待外れであった。
アルヒサール砦跡……
凸凹の多い岩肌のあちこちに、人が通れそうな大きさの穴が空いている。しかし、内部を探索することは躊躇われた。
その内部は複雑な通路で穴から穴へと行き来が可能な、入り組んだ構造になっているらしく……「一度中へ入ると迷ってしまう虞があるから、中へ入るな」という注意書きの看板が各所に立てられていたためである。
もちろん、入口付近を見て確かめる程度なら問題はないのだろうが……入口から数歩程度の場所では、少し狭い洞窟という程度の印象しか得られなかった。
コアイ一人であれば、先へ進んで多少迷ったとしても問題はないのだが……徒にスノウを不安にさせたくなかったので、深入りはしないことにした。
とはいえ外から眺めていても……コアイには城市ラスカリスへの道中で見た山賊の根城との違いが良く分からなかったし、スノウもスノウで特に物珍しそうな態度、表情をしているようには感じなかった。
しかし、そこが『魔剣の王』の根城──勢いに乗る敵兵、または政敵を誘い込み討ち果たす迷宮の罠──として有効に使われた可能性を想像できるだけ、アルヒサール砦跡はまだマシだった。
アルヒクマ館跡に至っては単なる屋敷らしき跡地でしかなく、そこで館跡について説明をしていた人間の話も……まったく退屈であった。あちこち他所見をしていたスノウも、同様なのだろう。
まだ今日聞いたばかりの話だが、既に何も記憶に残っていない。帰り際から何度も欠伸をしていたスノウも、同様なのだろう。
それ以降とくに会話も弾まず、コアイ達は街へ……宿へ戻っていた。
部屋の隅に荷をまとめて、椅子に腰掛けたところ……腰掛けるや否や、スノウが立ち上がった。
「んじゃ……反省会ってことで、飲みにいこ!」
「反省……」
彼女の言葉……やはり気にはしているのか、とコアイは申し訳なくなり……何気なく俯いてしまう。
「あ、いやその〜……ガチで反省会とかするんじゃなくて、ね」
「え?」
「飲みに行く理由にしてるだけだから、気にしないでいいから!」
飲みに行く理由……そんな理由付けなど、いままでしていなかった。
ただ彼女が酒を飲みたがるから、そうしていた。
なのに今は、わざわざ理由をつけようと彼女は言う。
気にしないでと言うが、やはり彼女は……
私は彼女を、楽しませてやれなかった。
情けない。悪いことをしてしまった。申し訳が立たない……
コアイはどうにも背を縮こませたくなってしまい、顔を上げられないでいた……が、ふと視界の外から頬を押された。
「元気だせ王サマ〜、ほらほらぁ」
そこへ視線を向けると、彼女が頬を指でぐりぐり押し付けている。
それは妙にこそばゆい。
「ねぇはやくぅ、お店連れてってよ王サマぁ」
彼女は片手の指でコアイの頬を押し続けながら、身体を寄せてくる。
それは妙にあたたかい。
「ほぉらぁ、立って立って」
彼女は身体を寄せきって、コアイの腕を取り……抱き上げるように力を込める。
それは妙に……逆らえない。
身体がふわりと脱力して、引っ張り上げられたような感覚。
実際には、スノウにコアイの身体を持ち上げるほどの体力はなく……コアイが自ら立ち上がった、はずなのだが。
あたたかく、それでいて焦がれるような心地好い震えに導かれたように……立ち上がっていた。
コアイは満面の笑みを浮かべる彼女と、酒を酌み交わして、二人でぐっすり眠って……
明くる日、二人は期限通りに女職人テオドラを訪ねた。
「意匠の案を三種類と、そのうち二つは宝石を嵌めるかどうか……で、五種類考えたよ。一つくらいは、気に入ってくれるかな?」
前に会ったときより少し細い目で、女職人は二人に指輪の意匠を示す。
しかし、コアイにはその良し悪しなど分からない。だから、
「……彼女に任せる」
「じゃあこれの、宝石アリで!」
スノウに任せようとした……ところ、彼女は即決していた。
「へえ、そうかい……わかった。その意匠だと……十日待ってくれるかい?」
意外な選択だったのか、女職人は少し表情を変えたのち……直ぐに納期を提示した。
「とおか!?」
「……そ、そんな驚くことかい? これでも引き渡しの早さには自信があるんだけどねえ」
「あ、いやその……えと……」
と、スノウは目を見開いたあと、苦笑しながら歯切れを悪くしていた。
何か困っているのか……
「私がこの街で待っている」
おそらく、そろそろ本来の世界へ戻る必要があるのだろう……とコアイは考え、スノウへ語りかけた。
「それなら問題はなかろう」
「いいの?」
「勿論だ」
コアイにとって、十日程度待つことなど大した問題ではない。
ましてや、彼女のためならば。
「大丈夫そうかな? んじゃ時間もないし、先に採寸させておくれ」
「はい!」
女職人の申し出に従い、まずスノウが左手を差し出した。
「ん、ん〜……そういうことか、それでマヌエルがあたしにねぇ……」
「やっぱり、細い……ですか?」
「だいじょうぶ、あたしに任せてくれりゃだいじょうぶさ」
女職人はスノウの指に布を巻きながら、そう説いて……
「なんたって、あのマヌエル・シノープのお墨付きさね」
布に目印をつけて、指から離しながらそう説いた。
「あ、はいおねがいします……」
スノウの返事はどうにも釈然としていなさそうであったが、女職人はスノウの返事に深く頷き……彼女から手を離した。
女職人は続いてコアイの手を見たが、コアイの時はとくに何も言わなかった。
「これでよし、と……さて、こっちの用は済んだから、期日までは邪魔しないでおくれ! 約束通り、十日後に指輪がほしいならね!」
コアイは宿に帰り、本来の世界へスノウを帰し、一人宿に引き籠もり…………




