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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 人の統べる地の内にて
217/313

気付きと求めの品を得に

 昨日更新しようとして寝落ち……

 魚、揚げ物、干し果物、そして酒……


 コアイはスノウとともに街の酒場で酒食を(たの)しみ……厳密には、それ等を味わうスノウを見守って愉しんでいたというべきだろうか。


 ともかく満たされた二人は、酒場を立ち去ることにした。


「ごちそうさま〜……どうする? まっすぐ帰る? まちなか散歩とかしてみる?」

「少し歩いてみるか?」

「うん、そうしよ」



 二人は宿へ戻る前に、街の大通りを散策してみようとした。

 酒場を出て、宿とは反対側へ歩き出したが……


「あったかいね〜……っ、ととっ」

 スノウの足取りが怪しい。酒を飲み過ぎたのだろうか。


「大丈夫か? 少し宿で休んだほうが……」

「ごめ〜ん……あはっ、飲みすぎだかも〜」

 彼女はコアイの腕に寄りかかり、謝りながらしがみつく。


「魚おいしくってさ、ごめんねぇ」

 スノウは大皿の魚料理がとくに美味かったと言う。

 それならば……彼女が楽しめたのならば、コアイは不満など感じない。むしろ、彼女が楽しんでくれたことを……ただ嬉しく思う。


「美味かったなら良い、今日は帰って寝よう」

 コアイはスノウが転ばないよう、倒れ込まないようしっかりと手を取りながら宿まで歩いた。



「たらいまぁ」

 舌が回っていない。

 宿の寝室に着いた頃、スノウの酔いは更に深まっていたらしい。


「んふふ〜……今日はありがとね」

 寝室の戸も閉めず、彼女は後ろからコアイに抱きついてくる。


「た、楽しかったなら……それで良い……」

 力いっぱい抱き締めてくる彼女の手が、背に密着した身体があたたかい。

 コアイはそれを感じて、全身の力が抜けるようで……意識がぼやけるようで。



 頭がぼうっと火照ったような心地の中、戸が閉まる音が聞こえて……身体を押された。いっそう、力が抜ける。

 穏やかに力が抜けて、身体を押されるのにまるで抵抗できない。

 ぼんやりと、ベッドの方へ押されているのは分かる。それが、分かるだけ。


 いや。

 私が抵抗しようと思えば、簡単に彼女を止めることができる。

 抵抗しようと思えば、両腕を開いて彼女を離すことができる。

 抵抗しようと思えば、足を止めて彼女を留めることができる。

 それも、分かっている。


 けれど、そうしない。

 あえて、そうしようとしない自分がいる。


 それを受け止めることが、彼女の望みだから……受け入れたいと思っていた。受け入れていた。

 けれど……今、気付いた。

 彼女の思うまま、望むがままに……されたい自分がいる。


 ただ彼女が望むから、願うから……私はそれを叶えたいのだと……思っていた。

 どうやら、それだけではないらしいと……今、分かった。


 そんな自分が、ベッドに押し倒される。

 ベッドの上、彼女に抱き締められて……その先に、連れて行かれたいと……望んで、願ってしまう自分が。



 スノウにしがみ付かれて背を押された体勢のまま、コアイはベッドへうつ伏せに倒れ込んだ。

 彼女のぬくもりが背中越しに、彼女の吐息が(うなじ)に届く。

 それ等があたたかく……いや、熱くて……コアイの心身は焼け焦げ、痺れてしまいそうになる。

 痺れてしまいそうな心地に浸りながら、コアイは脇腹から胸の下へ回された彼女の手に……そっと自身の手を添える。



 それ等は、あたたかかった。

 今日は、それ等が別の熱に上書きされることはなかった。

 彼女がそれより先の動きを見せなかったから。


「ん……すぅ…………」

 項を()ぜる彼女の吐息が、何時(いつ)しか寝息に変わっていた。

 飲み過ぎて酔い過ぎて、眠ってしまったのだろうか。


「ん……ふふっ」

 そう考えたところで、コアイは吹き出していた。


 なんにせよ、彼女が楽しく酒を飲んで、安らかに眠ってくれたなら……それは幸い。

 自身が望んだことを、されないままでも……彼女が幸せならば、それで良い……

 そう実感して、心から安らいで。




「ああ、昨日の人たちかい? 戸を開けるから、少し待ってておくれよ」

 結局翌朝まで眠っていた二人は、再度テオドラの工房を訪ねていた。


 今日も工房の出入り口は閉じられている。しかし、今日も昨日や一昨日と同様に……扉の向こうから妙な魔力が匂ってくる。

 扉の奥に、誰かがいることは判っている。今日は会えるだろうか?


 コアイが鳴らした叩き金の音に、工房の中にいた魔力の持ち主が……真摯に応えた。


「貴公が指輪職人のテオドラか」

「そうだよ。見かけない顔だけど、指輪の注文かい? それなら中に入りな、そうでないなら帰っておくれ」



()ずこれを渡せと言われている」

「……マヌエル、か」

 招き入れられた工房の中で、コアイは少し()けた肌の女にマヌエルからの紹介状を渡した。


「やっぱり女の人だったね」

「ん? マヌエルから聞いてなかったのかい?」

「腕利きの職人とは聞いている」

「そっか、ヤツらしいね……まあいいか、それにしても悪かったね、紹介状まで持ってる人を何日も待たせちゃって……早速指輪の話をしようか」

 女は苦笑いしながら、指輪作りの話をはじめた。


「まず、意匠と宝石を()めるかどうか、嵌めるならどんな宝石がいいか……」

「私には良く分からない、二人で決めてくれ」

 指輪のことは良く分からない。コアイはスノウと職人テオドラに任せ、口を挟まないことにした。



「さて、じゃあ意匠の案をいくつか出すから、二日待ってくれるかい?」

「はい、二日かぁ……」

「待つ間、名物や名産を訪ねてみたい。何か知っているか」


 コアイの問いかけに、テオドラはウチニサール砦とアルヒクマ館の遺跡を見物してはどうかと提案してきた。


「うちに猿? ある日クマ……さんに出会った?」

 と、遺跡の名に思うところがあったのか……スノウが何やら混乱していた。



 ……ウチニサール砦跡は、この大陸の人間が信ずる神話の聖典『興世記』の一節である『荒野より(ラブディーム)』に登場する、『魔剣の王』と呼ばれた伝説の剣豪……己の武力で近隣の他種族を打ち破り、従えて大陸の大半を支配した英雄が拠点としていた砦とされる。


 一方アルヒクマ館跡は、大陸の覇者となった『魔剣の王』が愛していた人間の女達……神の声を聴いた女達に文字通り寝首を()かれた館の跡とされる。

 この事件は人間が種族としての外的自決を成す端緒とされており、『荒野より』には魔剣の王の活躍と死、その後の人間達による独立勢力の権輿(けんよ)までが記されている。


 つまり、アルヒクマ館とは……人間がこの大陸に君臨する力を得るきっかけとなった場所……である。

 といっても、この二人にとっては何の意義も感じられないだろうが……


「時間あるし、行ってみよっか?」

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