ともに過ごして愉しくて
二人だけの、夜がやってきた。
二人だけで、触れ合っていた。
二人だけの部屋で、身体をくっつけていた。
二人だけが眠らず、ベッドを軋ませていた。
二人だけを意識し、互いを感じ取っていた。
二人だけの場所で、気が済むまで眠らずに。
二人だけが満ちて、静かに囁きをこぼして。
二人だけの聖域で、あたたかく眠っていた。
二人だけの聖域で、淡い朝日を受け取って。
差し出した腕にしがみついた体勢で、間近で眠る……スノウのぬくもりを感じながらコアイは目覚めた。
目の前に、彼女がいる。
酒を飲んで、話を聞いて、一緒に寝て……彼女はだいぶ元気を取り戻したらしい。
そう実感すると、彼女の悩みを幾らか和らげられたことが……とても嬉しくなる。
自分が、少しでも彼女を助けられたと実感して……とてもあたたかな心地になる。
「ふふっ」
ふと、一人で失笑していた。
彼女が見せる、少しだらしなく思えるほど安らかで緩んだ寝顔が可愛らしくて……あたたかくて。
コアイが見つめる寝顔は、まだまだ目を開こうとはしない。
コアイがまじまじと見つめていても、その姿に変わりはない。
コアイも失笑したときのまま、笑みを引っ込められないでいる。
今はこのまま、ただ見つめていたいと思う。だから、このまま。
コアイはすっかり目が覚めていたが、身動ぎもせず……ただスノウの和やかな寝顔を見つめ続けていた。
それは小春日和によく似合う、とても安らかで和やかなひとときだった。
やがて日が高くなり、窓からスノウの目元に陽光が射した。
「んっ……」
彼女は少し辛そうに、顔を渋らせながら薄目を開ける。
その姿も、コアイにとってはあたたかい。
「ん〜……おはよ、王サマ」
彼女が目を覚ませば……何時もの澄んだ声で、挨拶してくれるから。
「ん〜今日はどうする? もうちょっと寝てるぅ?」
彼女はそう言いながら、まだ少し眠そうな半開きの目でコアイを上目遣いに見つめてくる。
「いや、今日は指輪職人に会いにんっっ!?」
「んっ……」
予定を伝えて起き上がろうとしたコアイだったが、それを伝え切る前に唇を止められていた。
「にひひ、顔まっか」
「あ、それ、それは……昨夜じゅうぶん、に……」
顔が熱くて、暫く何も考えられなかった。
ともあれコアイはスノウを連れて、指輪職人テオドラの工房を再訪してみた。
今日も工房の出入り口は閉じられている。コアイは叩き金で合図してみるが、誰も応えない。
しかし、今日も昨日と同様に……工房の内から風変わりな魔力が匂ってくる。
扉の奥に、誰かがいることは判っている。まだ眠っているのだろうか?
いや、今日は昨日と違い……スノウが自然に起きるのを待ってから訪れている。早朝ではない……まだ寝ているというのか?
コアイは考えを巡らせながら、扉の向こうからの反応を待っていた。
しかし反応がなく、やむ無く再度叩き金を鳴らす。
するとほぼ同時に、床の軋む音が僅かに届いた。そののち……
「ゔゔ〜……今日は……休みだよ」
扉の奥から、少し高い呻き声が聞こえた。
「あ、もしかして昨日の人かい? 悪いけどさ、明後日……せめて明日まで休ませてくれないかい? 頼むよ」
「待て、此処はテオドラの工房、で合っているか」
二日続けて、何も知れずに帰る気にはなれない。コアイは扉越しに問いかける。
「ああそうだよ、用があるなら……明日来てくれないかい?」
そう聞こえたきり、工房の奥からは何の声もしなくなった。
コアイはもう一度だけ叩き金を打ってみようと手をかけたが、スノウにローブの袖を引かれて手を止めた。
「今日はあきらめよ、ねっ」
「何故だ? 早く指輪を……」
「調子悪そうだったし、あまりしつこくしちゃ悪いよ」
コアイには、彼女が相手を気遣う理由が良く分からないが……彼女がそう言うならと、工房から立ち去ることにした。
二人は工房から、街中の酒場へと足を運んでいた。
この街の酒場で供される酒肴は、どうやら先に滞在していたパルミュールとほぼ同じ……魚料理が数種増えた以外には、特に違いがないらしい。
二人は料理を適当に注文して、酒を前に大いに語りあう。
「声女の人っぽかったし、アレだったのかもって思ってさ」
「アレ?」
スノウが予想し仄めかした状態のことを、コアイにはまるで理解できない。
「だからさ、て……あっそっか」
彼女は話すうちに別のことを思い出したようだが……それが何のことかも、コアイには分からない。
「あ〜……それで、あのときも……」
「あのとき?」
コアイが改めて問いかけたところで、給仕が料理の皿を数枚並べだした。
「まっそれはあとにして、とりあえず食べよ、んで飲も!」
と、スノウは魚料理の存在が嬉しいのか……魚の姿煮が乗った大皿に目を輝かせている。
「……ああ、そうだな」
彼女の酒食を邪魔しないように……とコアイは問いを引っ込めた。
入れ違いに差し出されたのは、丸々とした油揚げ料理の一皿。
コアイは女の身体をしているが、己や他の女の身体についての知識を持っていない。
コアイはスノウに出会ったとき、初めて自分が女だと知った。
それも、初めて人前に肌を晒して……彼女に指摘されたことで。
それほどコアイは、自身の身体について疎い。
とはいえそれは、致し方のないことではある。
コアイは、誰かに育てられたという記憶を持たない。
自身の身体のことを、教わる者などいなかった。
同族らしき者に出会うこともなかった。
スノウのほかに、誰かと深く愛しあった経験もない。
それどころか、軽く触れ合うことすらなかった。
だから誰一人、気付くことはなかった。
だから数百年を生きた今なお、コアイは己や他人の身体について良く知らない。
強いて言えば、どのような傷を負えば致命傷となるか……くらいのことは人並み程度に知っているが。
但しそれは、もはや死線を潜ることも無さそうなコアイの役に立ちそうな知識でもない。
「ま、明日また来ようよ。アレだったら今日より楽になってるだろうし……あっおかわりください!」
「そういうものなのか」
コアイは彼女へ疑問を投げかけるよりも、彼女が顔をほころばせながら飲み食いする姿を眺めて……楽しむことにした。
ちょうど四年前に連載始めた夜
昨日のことのように今はっきりと……いいえまったく思い出せません!
四年前の9/11に本作の第一話をアップして……思えば遠くへ来たもんだ




