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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 人の統べる地の内にて
215/313

憂い癒せたなら嬉しくて

 更新が遅い(天狗の面)


 ごめんなさい。

 どうにかして彼女を安んじたかった。

 どうすれば良いのか分からなかった。

 己に何が出来るかも分からなかった。


 ただ彼女を横から抱きしめて、手を握っていた。

 そうしているうちに、夜も更けていく。



 ある程度時間が経ったような気がして、コアイは改めてスノウの寝顔を(のぞ)き込んだ。

 苦しげだった彼女の表情は、だいぶ和らいでいる。少しは落ち着いたのだろうか。 

 ともかく落ち着いたのなら、それは良かった。


 だが……コアイはふと思いついた。

 それでは、苦悶が和らいだだけだろうと。


 苦悩する彼女を、楽しませてやりたい。

 折角喚()んだのだし、喜ばせてやりたい。

 目覚めて()ぐ、なにかできないものか。


 彼女のために、何か用意してやりたい。

 直ぐに用意できるもの、何かないだろうか。


 コアイは悩んだ。横で眠るスノウの手を、両手で包んだまま。


 彼女が楽しそうにしているとき、といえば……

 やはり、酒か? 他には……なにかあるだろうか?

 分からない。酒よりも確実に喜びそうなものというのが、思い付かない。


 思い付かないから、一先(ひとま)ず動いてみよう。思い付いたことを、してみよう。



 コアイは彼女からそっと手を離し、目は離さず……ベッドから起き上がる。

 椅子の上に置いていた金貨の袋を手にして、扉の前まで進んだところで彼女が起きていないことを確かめて……静かに部屋を出た。



「酒場で酒を買いたい。酒場はどの辺りにあるか」


 玄関にいた宿の主から酒場の場所を聞き、急ぎ向かう。

 彼女が一人で目覚めてしまう前に。


「酒を一(びん)持ち帰りたいが、可能か」


 宿屋で聞いた場所に寄り道せず向かい、入るやいなや率直に用件を伝える。

 彼女が一人で目覚めてしまう前に、戻りたいから。



 コアイは首尾良く酒を一瓶手に入れ、宿屋の客室へ戻ってきた。

 ただ、どんな酒か聞くのを忘れていた。

 しかしその反省は、彼女の眠る姿を見た途端に、すっかり……消え失せてしまった。


 コアイは荷物をテーブルに置いて、彼女の隣に横たわる。


 彼女が目覚めるまでは、寝顔を眺めていよう……

 と考えて(しばら)く横になっていると、やがて彼女の(まる)い瞳が開いた。


「おはよ、王サマ」

 彼女は何時(いつ)も通り微笑みながら、コアイに挨拶(あいさつ)する。

 そんな彼女の微笑みは、コアイの目には普段通りの……いや、(わず)かに曇っているような気がした。


「おはようスノウ、まだ夜だから……少し酒でも飲もうか」



 目覚めた二人は椅子を横に並べて座り、酒を飲むことにした。

 彼女はグイッと酒を飲み込み、杯を干す。


「あ゛〜……もぉ聞いてよ〜」

 酒を飲み干して、一息付くや否や……彼女は眉を寄せて目を細める。


「わたし就職した、んだけどさあ……一年めからパワハラおじさんとかマジキツくて……仕事多いのに雑用も多いしさあ、そんで勤務時間外にも本とかe(イー)ラーニング動画とか見とけって……もしかしてブラックなんかなあ」

 酒を飲んで早々、彼女はなにやら不満らしき言葉をまくしたてた。


「ぱわはら……おじさん? そのパワハラという男が邪魔をするのか?」

 コアイは話を聞きながら、酒を注いでやる。


「お(つぼね)おばさんにもクドクドネチネチいちゃもんつけられるし……なんか週二くらいで泣きそう」

「オツボネ? その口達者は別の……女なのか」

 コアイは相槌(あいづち)を打とうとした。しかし彼女が早口なうえ話の内容も理解しきれないため、満足な対話ができない。


「あ、あ〜……ごめん」

 彼女がまた酒に手をつけ、二杯めを(あお)ろうとした。が、ふと手が止まり……半分ほど残った杯をテーブルに戻していた。


「ごめんなんつかね、今いるとこ……なんかヤな感じの人多くってさぁ……」

 彼女はコアイが話についていけていないのを察したらしい。そこで話を簡潔にまとめようとした、ようだが……


「会社ツラい!」

 彼女は突然叫んだ。

 コアイはその声に胸が痛んだ。

 心が痛くて、無意識のまま視線、顔、身体……すべて彼女へ向けていた。


「大じょ……」

 彼女へかけようとした言葉が止まる。

 急にあたたかくされて、声が出せなかったから。


 

 彼女はコアイが身体を向けるのに合わせてか、コアイへ抱きつき胸元に顔を(うず)めていた。


「むぐ〜っ…………」


 痛かったはずの胸がいつの間にか熱く、震えていた。

 コアイは()()に無言で浸りたくなったが、一言だけ声をかける。


「大丈夫だ、此処(ここ)には私しかいない」

 そう口にしたところで、彼女の頭に手を添えたくなった。

 コアイは迷わず逆らわず、心の求めに身を委ねてみる。


「むふ……ふふ、んむ〜っ…………」

 くぐもった笑い声が聞こえて、抱きしめる力が強まったのを感じた。


「……ありがと、んじゃそろそろ寝よっか」

 しかし彼女は暫くの間の後、コアイから顔を離した。

 コアイにはそれが少し、さみしかった。けれど何も言えずに、二人でベッドに入った。



 口元、唇を軽く()ぜる風を感じる。


 目を閉じていてもわかる、彼女の吐息だと。

 見るまでもなくわかる、彼女が側にいると。


 それが、近付いてくるとは限らない。

 彼女が、触れてくれるとは限らない。

 もしかしたら、私の目前で眠ってしまったかもしれない。



 それで良い。彼女が安らげているなら。

 それで良い、私も……ゆっくり眠ろう……っ!?



 彼女が、触れてくれていた。

 胸の内が()ぜたように暴れる。

 頭の中が甘くあたたかく(しび)れる。

 全身の芯がふわふわと震えよろめく。


「んふふ〜……いいよね?」

 彼女は同意を求めたようでいて、コアイの答えを待ちはせずに……もう一度唇に触れてきた。

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