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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 人の統べる地の内にて
213/313

街をひとりたずねてみて

 目の前には、広野が開けている。

 振り向くと、谷間の道が見える。


 目標の町は、この近くだという。


 そろそろ日が落ちそうだが、構わない。先を急ごう。

 道中に見るべきものは特にない、と聞いている。休まず、寄り道もせず街まで行こう。



 コアイは日没間際の夕陽に照らされながら、街道を西北西に進んでいく。


 低い日差しが少し(まぶ)しいが、それは気に留めない。そんなものに妨げられはしないから。

 やがて日が落ちて薄暗いが、それは気に留めない。そんなものに狼狽(うろた)えなどしないから。


 のち月が微かに光をさすが、それは気に留めない。それがなくとも道は見えているから。



 コアイは真っ直ぐに、街道を駆けた。己を、馬を休ませることもなく。

 街道の周辺には、いくつか水場があったようにも見えたが……馬がそちらに行こうとしなかったから、コアイもとくに馬を止めなかった。


 馬が走れるなら、少しでも早く先へ進みたい。

 早くラスカリスなる城市に着いて、準備をしたい。

 指輪を得るために街へ入り、彼女を()んで。


 彼女を喚んだら……



 彼女を喚んだら、と……スノウのことを意識すると、胸の奥にチクリと何かが刺さったような気がして……それが、身体へ熱を(にじ)ませてくる。


 いや、今はそれよりも…………


 コアイはそれ等を振り払うように、馬上で一人首を振った。



 そうこうしていると、何時(いつ)しか月が西の地平へ沈もうとしていた。

 ちょうどその頃、コアイは街道の先で淡く月明かりに照らされる城市の姿を見つけた。

 おそらく、あれがラスカリスであろう。ただ深夜であるため、城市の門は閉まっているかもしれない。

 それでもコアイは、一度城市へ近付いてみることにした。


 案の定、月灯りと篝火(かがりび)に照らされた城門はぴったりと閉じており、その前には番兵らしき男が立っていた。


「珍しいな、こんな夜ふけに南門へ来るとは……」

 番兵らしき男は、何やらコアイの来訪を珍しがっている。

 しかしそれはコアイにとってどうでも良い。


「ここはラスカリスという街か?」

「ああ、そうだよ。だがすまないが、南門は夜開けられないんだ」

 コアイにとっては、この街が目当てのラスカリスであれば一先(ひとま)ず良い。


「といっても、商人でなければ他の門も朝までは通れないが……待っていれば、もうすぐ夜も明けるだろう」

「そうか」

 この街も、これまで滞在していた城市パルミュールと同様に夜間の出入りが厳しいらしい。

 近郊──距離にして一日足らずの場所に山賊が棲んでいるとなれば、当然のことかもしれないが。


 コアイは城市から一旦離れて、近くで腰を降ろせそうな場所を探すことにした。しかし、具合の良い場を探しているうちに夜が白みだした。


 あの山賊達の谷を抜けてからここまで来るのに、夜明け前までかかっていたとは気付かなかった。

 道中では思っていたよりも随分早く、時間が経っていたらしい。

 ともあれ、それは悪くない。


 コアイは早速、南門へ戻ることにした。


「あ、さっきの旅人さんか。もう少ししたら朝の鐘が鳴るから、それまで待っててくれ」

 先ほどと同じ番兵が、変わらず門前に立っていた。

 コアイは街について(たず)ねておくことにする。


「この街に、馬を預けられる宿はあるか?」

「馬? 一頭なら、どこの宿でも大丈夫だと思うよ。ここからなら、入って左手に進めば宿があるはずだ」

「それと、この街にテオドラという職人がいるはずだが知っているか?」

「テオドラ? 女の名前か……職人?」

「知らぬなら良い」

「済まんな……俺は飯屋と武具職人くらいしかわからんが、テオドラってのは知らない」

 宿についてと、目的の職人テオドラについての話を聞いたところで……低い鐘の音が一つ鳴り響いた。


「お、朝だ……開門の時間だ」

 男は城門へ目をやり、(きし)むような音を立てながら門が開いていくのを眺めていた。


「もう入っていいぞ、ようこそラスカリスへ」

 コアイは男の声を耳にしながら、城市へ進んでいった。



 街へ入ったコアイは何時(いつ)も通り、最初に宿を取った。

 馬を預け、荷物を部屋に持ち込んだところで、コアイはふと思いつき……スノウを喚ぶ前に職人テオドラの居処(いどこ)を探すことにした。

 職人を探しながら、この街が安全であること──安心して彼女と歩ける街であることを確かめておいたほうが良いと考えたのだ。


 コアイは早速、先ずは宿の主に訊ねてみることにした。


「この街に、テオドラという職人はいるか?」

「職人? と言われても、この街にはいろんな職人がいるからなあ」

 宿の主はゆっくりとコアイへ身体を向ける。 


「その人は何を作る職に……いや、テオドラと言ったな?」

 と、宿の主は何かを思い出したのか、


「お客さん、その話をするときはちぃと気をつけたほうがいい」

 丸顔に太く生え揃った眉を、内に寄せていた。


「……どういうことだ?」

 コアイには、主が何を言いたいのかさっぱり分からない。


「職人で、名をテオドラと言ったら一人しかいない……お客さんが探してるのは、指輪作りで有名な女職人テオドラのことだろ?」

「知っているのか、そのテオドラは何処にいる?」

「教えておくよ。テオドラの工房と、もう一つ……この街には、あいつを毛嫌いしてる者も多いんだ。人にテオドラのことをたずねるときは、そのへん気を付けてな」



 コアイは宿の主に教えてもらった、テオドラの工房を訪ねてみた。

 工房の出入り口は閉じられ、外からの呼びかけ、叩き金での合図にも応えない。


 しかし、コアイは工房の内に人の気配と……風変わりな魔力の存在を感じていた。 

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