街のふたりは奇貨を求め
次に成すべきことは、定まった。ならば。
「そのラスカリス……とやらへはどう行けば良いか」
判断に迷うことはないし、相応の事情でも無ければ待つ必要もない。
コアイの意識は次の目標へ、視線はそれを知る男へ……真っ直ぐに伸びている。
「ん? 街道がつながってるから、まあ迷うことはないと思うが……」
と、コアイに問われた男は先ほどまでとは打って変わって、静かに説明を始めた。
男の話によると、此処から北西に位置するラスカリスへの街道は北門から伸びており……騎馬であれば四、五日ほどの距離だという。
街を出てから暫くは一本道を北へ進んで、街道の近くに点在する水場や集落で休みながら少しずつ西に寄っていく。やがて分かれ道に達したら、左の道を選んで北西へ向いていく。
すると左右を岩山に囲まれた山岳地帯に入るが、そこではなるべく足を止めず……北西に抜けて平地に出られれば、そこがラスカリスの近郊……だと。
「北西の街へ向かうのに、北に進むのか」
「街道が西には伸びてない……というか、そもそもここの西側には砂と石くらいしかないからな」
パルミュールの西側は南側と同様に砂地が広がっており、水場もほとんどない。そのため通行にはあまり適さず、また用もないため誰も立ち寄らない。
それなら、素直に北へ進んで水の心配をなくすほうが良い……というのが男の勧めだった。
「ああそうだ、それより大きな問題が一つある」
男の言う問題とは、道中の治安に対する懸念──ラスカリス寄りの山岳地帯に、一昨年頃から山賊の一団が住み着いていること──であった。
「山賊、か」
「年でタイホされてないの? ヤバいね……」
「ん? ああ、討伐の計画は立ってたらしいんだが、ちょうどその頃魔王だとか北方貴族の反乱だとかあって兵士が足りなくなって、ウヤムヤになっちまったらしい」
男の物言いから考えると、急ぎ排除すべき存在と見做されていない……然程危険ではない者達、ということなのかもしれない。
「え、それってもしかして、つまり……」
と、スノウがコアイに視線を向けている。
その視線はいつもの、コアイを見つめるような視線というよりは……何かを目配せしているような印象を与える。
そして視線を送る目も普段より少し細く、どこかいたずらっぽい光を宿していた。
しかしコアイは、視線を返すだけで一言も発さないでいた。
「お二人さん、ここまでは騎馬で来たのか? 車を牽かせて来たのか? もし車だと、襲われたら……逃げ切れんかもな」
どちらにしろ、移動中は護衛を雇うか、他の商隊に同行するなどして集団で向かったほうが安全だろう、と男は言う。
「顔なじみの商人が一緒なら、そいつを通してちと鼻薬をかがせてやるのもありだ」
「はなぐすり?」
「ああ、要は袖の下……賄賂みたいなもんだよ」
と、言われても……コアイにとって、山賊など恐れる相手ではない。
ましてや、街道の通行を諦めさせるほど暴れ回っているでもなく、現在でも積極的には討伐されないでいるのなら……やはり、大した勢力ではないのだろう。
但し、それはコアイ一人でいる場合の話である。
スノウが側にいるなら、どのような力を持つ敵がいようとも……彼女の身の安全を最優先とすべきだろう。
彼女を危険に晒すことがないように、それがコアイにとって肝要である。
私一人なら、適当にあしらえば良いが……彼女に危ない思いをさせたくない。
「山賊とやらの居場所は分かるか?」
避けるにしろ追い払うにしろ、相手の居処は知っておいたほうが良い。
コアイは男に訊ねてみる。
「地図で正確に示すのは難しいが、奴らは街道の中間よりもラスカリス寄りの、左右を崖に囲まれたような場所で現れるようだな」
しかし男の答えは、やや漠然としていた。
「それと……街道沿いに、名物や絶景などはあるか」
であれば、彼女を一旦帰すことも考えたほうが良い。
もし道中に、彼女の喜びそうなものが無いなら……尚のこと。
「そんなものはない」
「そうか、分かった。一旦戻り、旅の準備をしようと思う」
今度ははっきりとした答えを聞けた。
断言する声を聞けて、コアイは清々しさを感じながら踵を返した。
「あ、ありがとねマ……マヌ……おっちゃん!」
スノウはコアイが引き返そうとするのを一目見てから、男へ礼を述べた。
「ああ! あ、そうだテオ……テオドラにもよろしく言っといてくれ」
「テオ?」
「あ、ああ済まん忘れてた! ラスカリスに住んでるテオドラってのが、その紹介状の相手の職人だ。だから街に入って落ち着いたら、テオドラを訪ねてくれ」
「分かった、ありがとう……おっちゃん」
「ああ、良い指輪を作ってもらえるよう祈ってるよ!」
スノウの言葉を真似たコアイにも、男は快活な様子で返事をくれた。
二人は宿に戻り、ベッドの縁に並んで腰掛けていた。
「次の街への道中は少し危ないらしい」
「うん」
並んで腰掛けて、お互いに顔を向け合っている。
「道中特に見るべきものもないらしいから、そなたを一度帰そうと思う」
「そっか〜……王サマの戦ってるとこ、カッコいいからまた見たいんだけどな」
戦う姿を見たい、と言われてしまうと……コアイは少し困る。
彼女がそれを見たいと言うなら、見せる分には構わない。むしろ見せてやりたい。
しかし、それで彼女を危険に巻き込みたくもないから。
「まあでも心配かけちゃ悪いしさ、ちゃんと帰るよ」
「……済まない」
ふと、そう口にしていた。
それに気付いた時には、彼女の瞳が円く輝いていて……視線に射抜かれた。
「じゃあ帰るから、その前に……さ!」
彼女は勢い良くコアイに手を伸ばし、力強く抱き締めてきた。
ぎゅっと力を込められた場所から、何かがじりじりと伝ってきて……熱で力が抜けていく。
脱力させるそれは、少しずつ身体の内に染み込んできて、辺りを侵していく。
また抱き締める彼女へ目を向けると、その髪から良い香りがした気がして、鼻から頭へ、同じような熱を感じさせて……
どれだけの間抱きつかれていたのかわからないが、身動きもできないままで……二人横たわっていた。
そして、灼けたような痺れが全身に広がっていて……
とても、あたたかかった。




