街にふたりこころ寄せて
目を覚ますと、目の前に彼女がいた。
両手で、彼女の手を引き寄せていた。
眠る彼女は、安らかな顔をしていた。
目の前の彼女を、嬉しく感じていた。
両手で包む彼女の手が、あたたかい。
指先へとそよぐ寝息も、あたたかい。
しかし。
それだけではないと、実感していた。
彼女の存在そのものが、あたたかい。
それをすぐ傍で感じて、あたたかい。
とても。
コアイが朝日の明るさを感じて目覚めたとき、その眼前にはスノウの寝顔があった。
わずかに微笑んだような、緩やかで優しい寝顔。
それはとても好ましく、それを見ていることが心地好い。
それはとても心地好いもの……しかしそれを、更に深く感じたい……と、コアイは無意識のうちに望んでいた。
もっと近くに寄り添って、もっと近くに彼女の存在を感じたくなった。
されど、そう感じつつも……己が所作で、彼女を起こしたくなかった。
だから、少しだけ身体を前に出して……手は繋いだまま自分の胸元へ……彼女を動かすことなく、彼女へ力を加えることなくその手を間近に寄せた。
彼女は全く表情を変えず、静かな寝息を立てている。
コアイは彼女の眠りを妨げていないことに安心した……すると、胸の奥がじんわりと熱を持つ。
それが心地好くて、そのままふと目を閉じると……その熱が、胸の奥から全身へ滲み出てくるような感覚に襲われて。
それを感じて、その心地好さに目を開けられなくなって……滲み出た熱に全身を浸されたような感覚に襲われて。
そのまま、浸されていたくなって。
浸されていようとして、目を閉じたままでいたところ……何時しか眠っていたらしい。
次にコアイが目覚めたときには、南向きの窓の正面から日光が射し込んでいた。
少し眩しく感じて、片手をかざす。
そろそろ昼、宝飾店へ向かうなら良い頃合いだろうか。
手で日光を遮りながら、コアイがそう考えていると……
「んぅ……」
手の先から、くぐもった声がして……
「おはよ、王サマ」
スノウが目覚めていた。
「おはよう、スノウ。起こしてしまったか?」
コアイは片手を離したときに、彼女の手を揺らしてしまったのだろうか……と気にかける。
「ん〜ん……お腹すいただけ」
スノウはコアイの手を握ったまま、少し身体を起こした。
昨夜の酒食はスープと酒で、あまり食べてはいなかったから当然といえば当然なのだが……彼女の空腹感をコアイが理解するのはまだ難しい。
「そうか、ならば何か食べに行くか?」
しかし、その機微を捉えられなくとも……彼女の求めを満たすことはできる。
コアイは起き上がりながら、スノウの手を引いて身体を持ち上げた。
「その後で、宝飾店へ向かおう」
「待って急に起こされたら寒いよぉ」
二人は街の中心部辺りにいるという宝飾商を訪ねる前に、道中の酒場で腹ごしらえをしていた。
「なんかコロッケみたい、おいしいね」
ファーフェなる油揚げ料理を食べた、スノウの感想。
その、彼女の言う別の料理名らしき言葉が何を意味しているかはっきりとは分からないが……どうやら好評なようで、コアイはその様子に嬉しくなる。
「ピレック……右手の薄焼きで挟んで食べても美味しいよ、ああ、けどデグレーツを挟むのもいい」
「コロッケサンドか、レーズンサンドか……ああ、レーズンかぁごまかしてみよっかなぁ」
給仕の勧めを聞き、スノウは油揚げ料理と別皿の干し果実に目を向けて呟いたのち……干し果実を数個取って、薄焼きで包んでいた。
その選択に至った考えはわからないが、呟いた声は彼女にしては低く弱々しかった。また干し果実を取ったときの表情も少し曇っていた。
その選択には何か意図が……あまり前向きではない狙いがあるのだろうか?
「あれっこれレーズンじゃない……おいしいかも!」
と、結局のところ……スノウは昼食を楽しめているようだった。
そんな様子を見て、彼女の食べ方と同じようにして昼食を摂りながら……コアイも楽しく感じていた。
「街の中心部に宝飾商がいると聞いている、ここから向かうにはどう進めば良いか」
コアイは念のため、改めて宝飾店への道順を確かめておくことにした。
「宝石? ここからなら左に出て、二本めの四辻を右に行けば左手に店が見えるはずだよ」
給仕から道のりを聞いて、店を出て歩き始め……大通りから右に曲がると、石造りの壁に細やかな紋様が刻まれた……どこか気品を感じさせる装いの建物が並んでいた。
「いらっしゃいませ、どのようなご用でしょうか?」
二人で建物の一つへ踏み込んでみると、中にいた若い女が落ち着いた様子で声をかけてきた。
「指輪を探している」
「指輪、ですか……いくつかお持ちしますので少々お待ちください。併せて、ペンダントや髪飾りはいかがでしょうか?」
「任せる」
コアイはとにかく、彼女へ贈る指輪が見つけられるなら……それ以外は大した問題でないと考えていた。
「あ、もしかしてこのお店って宝石メインかも?」
店の奥へ向かった女を待っていると、スノウが壁の高い位置に飾られた紅い宝石を指差していた。
「だとすると、何か拙いのか?」
「指輪の種類少ないかもしれない」
「それなら、後で他の店にも行ってみよう」
……と、スノウの懸念通り……最初に訪れたこの店では満足に指輪を選ぶことができなかった。
「ご期待に添えず、申し訳ありません。指輪でしたら、二軒隣の商会を訪ねてみてはいかがでしょうか」
「いいの? ライバルとかじゃないの?」
「お気になさらず。あちらには私の伯父が勤めていまして、特に指輪の品揃えには拘っているのです。きっとお気に召す指輪が見つかると思いますよ」




