食にふたり微笑みに酔い
「いや、あそこは銀鉱山で……せいせん? いや、せいれい? だったか? ええと……」
何のことだ? 何を言いたいのか、いまいち掴めない。
しかし、その町に目的の品──良質な指輪や装飾品があるわけではないらしい……ことは、なんとなく分かる。
コアイは給仕の要領を得ない答えから、ぼんやりと解を見出す。
「なんというか、銀の鉱石を掘り出して、それから銀のかたまりを作る……とこまでしかやってないはずだよ」
「銀の塊……? 製錬のことか」
昔、金や銀、鉄などを得るための手法があると、聞いたことはある。この給仕はそれを言いたいのだろうか?
コアイは何となしに呟いていた。
「ああ、それだよそれ!」
その呟きを聞いたらしい給仕の男はパン、と手を打ち……晴れやかな笑顔を見せる。
「わ、なんかスッキリしてそう!」
「うん、なんか気分いいよな、こういうの」
その様子にスノウが軽口を叩くと、彼女と給仕は二人して笑っていた。
コアイは楽しげな彼女へ視線を向けて、自身も少し胸がすくような心地を覚えた。
「で、トレビソンだったか……そこへ行けば、少なくとも銀は手に入るか」
しかしそれで満足するばかりでもいられない。折角の場、銀やその細工品についてなるべく多く話を聞いておくべきだろう。
「うーん……まあ、買えるかもしれないけど……一見には売らん、とか言われるかもしれないね」
「そういうものなのか?」
人間の考え、行動は時々釈然としない……コアイにとっては、腑に落ちないことがままある。
奪っていくわけでもなし、金を出して買おうというのを拒む理由が人間にはあるのだろうか? どうにも分からない。
もしそうなるなら、そのときは……あくまでスノウの意思を貴び…………
「おーいキフタ、料理できたぞ、取りに来ーい」
考え込むコアイをよそに、給仕は店の奥から呼びつけられて離席していた。
一旦引っ込んだ給仕は、二人分の料理を手にして早々に戻ってくる。
「このスープはフェルーバと呼ばれてて、パルミュールの名物が入ってるんだよ。あ、最初は必ず、温かいうちにたべるんだよ」
「え、あったかいうちに……って、普通そうするよね……で、名物ってどんなの?」
スノウは目の前にスープを置かれるや否や、直ぐに給仕へ問いかけていた。
給仕の説明によると……この街の南には砂地が広がっており、そこには背と尻に塊がある動物の群れが棲んでいるという。群れを狙って狩るのは骨だが、その肉と塊は狩りの手間に見合った美味で──とくに塊は日持ちがしないことから地物の珍味として、ほぼ全量がこの街で消費されるという。
「砂漠で背中のかたまり? ラクダのことかな……あれ食べれるの?」
驚いているのか困っているのか分からないが、スノウは目を見開いて何度も瞬きしている。
どうやら彼女には、その動物に心当たりがあるらしい……彼女の世界では、あまり食用として扱われない動物なのだろうか。
「店で出している以上、食べられるのだろう」
コアイはとりあえず、スノウの不安感を和らげようと声をかける。
「ま、そういうこと……だよね」
彼女は一度コアイへ顔を向けてからスープへ視線を落とし、生唾を飲んでからスープに口を付けた。
「え、わっ……」
「ん、どうかしたか?」
「口の中でなんか固まって、変な感じ……おもしろ!」
変な感じだと彼女は言うが、先ほど不味い酒を飲んだときのような辛い表情はしていない。むしろ心地よさそうに笑っている。
「うまく説明できないから食べてみてよ!」
コアイはそんな彼女の勧めに従い、スープを一口飲んでみる……すると口の中で何かが集まるように固まり、奇妙な食感とクセをもたらす……
「確かに変だな」
意思など無いはずのスープが、口の中で固形を成す。
この世界で、長い時間を生きたはずのコアイだが……そんな経験も、風聞もまるで知らない。
「ね、おもしろいでしょ? においもほんのり甘くていい感じだし」
しかしコアイには料理のあれこれを体感したことよりも、彼女が満面の笑みを浮かべている──そのことこそが喜ばしい。
「気に入ってくれたようでうれしいよ。ところで、なんで銀が欲しいんだい?」
二人が軽く酒食を終えた頃、再び給仕が声をかけてきた。
「装飾品……指輪が欲しい」
「ああ、そういうことだったか……それならトレビソンよりまず、この街の真ん中辺りに店を出してる商人を訪ねてみたほうがいいよ」
給仕は皿を下げながら、この街での購入を奨めてきた。
「この街の宝飾商なら、たぶんあちこちから仕入れてるだろう。きっと好みの品が見つかると思うよ」
「良し……そこへ行こうか、スノウ」
給仕の説明を理解したコアイはスノウへ声をかけながら、勢い良く立ち上がった。
「あっいやいや、たぶん今日はもう閉まってるよ」
「そうなのか?」
しかし給仕に止められて、一旦腰を下ろす。
「宝飾店なんかを夜に開けてたら、とてもじゃないが危なすぎるからね」
この辺りは、以前に訪れたエミール領の城市より治安が悪いのだろうか?
コアイは街の人間たちの、警戒心の強さを感じた。
「盗みか……? 夜は街から出られないのだろう? 盗人などその日のうちに捕らえられそうなものだが」
「そうでもないらしいよ。例えば『お館』に客として入っていれば、夜を明かすのは簡単さ。顔さえ割れてなければね」
『お館』……ここでも、この言葉を聞いた。この街の人間たちにとって、それほどの要所なのだろうか?
コアイは自分達に関係のなさそうな『お館』の話を聞き流しつつ……明日宝飾店が開くのを、今日の楽しみにすることとした。




