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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 人の統べる地の内にて
204/313

街にふたりふたりに酔い

 ……何時(いつ)の間にか、眠ってしまったらしい。


 眠って、夢を見ていたらしい。


 不意に、深い森を()うような林道の中をスノウと二人で歩いている……それを耳目で感じた。

 今来ている城市パルミュールの辺りには、こんな森林は見当たらなかったはず。だからこれは夢なのだろう。

 ただ、隣で何も言わず、私の左手を取って歩くスノウから伝わるあたたかさは、何時もの……確かに感じられる……


 とても、心地()い。



 と、明晰(めいせき)な夢を見て……夜明け前ごろにふと目が覚めたコアイは、左手を(つか)まれていることに気付いた。

 寝室にはコアイとスノウの二人しかいない。左手に目をやると、自明……手を取っていたのは彼女だった。


 それが当然とは思うものの、彼女がそこまで手を伸ばしたことは確か。

 それでいて目を覚ましていない、彼女が未だに眠っていることも確か。


 そして、このあたたかさもまた……確かなもの。



 その手の暖かさに()てられて、コアイはすっかり目が()えたが……スノウを起こさないように、何もせず過ごした。

 やがて朝が来て、窓から陽が射し込んだ。しかしコアイは彼女が起きるまで、気が済むまで寝させてやろうと考えていた。

 ただそれは、スノウへの気遣いというだけではなく……彼女の無防備な寝顔を、壊したくなかったから。見ていたかったから。


 そんな、ささやかな──一種の下心も、コアイは抱いて……自覚していた。



 動かぬまま、目覚めぬまま。

 南天に日が昇り、西へ落ち……



「ん……」

 鮮やかな冬茜(ふゆあかね)が窓辺を照らしたさなか、スノウが唸り声を漏らしながら寝返りを打った。


「あ……おはよう、王サマ」

 彼女はまだ目を開けてはいないが……手を握り、また寝返りで身体の当たった相手をコアイだと確信しているらしい。


「おはよう、スノウ」

 コアイは薄目を開けながら身体を起こした彼女の背に、そっと手を添えてやる。

 

「今は夕暮れ時……そろそろ夜だが、どうする? 食事にするか?」

 コアイは、彼女が目を覚ましたときには大抵……大まかな時間帯を知らせつつ、食事の要否を問う。


「ん〜……それね」

 まだ少し眠いのだろうか、彼女の頭が前後にゆらゆらと揺れている。


「アレだね……ごはんにする? おフロにする? それとも……?」

 その頭の揺れが治まるとともに、コアイの胸元へ寄せられていた。


「ってやつ!」

 彼女は目を見開いて、少し口元を緩めながら上目遣いにコアイの顔を見てくる。

 


「それとも? ……何なのだ?」

 なんとなしに視線と言葉を返したところで、コアイには答えの予想が付いた。

 すると()ぐに、予想の付いてしまった()()を意識してしまい……()みるような熱が胸の奥から()いて、それが身体の芯まで(ゆる)ませてしまう。


 潤んだ瞳で見上げられているのを、もどかしく感じる。

 予想できたその答えを、待っているかのように思えて。



「そっか知らないよね…………それとも……あ・た・し? ってこと!」

 それは、答え合わせだったのかもしれない。

 彼女は顔をほころばせながら、コアイの身体を押すように身を預けてきた。


 熱に溶けかけていたコアイの体幹では、それを支え切れるはずもなく。

 ベッドの上……彼女に伸し掛かられる格好で、互いの身体を密着させていた。


 胸が鳴る。頭の奥が、背が(うず)く。

 彼女だけしか、見えなくなる。聞こえなくなる。感じなくなる。

 彼女だけしか、要らなくなってしまう……



 ぐぐぅ……


 と、彼女の腹の音が身体に伝わった。

 それはコアイの全身に、思考にまで響いてその高揚を上書きする。


()ずは、食事に行こうか」

「あ、きこえちゃった? へへ、ごめんね……」

 苦笑しながら身体を反転させて離れた彼女、コアイは()ぐさま起き上がってその手を引き上げた。




 コアイは宿屋と馬小屋、それと『お館』について以外……街についてほぼ知らなかったのを思い出した。

 宿を出る際にでも、食事について主に聞いてみれば良いと考えたが……宿屋の受付には誰もいなかった。そこでやむを得ず、昨日通った門のほうへ進んでから街の中央に伸びた通りを歩いてみる。

 そのなかで二人は食事の匂いを探り当て、それを頼りに酒場へ入った。



「こいつはこの辺り……もう少し北西だけど、人気の酒、カヴァクの一つでな。マイソスっていうんだ」

 近辺の名産品を、と注文した二人の前に、食前酒として酒が並べられた。


 供されたカヴァクだかマイソスだか、とにかく一口飲んだスノウの顔は……ひどく曇っていた。


「ゔ、ゔ〜ん……ぬるいビールみたいでなんか……ごめんけど微妙……」

 彼女の言う「びみょう」は、「あまり良くない」という意だとコアイは解釈し、なんとなく同調しかけたが……

 そのあからさまなまでに苦々しい表情は、「あまり良くない」程度の感想を抱いているようには見えなかった。どうにも口に合わず、相当に困っているようだと。



「そ、そうか……じゃあ別の……ラッキにしようか。持ってくるから待っててくれよ」

 どうやら給仕の男も、そう察したらしい。


「それなら東側で、何度か飲んだことがある」

「白くなるのおもしろいよね! ください!」


「なんだ知ってたのか、こいつは……ここから西、少し北の平地一帯がカーデスと呼ばれててね、その辺りの村々で作られてる名産品なんだ」

 給仕の男は、今度こそがっかりさせないだろうと踏んでか、追加で用意したラッキ──この辺りの銘酒について説明しだした。


「元々は、トレビソンの鉱山で働いてた料理人が鉱夫の酒盛りのために、古い酒をうまく飲めるように工夫したものらしい」

 コアイは酒を注いでもらいながら話を聞いていると、ふと別の町での情報を思い出した。


「トレビソン……銀鉱山があるという街か?」

「ん、ああ、よく知ってるな?」

「そこに行けば、銀……銀細工が手に入るか?」

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