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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 人の統べる地の内にて
203/313

夜にふたり月灯りに添い

 どれほどの間、夜空の下で動かずにいたのか……コアイには分からない。

 ただ、何時(いつ)の間にか夜が明けていたことと、満足のいくまでスノウの描かれた肖像画を見つめていられたこと……その二つだけは、はっきりと認識していた。


 今や柔らかな月明かりではなく、目の(くら)むような朝の陽光が彼女の肖像画を照らしている。

 コアイはそれを折り畳もうとして……名残り惜しさにその手を止めていた。


 今見ているのは、コアイが持つ肖像画のうち……彼女一人が描かれたもの。


 この絵も、別の絵──コアイと二人で描かれたものも、最初に貰った彼女とその他数人が描かれた小さな絵も……コアイがこれまでに見た絵画や彫像の類とは比べようもないほどに美しく、精緻で、麗しく、鮮明で。


 しかし彼女は画家というわけではないし、むしろ絵心はないほうだ……と聞いたことがある。

 コアイが持つ肖像画はどれも、彼女の魔術──詳細は良く解らないが、彼女が持つ薄い光板を用いた術──によって描かれたものらしい。


 ……と、何時までもこうしてはいられない。

 あの街が彼女を()ぶのに適した場所か否か、早く確かめよう。


 そして、もし良き場であるなら……早く彼女に逢いたい。



 コアイは身体を横に投げ出して眠っていた馬の首を軽く(はた)いて起こし、馬が立ち上がったのを見て()ぐに跨った。


 人馬は城市パルミュールへ向かって、再び歩き出した。



 パルミュールの城門は昨夜とは違って大きく開かれており、その前には二人組の番兵らしき男達が立っていた。


「パルミュールへようこそ……と、ここまで一人で来たのかい? 冬とはいえ、大変だったろう」

「ああ、昨日の兄さんか。朝まで待たせてすまなかった」

 コアイは良く覚えていないが、一人は昨夜も番をしていた男らしい。


「ところで兄さんはどこへ行くつもりだ? すまないが俺は『お館』は不案内だ」

「兄さんの馬、ここまで来たばかりなのに元気そうだな……体力のあるいい馬なんだろうな」

 門番二人の話が、あまりかみ合っていない。どうやら門番の一人がコアイの馬にばかり注目していることが原因らしい。


「この街で、数日の宿を取りたい。馬を預けられる宿はあるか」

「あ〜、やっぱり大事な馬なんだねえ。この街では馬小屋を共同で管理してるから、盗まれる心配は無用だよ!」

「……そうなのか?」

 馬ばかり見ている門番は何やら誇らしげにしているが、コアイにはその理由がまるでわからない。もちろん、馬小屋の管理についても……ぴんとこない。


「自分で繋ぐなら少し戸惑うかもしれんが、まあ宿の者に任せておけば問題はない」

「それならば良い、宿はどの辺りにある」

「門から入って左手側、城壁から近くの通りに宿が並んでるよ。けど少し離れると『お館』の通りになるから、間違えないようにね」

「……その、『お館』とは何だ?」

 コアイは昨夜にも『お館』なる言葉を別の門番から聞いたことを思い出す。


「朝から大声で言うのも何だが、要は……商売女を買える場所だ」

 コアイには、「女を買う」という門番の答えの意味が分からない。

 ただ、分からないが……恐らく自分にもスノウにも、とくに関係のない場所、行為だろうと直感した。


「その『お館』とやらと、宿屋との見分けは付くのか」

 だから、宿との区別さえ付けば良い。


「窓が多く開いてるとこはだいたい宿屋だよ。『お館』は窓を少なくしとかないと、(のぞ)こうってヤツが出てきて俺たちの仕事が増えちゃうからさ」

「そうか、助かった」


 コアイは宿屋の見分け方を心に留めて、馬を前進させた。


「ゆっくりしていってくれ」

「あっそうだ兄さん、その馬いくらだったら売ってくれる〜?」


 コアイは背後から聞こえた門番の声には応えず門をくぐり、宿が並ぶという左手へ向かっていった。



 窓が多いことだけ確かめて、あとは適当に入ってみるか……


 コアイは門番の助言を頼りに良さそうな宿を見つけ、馬を預けてから寝室へ入った。


 宿屋の主が言うには、共同馬小屋は管理が行き届いているとはいえ荒物の盗みなどは度々起こる……とのことで、霊薬の壺など目ぼしいものを粗方部屋へ持ち込んだ。

 それ等を部屋の隅に固めて置いたところで、コアイは室内の椅子に腰掛ける。

 そこで考えることは、当然……此処で為すべきことについて。



 先に街の様子を確かめてみるか、それとも……彼女(スノウ)を喚んで、二人で街を巡ってみるか。


 この街でも、私以外の魔力は感じない。高い魔力を(そな)えた存在は居ないだろう。

 此処(ここ)へ来る前に居た街……サラクリートだったか、あそこでじわじわと感じていた身体の(だる)さ、重さも……今はまるで感じられない。



 ……とまで考えたところで、コアイは何となくローブの下……自分の(もも)を見て確かめる。

 そこに、以前のような血糊は付いていない。

 あの街で受けていたらしい、何者かの魔術による遠隔攻撃は……今は受けていないのだろう。


 であれば、彼女を喚んでも……いや、念のため……逢いたい……早く…………



 コアイはベッドに寝転がり、夜を待った。

 そして夜になっても、以前のような身体の怠さ、微かな腰の辺りの変調や出血が起こらないことを確かめてから……スノウを召喚した。




 召喚に伴う淡色の光が消えた跡、コアイは寝室の床に寝転がっているスノウを見つめていた。

 すると直ぐに胸がチクリと痛んで、思わずスノウの隣へ座り込んでいた。ひとときも視線を外すことなく。

 ひとときも視線を外すことなく、コアイは彼女を思う。



 雲のない冬空、星々が(またた)く夜空を……身を寄せ合いながら、共に眺めてみたい。

 彼女が寒がるようなら、()き火を(おこ)すのも良いだろう。


 とはいえ今は、彼女を起こさないように……この安らかな寝顔を、間近で護れるように…………



 などと想いを寄せて、コアイはスノウの存在を実感した。

 彼女の存在が暖かくて、コアイは(たま)らなく嬉しくなった。


 コアイはスノウを抱き上げてベッドへ移し……彼女の(そば)に寄り添って、じっと見つめていた。

 月の光が彼女の寝顔を優しく照らしても、雲が灯りをぼやけさせても……身動(みじろ)ぎもせず見つめていた。

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