望みを叶えんと奔る姿に
「この先、更に西……宝飾や装飾品の名産地があると聞いている。そこへ行きたい」
コアイは今回の旅の、最も重大な目的を……忘れていない。
スノウへ美しい指輪を贈りたい、という目的を。
「装飾品、か……」
男はコアイの言葉に、俯いて考えこんでしまった。
「となると、西のパルミュールか、北のトレビソンか……たしかトレビソンの近くには銀鉱山が……ええと…………」
「おやめずらしいねえ、知恵者アディルが困っちまうなんて」
アディルと呼ばれる男はピクリと頭を動かし、茶々を入れる給仕の女へ一瞬視線を向けたが……直ぐにまた俯いていた。
「ん〜……いや、銀鉱山はたまに聞くけど銀細工って話は聞いたことがないような……だとすると、山を越えてもっと北西の……ラスカリスかドゥカロスかな?」
「アディルにも分からないことがあるんだねえ」
「そりゃそうだよ姐さん、俺にだって苦手分野くらい……だいたい細工物なんて、俺には縁のない話だしね」
何時しか男は顔を上げて、頭を掻いている。
「で、何処へ向かうのが良い?」
コアイは率直に訊いてみる。もしかしたら、ソディから貰った地図に書いてあるのかもしれないが……一先ず話を聞いてみることにする。
「とりあえず、この街にいる理由は無さそうだしねえ……ウチの旦那がね、前にパルミュールで髪飾りを買ってきてくれたことはあるけども」
「うん、パルミュールなら大抵の物は買えそうだね……東から来たなら、南へ行く理由もなさそうだし……ちょっと連れにも聞いてみるよ」
男は一旦元のテーブルに戻り、何か少し話をしてから戻ってきた。
「とりあえずパルミュールに行ってみたらどうだい? ここから馬で、車を引かないなら五日くらいだと思う」
男の話によると……
パルミュールはこの地方の物品が集まる商業の中心地の一つ、いわゆる商都であり……パルミュールの市場や専門店でなら何かしら買える、そうでなくとも産地についての話くらいは聞けるだろう……とのことであった。
「ただもし馬がないなら、ここからパルミュールに行くのは辛いよ。馬で行くにしても、パルミュールの近くまでは目立った水場がないから、三日分くらいは水の用意がいる。そんな道のりだから、一人でってのはあまりおすすめしない」
どうやら、本来は周到に準備してから向かうべき地らしい。
男も暗に、誰か案内人を付けるべきだと言っているのかもしれなかった。
しかしコアイには、馬の駆ける速度を飛躍的に上げる霊薬がある。
妨げるもののない広野なら、一気に駆け抜けてしまえばいい。
それなら、案内人を付けてまで……他人と連れ立つ必要などない。
「その街への道中、景色はどうか」
「景色? どう、と言われてもね……」
次のコアイの問いには、男は目を細め眉をひそめた。
「岩や砂ばかりで何もない、けど……そんなこと気にしてられるような道中でもないよ」
「そうか、分かった」
「ほんとにわかったのか? まあ、俺はまじめに助言したから……それ以上は知らないけど」
見るべきものがないなら、何も気にすることはない。
さっさと駆け抜けてしまって、そのパルミュールとやらへ着いてからスノウを喚ぶことにしよう。
コアイは早速宿へ戻って部屋を引き払い、宿へ預けていた馬とともに街の西門へ向かった。
西門をくぐったところで、コアイは一旦馬から降りた。
念のため、ソディの地図を確かめてみると……地図の左側に、都市パルミュールについて記載されていた。
湧き水のほとりに建てられた、アンゲル地方の東西を結ぶ中継点……交通の要衝。そして主に西部からの物品が集まり、それ等を各地へと運ぶための物流拠点……商業都市。
概ね、男の話通りの記述がなされていた。
そして、おそらく此処へ行けばコアイの望みが叶うだろう……とも。
それなら、此処へ行き……彼女と二人で街中を巡ってみよう。
そうすれば、きっと楽しめる。
そう確信したコアイは最後に、行程を確かめるため門前へ振り返り門番へ声をかけてみる。
「パルミュールへは此処から西、で合っているか?」
「パルミュール? 小川が見つかるまでひたすら西に行って、小川を見つけたら流れをさかのぼっていけば見つかるはずだけど……」
「そんな装備で大丈夫か? 水は持ったのか?」
門番二人は当惑した様子で顔を前へ出しながら、質問を返してきた。
「合っているのならそれでいい」
素直にそう考えていたコアイはそれ以上何も言わず馬に乗り、門番達が見えなくなるまで街から西へ離れた。
十分に離れた辺りでコアイは下馬し、霊薬を壺から一掬いして馬に舐めさせる。
すると馬は霊薬を懸命に舐め取るやいなや、力強く嘶いた。
嘶くとともに後ろ脚で立ち上がり、のち前脚を地面に突き立てるかのように強く踏みしめる。
今にも駆け出しそうな様子の馬を見て、コアイも早く出発……直ぐにでも駆け出していきたい、という心地を強めた。
そんなコアイの心境が、身体を馬の背へと飛び乗らせる。
そんなコアイの心境が馬へと伝わり……人馬が飛び跳ねた。
馬は間髪入れず前進、加速し、歩法を変えてまた加速……
コアイは日射しの向きから西に進んでいることだけを確かめて、ただ馬を駆けさせた。
木々の生えていない荒野で、進行方向にだけ気を付けて……あとは馬の勢いと意欲、岩を避ける本能に任せる。
走るのは馬に任せて、コアイは馬上でスノウとの再会を心待ちにしている。
身体にも、まるで不調、不安は感じない。
今なら、スノウのために何でもできる。一片の疑いもなく、そう思える。
やがて視線の先で西日が落ちても、コアイは構わず馬を前進させ続けて……




