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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 人の統べる地の内にて
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爛れた惑いに克ちながら

「ほんとに? ヤバかったら早めに休も? ちょっとくらい平気だって」

「だ、大丈夫だ。だから先へ進もう」

「う~ん……王サマふだんはこんなんならないし、心配だなぁ……」

 スノウはまだ前を向かず、後ろのコアイへ顔を向けている。



 目を逸らしていても、スノウが顔を覗き込んでいるのがわかる。視線が私へ向いているのがわかる。

 自惚れかもしれないが、私の身を案じてくれているのだろうと思う。それは嬉しい。とても嬉しい。

 けれどスノウの顔が、視線が向けられていることを意識してしまうと、それが一層、私を…………


「ぅわっと」


 馬の前脚が少し急な登り坂に差し掛かって、馬の背が傾いた。

 それにより、スノウの背が少し斜めにコアイへ寄りかかる。

 コアイは彼女から熱が届くのを感じて……手綱を離して、正対するように抱き止めたいと感じてしまう。

 それで二人落馬して、地面に倒れこんでも良いように思えてしまう……


 そんな自堕落な欲求を自覚し、望みかけたコアイだったが……しかし少しだけ、スノウの身を心配する意識が勝った。

 コアイは身体を前に傾けて、手綱を握る腕と胸でスノウの身体を支える。



 私はそれでも良い。けれど彼女はどこか痛めるかもしれない。

 それでは駄目だ。それは避けなければ。

 彼女に怪我をさせるのは嫌だ。



 コアイは寄り添うような体勢となったスノウを受け止めて、これでも十分にあたたかいと感じてしまう。

 ()()に満足し、胸を高鳴らせてしまいつつも……旅の目的と、彼女の安全をはっきり意識しようと努めた。


「あ、あの、そうだ、その……危ないから、そろそろ前を向いた方が良い」

「ん~……そんなん言いながらやっぱり顔赤いし、王サマのほうこそ心配だなぁ……」

「どうやら登り坂が増えてきた、ま、真っ直ぐ前を向いていないと転げてしまうぞ、ほら」

 コアイは彼女の身の安全を保ちつつ、これ以上彼女からの熱に心身を焦がされないように……彼女へ前を向くよう促した。

 せめて、視線だけでも外してほしくて。


 しかしスノウはコアイの言葉を聞いてなお、振り向いたままでいる。

 前を向いてくれない彼女に、身体の内側が軽く()かれて……なにやらうずうずと、もどかしさすら感じ出してしまう。


「ど、どうかしたのか? 前を……」

「…………ムリしないでね」

 彼女は(しばら)く間を置いてから、正面へ向き直していた。



 コアイは胸の(たかぶ)り、脳裏の(うず)きに身悶えしながら道なりに馬を駆けさせる。


 頭では分かっている。早く西の地へ向かうべきだと。

 身体がそれを妨げる。彼女と二人で触れていたいと。


 相反するそれ等に、浮かされながら……山道を登っていく。

 すると西日が傾き始めた頃、周囲では目線よりも高くに見られる木々や岩肌が少なくなっていた。


 どうやら随分と山を登っていたらしい。

 もしかしたら、道程にあまり意識が向いていなかったのかもしれない。

 そして、なかなか風が強い。風の音も聞こえなかった町の近辺とは様子が違う。

 想像していたよりも高い土地、そこに架かる橋なのだろうか。


「スノウ、風が強いが……寒くないか?」

「このくらいなら大丈夫」

 スノウに声をかけてその様子を確かめつつ前進を続けると、やがてこの山地には不似合いな人工的な柱が見えた。

 さらに近付いていくと……なるほど確かに、崖と崖とが何かで結ばれているのが見えた。


「あ、あれがエルなんとか橋かな?」

「おそらくそうだろう、行ってみよう」

 二人は橋らしき建造物へ向かって進み続け……崖と崖を結ぶ橋の姿がはっきり見えたころ、その(ほとり)に人影が見えた。

 人影は馬蹄の音で二人の接近に気付いたのか、まだ顔もはっきりしない距離から声をかけてきた。


「おーい、あんたら橋渡るのかー?」

「はーい!」

 コアイよりも早く、前に座る彼女から澄んだ声が返されていた。


「分かった、なら待ってるよ!」

 橋の辺にいた人間はコアイ達に手を振ってから、身を(ひるがえ)して橋の向こう側を確かめていた。


「よかったな、そろそろ帰ろうかと思ってたところだ。それに向こうから渡る人もいなさそうだ」

「……え、どういうこと?」

「あんたらここは初めてだな? この橋は見ての通り、そんな頑丈な橋じゃないからな。途中ですれ違うのも大変だから、危ない橋を渡らんですむよう案内が……ん?」

 人間の男はスノウのほうを向いて話していたが、ふと口を止めてコアイへ視線を向けてきた。


「なあ、兄さんなんだか顔が赤いが……大丈夫か?」


 コアイは、思考に差し込まれた見張りの言葉……彼女でない異物に、居眠りを妨げられたような心地を覚えていた。

 言い換えるならば、夢見心地から現実に引き戻されたような。


「……問題ない」

 抜けた息はすっかり冷たく、乾いていた。



「そ、そうか。大丈夫ならいい。そのまま、馬で渡るかい?」

「そのつもりだ」

「ふむ……おとなしそうな馬だな、あとは空を怖がらないか……少し右か左に回って、がけ沿いを歩かせながらこっちへ来てくれ」

「……それに、何か意味があるのか?」

「あんたらの馬、おとなしそうなのはいいんだが……おとなしい馬は橋の途中とか、足元が頼りない場所を怖がることがあるんだ」

「怖がる?」

 コアイには男の説明が良く解らない。


「とりまやってみてあげようよ」

 良く解らないが、スノウがそう言うならと手綱を取る。


「ひゃ〜高いねぇ……」

 崖沿いに馬を歩かせると、スノウが崖下を(のぞ)いて声を上げていた。


「はは、おじょうちゃんのほうが怖がってそうだな」

「あは、つかまえててね……」

「勿論だ」

 コアイは思わず微笑んでいた。


「よし、この調子なら馬のほうは大丈夫そうだな。念のためにこいつを巻いて、と……」

 一方、男は馬を止めてその鼻と目の間に、葉の付いた細い枝を巻き付けていた。


「これは?」

「こうすると、足元がよく見えなくなって橋の板が細くても怖がらなくなるのさ」

「そうなの? 見えないほうが怖そうだけど」

「俺たちはそうだな、だが馬はそうでもないらしい……さて、今も向こうからは誰も来てないし、そろそろ渡るかい?」

 コアイは無言で(うなず)いて、馬首を橋のたもとへ向ける。


「さて、では今日最後の……エルゲーン橋へようこそ、若き旅人たちよ!」

 橋に差し掛かったコアイ達の背後から、男の声が送り出す。


「……あ、夫婦とかのほうがよかったか?」

 二人とも、続いた声に返事はしなかった。

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