内々の熱を抑えながらに
振り払った、つもりだった。
振り払ったつもりの、自身の熱を……寝床に置いて行きたくて、コアイは勢い良く身体を起こす。
しかしスノウと繋がっていた手が、何かに引っかかったように身体の動きを止められて……手にかかったその重さが、そちらへ目を向けさせる。
繋がれたままの手の先、身体を横たえたままの彼女と目が合った。
彼女と目が合った瞬間、全身の内側に何かが走って……身体が強張った。
串を打たれた肉塊のように、身動きができなくなった。
彼女と目を合わせたまま、他になにもできなくなった。
「ん〜……起こして〜」
スノウは少し目を細めて、繋がったままの手を上下に振っている。
しかしコアイは何もできずに、固まっていた。
「ねえおねがぁい」
スノウはコアイを上目遣いで見上げて、起こしてくれと懇願する。
しかしコアイは内から熱され、固まっていた。
「おーい……」
スノウの眉間にしわが寄り、むくれ顔をしながら手を左右に振る。
そこでコアイはようやく、感覚を取り戻した。
「あ、ああ……済まない。直ぐに起こす」
コアイは言葉通り、早々に彼女の身体を引き起こす。
「ん、ありがと……ごめん服着るからちょっと待ってね」
二人は宿を出て、朝食を取るため表通りで屋台を探した。
すると特に苦労もなく焼き物の屋台が見つかり、そこで麦粉の練り物を串刺して焼いた軽食を数本買うことができた。
「焼きたてのいいにおい……ふふっ」
スノウはコアイの隣で、細長い棒状の塊が刺さった串と丸い球状の塊が刺さったもの、二本ずつを手にしている。
「部屋もどってから食べる? それか食べ歩きしちゃう?」
彼女は手にした温かい串をコアイに見せながら、笑みを浮かべる。
しかしコアイはその横で、まるで別のことを考えている。
頭が熱っぽく、中がぼやけたような感覚が残っている。
それは霧がかかって視界が悪くなるのに似ていて、うまく考えがまとまらない。
いや、ある意味では良くまとまっている。
ぼやけたような頭の内側に、彼女のことばかりが浮かんでいる。
可愛らしい笑顔。
それを串ではなく、自分に向けてほしい。
「冷める前に食べたい……むむむ……」
可愛らしい口元。
それを串ではなく、自分に向けてほしい。
そう思ってしまう。
しかし今のコアイは、そればかり考えてもいられない。
さらに西の地へ往き、彼女へ贈る指輪を手に入れたいから。
「それを食べたら、今日は北へ向かおう」
「うん、おっけー」
「この町から北へ向かえば、エルゲーン橋までは迷わないらしい。ただ、明るいうちに橋を渡ったほうが良さそうだ」
コアイは彼女が寝てる間に聞いたことを、かいつまんで話しておくことにする。
「景色いいらしいよね、たのしみ〜」
「橋から落ちないように気を付けないとな」
「……しっかりつかまっとく」
二人は宿に戻り、スノウは串を平らげつつ部屋に残していた荷物を持ち出した。その間にコアイは宿賃を支払い、預けていた馬を返してもらった。
それぞれの準備が整い次第、二人は町の北門へ向かう。
「あの老人が橋について詳しいそうだ」
コアイは門の傍ら、槍を手にして立つ老人を見つけた。前に座るスノウへ老人について指し示しつつ、そこへ馬首を向ける。
老人はコアイ達に視線を向けたが特に何も言おうとはせず、関心を向ける様子もなかった。そこでコアイは訊ねてみる。
「エルゲーン橋を渡りたいのだが、此処からどう進めば良い?」
「お、ほう、おぬしらあそこへ行くのか? あそこは見晴らしがいいぞぉ、しかも……」
話に聞いていた通り、エルゲーン橋の名を耳にした途端に老人の目が輝き出した。
「橋もこの辺りには他にない造りをしとる、この辺りには生えておらんしなやかなツタをはるか西から大量に運んできて、何重にも何重にも編みこんで吊ったつり橋でなあ」
この老人は、話が長いらしいが……老人の扱いは、彼女が話に興味を示すかどうかで決めようか。
コアイは一先ず様子を見ることにした。
「ツタがここへ届く前に干からびて固まらんよう、大勢で何度も水をかけながら運んできたそうじゃ。そして何重にも編みこんだあとに油を塗って風にも強くして……」
「草で作ってあるってこと?」
「似たようなもんじゃな、それもワシの若い頃には今よりも広い橋でなあ」
彼女が質問を投げかけていた、暫くは話を聞く気があるということだろうか……とコアイは考え、少し待つ。
「王族の方々専用の手押し車も渡せたそうじゃ。そうしたくなるほど見晴らしがよくて、また平和で、景気もよくての」
「やっぱ絶景?」
「そうじゃの、しかしここ数年は南側で渡し船に乗る者が増えておった。それに今では、例の『魔王』のせいでここらはエルフの領土になってしまった。だからか、最近は川向こうと行き来をする者自体減ってきておるようじゃな」
「ああ、『魔王』かあ」
コアイは『魔王』と聞いて、彼女がこちらに目配せなどしないか、なにかわざとらしい反応を見せないかと気にかかった。
といってもこの老人から特に魔力は感じられず、彼女を危険に晒す虞はないだろうと思われたが。
「この町に住んでて、別に何かが不便になったわけじゃないがの。橋を渡る人が減ってくると、橋の守りや修理の人手も足りんくなるかもしれん」
「へぇ〜、『魔王』ってそんなに怖い人じゃないのかな?」
「かもしれんのう。プフル城に集まっておった兵士たちが襲われたときも、死人はほとんどおらんかったという噂じゃ。だがワシはそんなことより……」
確かに、北門の老人の話は長かった。
「で、此処からどう行けば橋を渡れる」
コアイは話を切り上げたくなり、つい口を挟んでいた。




