表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 人の統べる地の内にて
193/313

内に外にとただよう熱に

 宿の主との話が少し長くなっているが、スノウが話し声に目を覚ます様子はない。


「北門の門衛……」

「ただあの爺さんなあ、たいてい話が長くなるんだ。お客さんは急ぎの旅ってわけじゃなさそうだけど、まあ気をつけなよ」

 主は微かに薄ら笑いを浮かべながら、コアイの(つぶや)きに応えて補足を加える。


「それほど長く話し続けるのか」

「ああ、長い。本当に長い」

 主は肯定の言葉とともに薄ら笑いを少し色濃く、はっきりさせていた。


「それに道中で日が暮れるとやっかいだからな」

「問題があるのか?」

「そりゃつり橋の途中には明かりがないからな、足元が不安だ」

「つり橋……なのか」

 コアイは止まらない主の話から、いくつかの情報を得ていく。


「ああ、(がけ)と崖を渡す橋だからな。普通の川辺に架けられてるような橋とはわけが違うし、とにかく風で揺れるから気をつけなよ?」

「揺れる?」

「そうそう、馬を連れてくならなだめ方にも気をつけないとな。なんかの拍子で暴れたら……」

 このあたり、コアイにはピンとこない話が続く。


「下は川だが、城壁よりも数倍は高い場所だ……落ちたら死ぬ、ってのは言うまでもないだろう?」

 と、ここまで話を聞いて……コアイには少しだけ気になってしまうことがあった。



 落ちたら死ぬ、か……

 私も同様なのだろうか? 『聖域(ブルカン)』で護りを万全にしていても、耐えられぬのだろうか?

 わざわざ試すようなことをする気もないが。


「馬が暴れて足場の間に挟まっちまって、引き上げられなくなってしかたなく……なんてこともあったそうだ。橋自体が切れて落ちる、とまでは考えすぎかもしれんがな」

「わかった、気を付けよう」

 コアイは素直に、少し長い助言を聞き入れることにした。

 コアイ自身はともかく、スノウが危険な目に遭わないようにと。



 話し終えて満足したのか、宿の主は部屋に背を向けた。

 それに合わせてコアイは、戸を閉めてベッドに戻った。


 スノウはまだまだ、目を覚ましそうにない。

 コアイはそっと隣に寝転がり、体を寄せる。


 肌と肌が、少しだけ触れた。


「ん〜っ……」

 彼女が寝返りを打つ。横に振られた彼女の手がコアイの顔に当たり、そのまま覆いかぶさった。


 あたたかい手。

 無意識のことだろうが、彼女は今も私に触れてくれている。


 とても、嬉しい。


 コアイはそこへ手を添えたくなったが、彼女を起こしては悪いと思いとどまった。

 自然に投げ出された手をただ受けとめて、心地好い。

 ただ受けとめて、顔から彼女のぬくもりを受け取る。


 熱い。とても熱く感じる。

 昨日と同じように、熱い。



 昨日…………


 昨夜のこと、普段よりも一層濃密だったこと。

 彼女の熱で、最早前後不覚となっていたこと。


 (おぼろ)げながら思い出した。

 それにより、身体の奥底から余韻が引き出される。

 昨日から呼び起こされた余韻が、心身を(うず)かせる。


 身体の内側が、あちこち揺れ動くのを感じる。

 頭の奥が、胸の奥が、(はら)の奥が、あたたかい。


 ずっと、このあたたかさに……浸っていたい。浸っていられたら、それだけで……嬉しい。




 コアイはスノウのとなりで、少し居眠りして……昼過ぎに目を覚ました。

 スノウは肌の熱さを保ったまま、今もまだ眠っている。


 それにしても、何故(なぜ)こうも熱を持っているのだろう。

 以前にもこんなことが……いや、今は肌の震えや、粟立(あわだ)ちもない。寝息も安らいでいる。


 苦しそうな様子ではないし、気にすることはないか……


 コアイは静かに、大きく息を吐いて目を閉じた。

 身体から力が抜けるのを感じて、眠りに落ちそうになったところ…………


 柔らかいものが触れた感触。


「んっ!?」

 それに戸惑って目を見開くと、視界は完全に塞がれていた。もちろん、彼女の顔で。

 それを認識したときには、がっしりと頭を(つか)まれていて……


 柔和なくせに刺激的な前方と、細い指なのに力強い後方が不調和で……ありながら、妙に収まりがよく思えてとても安心した。

 そこで安心していると、全身が熱いように感じた。

 彼女と触れ合っている部分から熱が拡がるような、あるいは身体の内側から熱が生まれているような……どちらとも分からないまま、どうにもできないでいた。


 しかし、それも長くは続かない。

 彼女がコアイの頭から手を離していたから。

 動きの自由を得た頭は、()ぐに思考の自由を失うから。


 ふたりは、昨日と同じように。

 少しだけ昨日と違ったのは……コアイは途中から、彼女の肌の熱さをあまり感じなくなっていた。

 何故かは分からない。熱さは弱まっていたが、(しび)れや甘さ、心地好さは変わらなかったから。


 そして一つだけ、何となく……朧げに、昨日とは違っていた気がしている。

 浮かされるなかで何度も聞こえた、「もっと……」という(うめ)き声の声色が。




「……ごめん、お腹すいたね」

 彼女の声が耳を震わせて、けれど彼女の手触りが感じられない淋しさに震えて……コアイは目を覚ました。


「たぶん朝っぽいけど、ごはんあるかな?」

 一人分ほど空けた先できまり悪そうに笑うスノウに、コアイは思わず手を伸ばしていた。

 それに呼応するように伸びてきた彼女の手を強く握ると、ひんやりとしていた。


 その感触は、僅かに残る眠気を吹き飛ばす……と同時に、自身の内側の熱さを強調する。


「まずは町へ出て、腹ごしらえをしようか」

 その熱の自覚を振り払うように、コアイは声をあげた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ