熱に熱に焼かれるように
左腕、身体が普段より少し重く感じる。
普段より深く、彼女が寄りかかるから。
「飲み過ぎたか? 大丈夫か?」
コアイは少し心配になって、念のためにとスノウへ問いかける。
「…………たぶん」
スノウの返答には妙な間があったが、その理由はコアイには想像もつかない。
ただ……本人が多分大丈夫だと言う以上は、それを否定しないでおく。
ふたり酒場を出て、宿へ戻る道中も……コアイは熱さを感じていた。
腕に縋りついてくるようなスノウの、肌と爪から。
それは普段の彼女から伝わるあたたかさとは違うようで、とても似ているようでもあって。
それは宿に着き、予約済みの二人部屋で……二人きりになった頃にはますます過熱していて。
「本当に大丈夫か? 早めに休むか?」
コアイは改めて、彼女へ問いかける。
彼女は、一旦俯いてから顔をあげた。
「ごめん、大丈夫……だけど」
「だけど?」
彼女がまるく潤んだ瞳で、じっと見上げてくる。
やけに熱い息を吐きながら、顔を赤らめながら。
そのまま、彼女がコアイの手を取る。
眼差しが、目の奥まで射抜くようで。
頭の内側を触って、惑わせるようで。
それを感じていると、握った手を押されていた。
ふっ、と全身の力が抜けてしまった。
ごく自然に彼女へ、身を任せていた。
ベッドに押し倒されたコアイへ、彼女は間を置かず覆いかぶさってきた。
彼女から仄かな酒臭さを感じていると、彼女の手が背中へと回っていた。
彼女の片手は、背筋をかするように切なく撫ぜてくる。
もう一方の手が、記憶にないほど強く抱き締めてくる。
背を撫ぜる手は、すこし心許ない。
背を抱く手は、とてもあたたかい。
彼女に抱き締められて、そこから届くあたたかさが胸の奥を焦がしている。
それが心地好くて、惚けていると……耳元から彼女の呟き声が聞こえた。
「ごめん」
なにが、と問おうとした。けど問えなかった。
直ぐに唇を塞がれていたから。
その後のことは、あまり覚えていない。
その後は、何も考えられなかったから。
身体のあちこちに触れる彼女の肌、手も足も、腕も腿も、顔も胴も、息も声も、瞳も……すべてが熱かった。
彼女が触れる、触れてくれた場所はどこも、焼かれたように痺れた。外側の皮膚も、身体の内側も。全身が。
それが何故か甘く感じて……抗いようもなく、心地好かった。
ただ私の身体は、ときどきそれに耐えられなかったのか……何度も、身体が勝手に震えた。
その動きと同時に、それとは別に……意識が突き上げられ、吹き上げられるような気分になった。
私はそれを、彼女と離れてしまうように感じて少し不安になった。
けれど、彼女がもたらすそれを、彼女だからと何とか受け入れたくて……彼女の灼けるような身体にしがみつこうとしていた。
うっすらと、そんな記憶がある。
それと、彼女が何度も「ごめん」と謝るのを聞いた記憶が。
そして、その後に「けど、もっと……」と続けていた記憶が。
それ等を数度、いや十数度と繰り返した気がする。
熱くて、吹き上げられそうになって、熱くて灼けて、それでも彼女が側にいるのを感じられて。痺れて。あたたかくて。
繰り返して繰り返して、意識がおぼろげになって…………
次にコアイが気付いたときには、窓から朝日が射し込んでいた。
朝日とともに、鳥の鳴く声が部屋まで聞こえてくる。
コアイは身体の怠さを感じて、身体を動かさずに辺りの様子を五感で確かめようとした。
すると……胸の上に顔を乗せて、スノウが眠っているのを感じた。
また、彼女が触れている部分の一端に冷たいものを感じて、彼女の寝顔をよく見て確かめると……肌の一部に少し涎が垂れていた。
「ふふッ」
彼女の寝顔が……ひんやりとしたそれを含めて、何故かあたたかく思えて……コアイは思わず吹き出しながら、彼女の頭に手を添えていた。
スノウはそれを知ってか知らずか、泥のように眠っている。
コアイはベッドから動かぬままで、彼女のあたたかさに浮かれていた。
「お客さん、そろそろ昼だけど……?」
何時しかコアイは、胸の上で眠るスノウの頭を撫でながら微睡んでいた。
それを妨げるように、部屋の出入り口の先から声が聞こえた。
コアイはスノウを起こさないようにそっと横へ寝かせて、ローブを羽織ってから戸口へ向かう。
「もうほとんど昼だけど、出発しなくていいのかい?」
戸を開けると、宿屋の主がいた。
「今日、もう一泊してもいいか?」
コアイはスノウが眠るベッドに目配せしてから、主へ訊ねる。
「ああ、宿賃を払ってくれれば一向にかまわんよ」
「そうか、ならば明日出発することにする」
「わかった、金は後でもいいが……食事はどうする?」
主は食事の要否をコアイへ問うが、コアイはそれが己の都合で決めるべきことでないと確信している。
そのためコアイはもう一度スノウを見て……彼女は暫く起きそうにないと判断した。
で、あれば…………
「不要だ、それより訊きたいことがある」
「どうした?」
「エルゲーン橋を渡りたいのだが、此処からどう進めば良い?」
コアイは一先ず、宿の主に目的のエルゲーン橋について訊いてみようと考えた。
少なくとも、スノウが起きるまでは部屋から出られないし、出る気もない。此処で話を聞ければ都合が良い。
「ああ、アンゲル地方へ行くのか。それなら北門から出て、道沿いに山へ向かえば大丈夫だよ」
「道沿い?」
「不安なら、北門で門衛の爺さんにたずねてみな。喜んで話してくれるだろうよ」




