表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 人の統べる地の内にて
190/313

佳肴を与えられるように

 城市アウヴァーズ。

 タブリス領とアンゲル地方を分けるルルミウズ川から少し東側……つまりタブリス領西端に建つ、中〜小規模な町。


 それらしき城市を前方に見かけたものの、近辺のどこにも国境(くにざかい)の川らしきものが見当たらない。

 右手の方向の土地が高くなっており、そちら側で川が見えないのは自然なことだと思うが……見渡す限りどこにも、川どころかそこへ繋がっていそうな水場すら見えない。


 先刻別の町を国境近くと勘違いしていただけに、コアイは少し不安になる。


「おそらくアウヴァーズ……だと思うのだが」

 不安のせいか、思わず(つぶや)いていた。


「あれ、どしたの? 違う町かもって?」

 スノウが振り向くと、後ろ髪がコアイの鼻先を()ぜる。

 首を(かし)げた横顔が、コアイの不安をなだめる。


「まあ違ってても別にいいじゃん」

「良い……のか?」

「とりまあそこでゴハン食べてみて、目的地と違ってたらまたその町をさがしに行けばいいんだし」

 優しく笑む横顔が、コアイの胸中を和ませる。


 のんきなものだ。

 しかし、そのくらいで良いのかもしれない。

 彼女が楽しんでくれているうちは、それで。



「ふふっ」

 安心したせいか、思わず吹き出していた。


「ほら、早く行ってゴハンにしよ?」

「そうだな、行こうか」

 コアイは自身の笑顔を自覚しながら、馬の脇腹を踵で軽く突いた。




「アウヴァーズへようこそ、若人よ」

 城市の門をくぐると、横から声をかけられた。

 コアイが馬上で振り向くと壮年の男が一人、片手で背丈ほどの長さの槍を地に立てていた。声の主はどうやら、城門の裏に控えていたこの警備兵らしい。

 また、目的地のアウヴァーズへ辿り着けていない……という心配は無用らしい。


「兄ちゃんたち、馬を繋いどく当てはあるのかい?」

 反対側からも若い男の声がした。こちらは槍ではなく、背丈よりも長い木の棒を手にしている。


「馬を預けられる宿はないか」

「宿に泊まるのなら問題なかろう、どの宿でも一頭なら小屋に繋いでくれるはずだ」

「そうだな、まず宿へ行って馬を預けるといいよ。この先……最初の十字路を右に曲がるといい」

 男は片手に握っていた木の棒を横に傾けて、その先端で門から先の道を指していた。


 この町も、騎馬で入ること自体は(とが)められないようだ。

 同じタブリス領内の城市で、馬の扱いが違う理由は何かあるのだろうか。


「わかった」

「ありがと〜」

 しかしそれ等を考えるよりも、早く町中で宿と食事を探そう……と、コアイは考えを改める。



 二人は警備兵の勧めに従い、最初の四辻(よつじ)を右に進み……宿屋が数件連なる通りを見つけた。そのうちの適当な一軒を訪ねて、二人部屋一泊分と馬の預かり金を支払い……徒歩で門前の通りへ戻ってきた。

 二人は何か言うでもなく、どちらからともなく……自然と手を繋いで歩いている。


「あ〜お腹すいたね〜」

「店を探そうか」

 コアイは魔力や体力をさほど消耗していないため、特に空腹を感じていない。それでも、早く食事にありつきたいと考えている。

 それはもちろん、スノウの空腹を満たしたいから。


 と、スノウの顔が微かに跳ねた。


「あっなんか焼肉っぽいにおいしない?」

 彼女はそう言って、少し前に出る。


「風上からか?」

 コアイは風向きに意識を向けようとするが、それは彼女に引かれた手に向いてしまう。


「大丈夫、早く行こ! こういうときはふんいきで行けるから!」

 むふん、と目を輝かせながら息を吐く彼女に、コアイは任せたくなった。

 身体を委ねるときのように、任せたくなった……


「早く見つかると良いな」

 コアイはそう言いながら、彼女に手を引かれるのをとてもあたたかく感じていた。



 スノウに手を引かれてぼんやり歩いていると、いつの間にか酒場に入ってテーブルへ案内されていた。

 近くの椅子に腰掛けると、給仕らしき女が早速注文を取ろうと寄ってくる。


「何にする? まだ明るいし、食事だけかな?」

「お薦めの品はあるか?」

 コアイは代表的な品を聞き出して、あとはスノウに任せようと考えた。


「できたら肉系で!」

「そうだね……シャシリー、ラズマーン、ニーハール、ショーバあたりどうだい」


「あっどうしよ、ぜんぜん想像つかない……」

 彼女は口を半開きにして、瞬きを繰り返した。

 戸惑っているのだろうか、ならば適当に……とコアイは口を開く。


「ならばそのシャシリー、ラズマーン、ニーハールを一つずつ()れ」

「いや二人前ください」

 スノウの分だけ頼もうとしがちなコアイと、コアイの分も用意させようとするスノウの、いつも通りの注文。



 少し待つと、給仕は二人分の料理三品を器用に持って運んできた。


「料理の説明しとくかい?」

「おねがいします」

 給仕は料理を二人の前に並べながら、それ等について説明しだした。


 給仕の説明によると、注文した三品は羊肉の串焼きと酢漬けの珠菜(たまな)添え、羊肉と珠菜の細切れをたっぷり使った焼き麺、珠菜を浮かせた羊の肋煮込みスープ……

 調理法は違えど、その具材はどれも羊肉と珠菜が主であった。


「シャスリークもおすすめだけど、まずはウチの臭みの少ない羊肉を味わってもらおうと思ってね」

 と、給仕は別の料理らしい名を挙げていた。


「それもひつじ?」

 スノウは聞き返しながら苦笑しているように見える。

 それも結局羊肉料理なのだろう、と思ったのはコアイだけではなかったらしい。


「うん、肉と小さめの珠菜を交互に刺して焼いた串料理だよ」

「へえ〜……ねぎま的なやつかな? あっすいませんお酒ください」


 供された肉料理の見た目と匂いで、早くも酒が欲しくなったのだろうか。

 ともあれ、前の町での食事よりも喜んでくれそうで良かった……


 コアイはすっかり嬉しくなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ