佳肴を与えられるように
城市アウヴァーズ。
タブリス領とアンゲル地方を分けるルルミウズ川から少し東側……つまりタブリス領西端に建つ、中〜小規模な町。
それらしき城市を前方に見かけたものの、近辺のどこにも国境の川らしきものが見当たらない。
右手の方向の土地が高くなっており、そちら側で川が見えないのは自然なことだと思うが……見渡す限りどこにも、川どころかそこへ繋がっていそうな水場すら見えない。
先刻別の町を国境近くと勘違いしていただけに、コアイは少し不安になる。
「おそらくアウヴァーズ……だと思うのだが」
不安のせいか、思わず呟いていた。
「あれ、どしたの? 違う町かもって?」
スノウが振り向くと、後ろ髪がコアイの鼻先を撫ぜる。
首を傾げた横顔が、コアイの不安をなだめる。
「まあ違ってても別にいいじゃん」
「良い……のか?」
「とりまあそこでゴハン食べてみて、目的地と違ってたらまたその町をさがしに行けばいいんだし」
優しく笑む横顔が、コアイの胸中を和ませる。
のんきなものだ。
しかし、そのくらいで良いのかもしれない。
彼女が楽しんでくれているうちは、それで。
「ふふっ」
安心したせいか、思わず吹き出していた。
「ほら、早く行ってゴハンにしよ?」
「そうだな、行こうか」
コアイは自身の笑顔を自覚しながら、馬の脇腹を踵で軽く突いた。
「アウヴァーズへようこそ、若人よ」
城市の門をくぐると、横から声をかけられた。
コアイが馬上で振り向くと壮年の男が一人、片手で背丈ほどの長さの槍を地に立てていた。声の主はどうやら、城門の裏に控えていたこの警備兵らしい。
また、目的地のアウヴァーズへ辿り着けていない……という心配は無用らしい。
「兄ちゃんたち、馬を繋いどく当てはあるのかい?」
反対側からも若い男の声がした。こちらは槍ではなく、背丈よりも長い木の棒を手にしている。
「馬を預けられる宿はないか」
「宿に泊まるのなら問題なかろう、どの宿でも一頭なら小屋に繋いでくれるはずだ」
「そうだな、まず宿へ行って馬を預けるといいよ。この先……最初の十字路を右に曲がるといい」
男は片手に握っていた木の棒を横に傾けて、その先端で門から先の道を指していた。
この町も、騎馬で入ること自体は咎められないようだ。
同じタブリス領内の城市で、馬の扱いが違う理由は何かあるのだろうか。
「わかった」
「ありがと〜」
しかしそれ等を考えるよりも、早く町中で宿と食事を探そう……と、コアイは考えを改める。
二人は警備兵の勧めに従い、最初の四辻を右に進み……宿屋が数件連なる通りを見つけた。そのうちの適当な一軒を訪ねて、二人部屋一泊分と馬の預かり金を支払い……徒歩で門前の通りへ戻ってきた。
二人は何か言うでもなく、どちらからともなく……自然と手を繋いで歩いている。
「あ〜お腹すいたね〜」
「店を探そうか」
コアイは魔力や体力をさほど消耗していないため、特に空腹を感じていない。それでも、早く食事にありつきたいと考えている。
それはもちろん、スノウの空腹を満たしたいから。
と、スノウの顔が微かに跳ねた。
「あっなんか焼肉っぽいにおいしない?」
彼女はそう言って、少し前に出る。
「風上からか?」
コアイは風向きに意識を向けようとするが、それは彼女に引かれた手に向いてしまう。
「大丈夫、早く行こ! こういうときはふんいきで行けるから!」
むふん、と目を輝かせながら息を吐く彼女に、コアイは任せたくなった。
身体を委ねるときのように、任せたくなった……
「早く見つかると良いな」
コアイはそう言いながら、彼女に手を引かれるのをとてもあたたかく感じていた。
スノウに手を引かれてぼんやり歩いていると、いつの間にか酒場に入ってテーブルへ案内されていた。
近くの椅子に腰掛けると、給仕らしき女が早速注文を取ろうと寄ってくる。
「何にする? まだ明るいし、食事だけかな?」
「お薦めの品はあるか?」
コアイは代表的な品を聞き出して、あとはスノウに任せようと考えた。
「できたら肉系で!」
「そうだね……シャシリー、ラズマーン、ニーハール、ショーバあたりどうだい」
「あっどうしよ、ぜんぜん想像つかない……」
彼女は口を半開きにして、瞬きを繰り返した。
戸惑っているのだろうか、ならば適当に……とコアイは口を開く。
「ならばそのシャシリー、ラズマーン、ニーハールを一つずつ呉れ」
「いや二人前ください」
スノウの分だけ頼もうとしがちなコアイと、コアイの分も用意させようとするスノウの、いつも通りの注文。
少し待つと、給仕は二人分の料理三品を器用に持って運んできた。
「料理の説明しとくかい?」
「おねがいします」
給仕は料理を二人の前に並べながら、それ等について説明しだした。
給仕の説明によると、注文した三品は羊肉の串焼きと酢漬けの珠菜添え、羊肉と珠菜の細切れをたっぷり使った焼き麺、珠菜を浮かせた羊の肋煮込みスープ……
調理法は違えど、その具材はどれも羊肉と珠菜が主であった。
「シャスリークもおすすめだけど、まずはウチの臭みの少ない羊肉を味わってもらおうと思ってね」
と、給仕は別の料理らしい名を挙げていた。
「それもひつじ?」
スノウは聞き返しながら苦笑しているように見える。
それも結局羊肉料理なのだろう、と思ったのはコアイだけではなかったらしい。
「うん、肉と小さめの珠菜を交互に刺して焼いた串料理だよ」
「へえ〜……ねぎま的なやつかな? あっすいませんお酒ください」
供された肉料理の見た目と匂いで、早くも酒が欲しくなったのだろうか。
ともあれ、前の町での食事よりも喜んでくれそうで良かった……
コアイはすっかり嬉しくなっていた。




