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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 人の統べる地の内にて
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沈む心を救われながらに

 馬の歩みに揺られているうちに、コアイはぼんやりとスノウを想起し……

 少し冷たく乾いた風の中、ゆっくりと進む。


 ふと馬が足を止めて揺れた背が、コアイに大事なことを思い出させた。

 ……彼女は、風邪とやらを治せたのだろうか。


 本当に、一人で帰して良かったのだろうか。


 ……そうか、のんびり絶景を探している場合ではないか。

 彼女は無事なのだろうか。早く確かめたい。

 そのためには、彼女を安全に()べる場所を探すべきか。



 とコアイが考えを改めようとしたところ、頃合いを見計らったかのように……そんなコアイの思考を、目的を妨げる砂混じりの寒風が吹き付けだした。


 実のところ、風が冷たいことも土煙に砂が舞うこともコアイ自身には全く問題でない。

 しかし、砂の舞う中での召喚はその対象にとって危険である。召喚の瞬間、その空間に砂塵が飛んでいたら……対象の身体にそれ等が混じってしまう。

 いや、細かな砂であればまだ影響は軽いだろう。召喚の瞬間に、もう少し大きな枯れ枝や石がそこを飛んでいたら……頭や臓器(はらわた)を深く傷付けてしまうことすら有り得る。もし、そうなれば…………


 コアイは身体に風を受けながら、善後策を考える。

 辺りには風を防ぐ林も無ければ、身を隠す大岩も無い。風を避けることは難しいか。もう少し高い丘があれば、風刃で地面を削って陰を作ることも出来なくはないが……

 風が止むまで待つ……いや、待っていたくない。待つくらいなら……当てがなくても駆け出して、機会を探し求めたい。

 そうだ。ここでは風を避けられないなら、避けられる場所を探そう。


 コアイは風に飛ばされないよう注意しながら、ソディが描いてくれた地図を取り出した。


 現在地が大まかにしか分からないが、タブリス領からアンゲル地方へ入るには小舟で川を渡るか、北へ迂回し橋を渡る必要があるらしい。しかしこの旅で川を渡ったのは、大森林を抜けた先で橋を渡りタブリス領へ入った一度きり。

 ということは、ここはまだタブリス領で……とりあえず西へ行けば、目的地に近くなる。


 また、西の国境(くにざかい)近くにはいくつか城市があるとの記述があった。

 であれば、当面は西へ向かって……城市を見つけて立ち寄るか、城市が見つからなければ風が止むまで駆け続けるか……


 コアイは馬を西に向け、その脇腹を小突いた。馬は反応良くコアイの合図に従い、軽やかに駆け出した。




 コアイは左頬に昼の陽光を受けながら、延々と西進した。

 馬が止まる気配も、風が止む気配も無く。


 風が止むことのないまま、コアイは城市を見つけた。


 地図によると、タブリス領とアンゲル地方の国境に隣接する城市は数ヶ所ある。アウヴァーズ、フレスターン、シャッタールといった、さほど大きくない城市が南北に並んでいるらしい。

 辿り着いた城市がどの街なのかは分からないが、それ自体は今のコアイにとってどうでも良い。


 コアイは城壁の周りを見渡してみるが、馬を繋ぐのに良さそうな柵や杭、石などが見当たらない。

 どうしたものかとコアイは悩みかけたが、二騎の人馬が速歩(はやあし)で門をくぐっていくのが見えた。この街は馬を入れても大丈夫ということだろうか。

 コアイは先行した人馬を追いかけて街に入り、近くに立っていた男から宿の話を聞いて、寄り道せずまっすぐ宿屋へ向かった。


 そしてコアイは受付を済ませ、宿の客室へ急いだ。

 宿屋、それも客室……召喚に適した、危険のない場所へ。



 客室に入ったコアイはそこに他人や(ねずみ)のいないことを確かめて、()ぐにスノウの小物を一つ懐から取り出す。

 名残惜しさを感じながらそれをそっと床に置き、しゃがんだまま指先を噛んで表皮に血を(にじ)ませる。


 召喚陣(ペンタグラム)を描けよ、と血に命ずる。


 指先から流れ出た血が召喚陣を象どり、その形で安定する。コアイはそれを見て左手を高く掲げ、指先を召喚陣に向けて発声…………


 赤い線で形作られた召喚陣が、淡い青色に変わった。

 そしてその中央に、滞りなくスノウが現れる。




 コアイは客室の床に横たわる彼女の身体を抱き上げて、ベッドに寝かせた。

 そのままコアイは彼女の側、跪いた体勢で彼女の様子を確かめようとした。


 顔色は悪くない、寝息も穏やかに思える……


「あ、おはよう、王サマ!」

 これまでになく、彼女は早々に目覚めていた。


「もう目覚めたのか、おはよう」

「うん、おかげさまで、ばっちし健康体!」

 彼女は歯を見せながら親指を立てて見せる。


「お蔭様……か…………」

 しかし元気そうな彼女の、その言葉はコアイを沈ませた。



 私は、彼女を送り返しただけ……何もできなかった。

 私は、なんの役にも立てずに……力になれなかった。


 私は体調を崩した彼女に、何の手助けもしてやれなかった。

 私は……何のために、彼女と共に在るのだ…………?



「王サマ、どしたの? そんなヘコんで」

 スノウはコアイの顔を覗きこむ。


「私は……そなたが苦しんでいたのに、何もできなかった」

「え、そんなん気にしすぎだって」

 彼女は眉を寄せて、少し困ったような顔をしているだろうか。

 これはこれで、コアイの好きな表情。

 けれども今は、それどころではない。


「だが、私は……」

「ねえ王サマ、逆にさ……わたしが王サマに何か凄いことしてあげたこと……何回あった?」

 無力感に心が沈み、顔を上げられないコアイを諭すようなスノウの声が聞こえる。


「……あー、アレは抜きにしてね」

「……私は……」

 コアイは言葉を絞り出す。


「私は、そなたが側にいてくれたら」


 そなたが側にいてくれたら……それ自体が素晴らしいことだと思う。


「私は、そなたが笑っていてくれたら」


 そなたが笑っていてくれたら、それを感じられたら……それだけで。


「とても嬉しい」

「ふふっ」

 何故笑うのだろう。

 コアイにはまだ、よく分かっていない。


「そんなのさ……おんなじだよ」



 跪いた体勢のままで、彼女に引き込まれて。

 たまらなく抱きしめ返した。何も言えずに。


「ホント、どうしたの? そんな泣きそうな顔して。せっかく、また会えたのに」


 やはり、何も言えない。

 喉に蓋をされているようで……声も、いや息すら喉を通らない。

 

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