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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 人の統べる地の内にて
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逸る心をなだめながらに

 馬は霊薬を美味そうに()め取って、()ぐさま力強く(いなな)いた。

 嘶くとともに後ろ脚で立ち上がり、前脚を地に戻せば白く湯気だった鼻息を噴く。


 今にも駆け出しそうな様子の馬を見て、コアイは念のため手綱を(つか)んでおく。

 しかし馬を制そうとした当のコアイも、内心では早く出発……直ぐにでも駆け出していきたい。


 そんなコアイの心境が、身体を馬の背に飛び乗らせる。

 そんなコアイの心境が、馬に伝わったのかもしれない。


 馬は間髪入れず前進、加速し、歩法を変えてまた加速……

 コアイは日射しの向きから西に進んでいることだけを確かめて、そのまま馬を駆けさせた。十分に加速が付いた後には、林道から外れ木々にぶつからぬように注意して……それ以外は馬の勢いと意欲に任せる。

 走るのは馬に任せて、コアイは恋しさを募らせる。



 風の冷たさと日射しの温さが混ざる青空の下。

 背の高い木々を次々と置き去りにして、村落を瞬く間にすり抜けて、それを二、三度繰り返して。


 赤みを帯びた西日が目に入り、目を細める頃。

 木々の背が少しずつ低くなって、時おり葉のない木が混じり出して、森が少しずつ(まば)らになって。


 日が落ち、白い月明かりと星の瞬きを頼る頃。

 木々はすっかり見えなくなって、砂埃(すなぼこり)を置き去りにしながら走って、薄灯り漏れる城市を過ぎて。



 やがて、馬の行き脚が鈍る。

 光が足りないから、辺りが良く見えなくて怖いから、ではない。

 霊薬の効力が無くなったから、普段の気性と体力に戻ったから。


 馬は足を止めこそしなかったが……その動きは走り疲れた四肢をほぐすかのような、のんびりとした歩様に変わっていた。

 コアイは一旦下馬し、馬体と荷の様子を確かめることにする。荷のことなど完全に忘れていたから。


 一昼夜で大森林を抜け、国境(くにざかい)の城市を通り過ぎるほどの激走だったが……霊薬の壺、金貨の入った皮袋、折り畳んだ外套(マント)、いずれも無くさずに済んだようだ。

 出発前に二人が、これ等の荷を念入りに括りつけておいてくれたのだろう。

 地図は懐に入れている、だから荷は一切不足していない。上出来だ。



 さて、夜になったが……どうしようか。

 先へ進むか、馬を休ませるか……コアイは軽く悩む。

 馬体や歩様には特におかしな点は見られない。休ませるとしたら、水を飲ませるくらいで良さそうだが。


 コアイはソディに描いてもらった地図を開き、タブリス領東部の河川について調べようとしたが……特に記載はなかった。

 仕方なく、川のせせらぎを聞いて、そちらへ向かえないかと耳をすませてみるが……何も聞こえず。


 コアイは下馬したまま手綱を持ち、適当に馬を歩かせてみることにした。

 東に戻りさえしなければ、問題は無いだろうと考え……馬の感覚に委ねてみる。


 (しばら)く馬を歩かせたところで、再び耳をすませて……また少し歩かせてから、もう一度……

 と、水の流れる音らしきものが聞こえた。

 コアイは騎乗し、音のした側へ馬を向かわせる。



 どれほど夜が更けたかは分からないが、少なくとも夜明けよりは早く……川を見つけられた。

 コアイは下馬して鞍と荷物を外し、それから手綱を離して……馬を好きにさせてやる。そうしてから、転がっている石の一つに腰を下ろした。

 馬が身体を地につけて、のんびり川の水を舐めているのを見ながら……コアイは考えた。


 風は弱い。これなら、私一人なら……外套も要らないだろう。

 川以外には何もない。此処(ここ)ならもう翠魔族(エルフ)の目も届かない。


 けれど、ここに彼女を()ぶのは……すこし気が引ける。


 何もない此処で、彼女とふたり……寄り添ってみたいけれど。

 そうは思うけど、彼女がそれを喜んでくれるとは限らない。

 だから、私は……



 コアイは、折り畳まれたスノウの肖像画を懐から取り出して……無言で見つめた。

 コアイは、いま彼女に逢いたい。彼女の存在を、確かめたい。

 今ここで、彼女に触れられたい。


 そう感じているが、それを満たせない。それを満たさない。

 何故なら……己が満ちることよりも、彼女を満たしたいから。



 コアイは外套を羽織ることなく、彼女の描かれた肖像画を抱きしめて……何時(いつ)しか身体を丸め横たえていた。




 朝日が(まぶた)の先から照らされる(まぶ)しさを感じて、コアイは目を覚ました。

 身体を起こすと、少し離れた所で馬が身体をゴロゴロと転がしている。ずいぶん(くつろ)いでいるらしい。


 良く晴れた朝の冬空の下……私も、安らぎたい。

 そして私が安らげるのは、もちろん……彼女とのひととき。

 いまこの辺りに、私の他には誰もいない……彼女を喚ぶことに支障はない。


 とは言っても……このような景色を、彼女が喜んでくれるとは思えなかった。

 となれば此処は、コアイにとって万全な寛ぎを感じられる場ではなくなる。


 いくらなんでも、ここでは彩りが無さすぎる……そんな気がする。


 せめて、もう少し場を選ぼう……コアイは荷支度をして、再び馬に乗った。

 彼女を喚ぶに相応しい場所、彼女が楽しんでくれそうな場所を見つけられたら……スノウを召喚しようと決めて。



 ソディに聞いていた通り、今日は霊薬を使わず……自然のまま馬を西へ進める。

 時おり辺りを見回して、スノウが喜びそうな風景を探しながら。

 それを、見つけられないまま。


 恋しさ、淋しさを……晴らせないまま。

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