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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 人の統べる地の内にて
183/313

間際に追い付いた閃きに

 不意をつかれた。

 彼女のせいで、朝も早くから顔が熱い。

 胸の内でも、何かが(うず)いてこそばゆい。



 コアイはスノウに見られているのがなんだか気恥ずかしくなり、彼女に背を向けて寝転がった。

 その直後に半開きの口からこぼれた溜息(ためいき)も熱かったが、そんなことはお構いなしに彼女の澄んだ声……丸めた背中の向こうから聞こえてくる。


「えっ寒いよ〜こっち来てよぉ」

 ベルというものだったか、過去『魔王』と呼ばれていた頃に人間から貢がれた楽器を思い出させる……高く澄んだ、可憐な声。


 その美声を無視したくはないが、何と答えたらいいのか分からない。

 答えるべき言葉が分からない、だが彼女の求めには余さず応えたい。


 コアイは何も言えずに、彼女に背を向けたまま身体をずらして寄せていく。

 何も言えないし()ぐには顔を向けられないが、彼女のそばへ行きたいから。



「ん〜……」

 彼女はどうやら、両手でコアイの肩辺りにしがみついているらしい。


 とても、あたたかい。彼女の手。

 触れると、少し冷たい(はず)なのに。


 それでいて、なにかが足りない。

 私はなにかを、そこに足したい。


 だが彼女に、彼女の手になにを。

 なにを、だったか思い出せない。




「あれ、今日ガチさむ……くない?」

 と、不意にスノウが寒さを訴えた。が、肩に背にぬくもりを感じているコアイにはそれが全くわからない。


 寒い……? 何故だろうか。私はあたたかいし、胸も鳴っている……

 とコアイが考えを巡らせようとしたところ、


 へくちっ!


 控えめな奇声、高音が耳に刺さる。


 くっ……くしゅん!

 もう一度似た音が起こり、彼女の片手が背中から離れるとともに、離れてない側の手がローブの布地をギュッと掴む。


 んっ……くしっ!


 おそらく彼女から発されているそれ等は、何度か続いた。


 ひっく……んくっ、んふっ……



「ヤバ風邪ひいたかも……」

「風邪……?」

 コアイは彼女らしからぬ、調子の落ちた声色がどうにも気に掛かった。

 慌てて寝返りを打って、彼女へ向き直す。


「四回くしゃみしちゃうのは風邪ひきなんだよ、ってそういうの聞かない?」

「いや、聞いたことはないが……そういうものなのか」

 そもそもコアイは風邪を引いたと実感したことがない。だから、風邪を引くというか、その状態がどう身体に影響するのかすら良く分かっていない。


 何度もくしゃみをしたり、寒さに弱くなったりするのが風邪……なのだろうか?

 良く分からないが、寒いと言うのなら……一先(ひとま)ず、あたたかくなってもらおう。


 コアイは彼女を抱きしめてみる。

 彼女の身体は少し震えていて、肌が粟立(あわだ)っているらしい。


 私はちゃんと、彼女をあたためられるだろうか?

 一度離れて、火を()いたほうがいいのだろうか?


 この部屋に暖炉はあるが、一度も使ったことはない……使えるのだろうか?

 


 はくちん!

 ふくしゅっ!


 コアイが答えに辿り着くより早く奇声が続き、スノウは身震いを強めていた。



「う~ん……あ、うわ鼻水も出てきだ……」

 いつもの、先ほどまでの……跳ねるような軽やかさをすっかり失くした鼻声。

 コアイは彼女の変調に気を揉む。


「ホントごめん、これ帰っといたほうがよさげかも」

「なにも謝ることはない、が……一人で大丈夫か?」

 今の彼女を一人で帰してしまうのは、どうにも心許なく思える。

 普段の姿からは想像も付かなかった、まるで元気のない彼女が無事に過ごせるのだろうか……コアイはどうにも気になってしまう。


「うん、感染(うつ)しちゃったら悪いし……王サマ強いから平気かもだけど、いちおうね」

「私のことなど、気…………」

 コアイはスノウの手を取りながら、「気にするな」と答えかけたが……途中で口が動かなくなった。



 コアイは、何よりもスノウの意思を重んずるべき、何時でもそうしてやりたい……と考えてしまう。

 そんなコアイは今のところ、彼女の想い……自身に向けられた彼女の気遣いを、十全には理解できないのだろう。


 コアイがそれを理解できるようになった時には……より一層あたたかな心地、身を包むような幸福感の中に沈みこむことができるのだろう。

 その時には……もし、もし仮にコアイがそれを望まなかったとしても、抗いようもなく()()なってしまうのだろう。




「ごめんね、ちゃんと治してくるから」


 コアイは何時(いつ)も通り……いや、別れ際の抱擁も口づけもない寂しさに心を占められながら……血術で召喚陣(ペンタグラム)を描く。

 先ほどまで握っていた、少し冷たい彼女の手の触感を惜しみながら。


「感染るといけないから、今日はハグもキスもガマンする……」


 彼女の手……何か、私は忘れている。

 彼女が帰るまでに、思い出したい。


 だが、なにも思い浮かばない。

 単なる気の迷いなのだろうか?



 やがて召喚陣が淡い黄色に輝いて、彼女を本来の世界に戻していく……

 と、床の淡い瞬きが机上の首飾りに嵌め込まれた宝石と交じり、透き通った緑の煌めきがコアイの目に入った。


 光……綺麗な光、宝石、彼女の、手…………


 !?



「そうだ、指輪だ!!」

「えっペアリング!?」


 それがこの日の、二人の最後のやり取りだった。


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