間際に追い付いた閃きに
不意をつかれた。
彼女のせいで、朝も早くから顔が熱い。
胸の内でも、何かが疼いてこそばゆい。
コアイはスノウに見られているのがなんだか気恥ずかしくなり、彼女に背を向けて寝転がった。
その直後に半開きの口からこぼれた溜息も熱かったが、そんなことはお構いなしに彼女の澄んだ声……丸めた背中の向こうから聞こえてくる。
「えっ寒いよ〜こっち来てよぉ」
ベルというものだったか、過去『魔王』と呼ばれていた頃に人間から貢がれた楽器を思い出させる……高く澄んだ、可憐な声。
その美声を無視したくはないが、何と答えたらいいのか分からない。
答えるべき言葉が分からない、だが彼女の求めには余さず応えたい。
コアイは何も言えずに、彼女に背を向けたまま身体をずらして寄せていく。
何も言えないし直ぐには顔を向けられないが、彼女のそばへ行きたいから。
「ん〜……」
彼女はどうやら、両手でコアイの肩辺りにしがみついているらしい。
とても、あたたかい。彼女の手。
触れると、少し冷たい筈なのに。
それでいて、なにかが足りない。
私はなにかを、そこに足したい。
だが彼女に、彼女の手になにを。
なにを、だったか思い出せない。
「あれ、今日ガチさむ……くない?」
と、不意にスノウが寒さを訴えた。が、肩に背にぬくもりを感じているコアイにはそれが全くわからない。
寒い……? 何故だろうか。私はあたたかいし、胸も鳴っている……
とコアイが考えを巡らせようとしたところ、
へくちっ!
控えめな奇声、高音が耳に刺さる。
くっ……くしゅん!
もう一度似た音が起こり、彼女の片手が背中から離れるとともに、離れてない側の手がローブの布地をギュッと掴む。
んっ……くしっ!
おそらく彼女から発されているそれ等は、何度か続いた。
ひっく……んくっ、んふっ……
「ヤバ風邪ひいたかも……」
「風邪……?」
コアイは彼女らしからぬ、調子の落ちた声色がどうにも気に掛かった。
慌てて寝返りを打って、彼女へ向き直す。
「四回くしゃみしちゃうのは風邪ひきなんだよ、ってそういうの聞かない?」
「いや、聞いたことはないが……そういうものなのか」
そもそもコアイは風邪を引いたと実感したことがない。だから、風邪を引くというか、その状態がどう身体に影響するのかすら良く分かっていない。
何度もくしゃみをしたり、寒さに弱くなったりするのが風邪……なのだろうか?
良く分からないが、寒いと言うのなら……一先ず、あたたかくなってもらおう。
コアイは彼女を抱きしめてみる。
彼女の身体は少し震えていて、肌が粟立っているらしい。
私はちゃんと、彼女をあたためられるだろうか?
一度離れて、火を焚いたほうがいいのだろうか?
この部屋に暖炉はあるが、一度も使ったことはない……使えるのだろうか?
はくちん!
ふくしゅっ!
コアイが答えに辿り着くより早く奇声が続き、スノウは身震いを強めていた。
「う~ん……あ、うわ鼻水も出てきだ……」
いつもの、先ほどまでの……跳ねるような軽やかさをすっかり失くした鼻声。
コアイは彼女の変調に気を揉む。
「ホントごめん、これ帰っといたほうがよさげかも」
「なにも謝ることはない、が……一人で大丈夫か?」
今の彼女を一人で帰してしまうのは、どうにも心許なく思える。
普段の姿からは想像も付かなかった、まるで元気のない彼女が無事に過ごせるのだろうか……コアイはどうにも気になってしまう。
「うん、感染しちゃったら悪いし……王サマ強いから平気かもだけど、いちおうね」
「私のことなど、気…………」
コアイはスノウの手を取りながら、「気にするな」と答えかけたが……途中で口が動かなくなった。
コアイは、何よりもスノウの意思を重んずるべき、何時でもそうしてやりたい……と考えてしまう。
そんなコアイは今のところ、彼女の想い……自身に向けられた彼女の気遣いを、十全には理解できないのだろう。
コアイがそれを理解できるようになった時には……より一層あたたかな心地、身を包むような幸福感の中に沈みこむことができるのだろう。
その時には……もし、もし仮にコアイがそれを望まなかったとしても、抗いようもなくそうなってしまうのだろう。
「ごめんね、ちゃんと治してくるから」
コアイは何時も通り……いや、別れ際の抱擁も口づけもない寂しさに心を占められながら……血術で召喚陣を描く。
先ほどまで握っていた、少し冷たい彼女の手の触感を惜しみながら。
「感染るといけないから、今日はハグもキスもガマンする……」
彼女の手……何か、私は忘れている。
彼女が帰るまでに、思い出したい。
だが、なにも思い浮かばない。
単なる気の迷いなのだろうか?
やがて召喚陣が淡い黄色に輝いて、彼女を本来の世界に戻していく……
と、床の淡い瞬きが机上の首飾りに嵌め込まれた宝石と交じり、透き通った緑の煌めきがコアイの目に入った。
光……綺麗な光、宝石、彼女の、手…………
!?
「そうだ、指輪だ!!」
「えっペアリング!?」
それがこの日の、二人の最後のやり取りだった。




