夜を眠らぬお二人さま
仰向けに倒れた私の上には、彼女が覆いかぶさっている。
目の前に彼女の頭がある。
彼女の髪が私の顔に向く。
だからというわけではないが、私には彼女しか見えない。
彼女も、私だけを見ているのだろうか。
彼女の荒い息が聞こえて、熱い息が私をくすぐってくる。
息の触れた辺りが震える。
彼女の手が私の背に回る。
彼女のぬくもりがまるで感じられないほど、身体が熱い。
彼女が、私を囚えて撫で回そうとする。
スノウはコアイをベッドに押し倒して、そのままコアイの背中に手を伸ばしていた。
つまり、コアイの身体を抱き寄せるようにして……
彼女は私と目線を合わせるような位置へ、体勢を変える。
そのまま彼女と目が合う。
間近の彼女しか見えない。
頭と耳が痛くなるほど強く、胸の高鳴る音が響いてくる。
彼女の目も息も、私を灼く熱を伝える。
彼女の湿気った息が止まって、潤む瞳が閉じられていた。
それに気付いたときには。
唇で唇に触れられていた。
それを目でも確かめて、頭の奥に何かが滲むのを感じて。
彼女のせいで、熱い。疼く。せつない。
口づけたり、離れたり。
乾いていたり、潤っていたり。
スノウの動きと触れ方の変化が、コアイに耐えがたい陶酔をもたらす。
コアイは震えて、痺れて、蕩けて、悶えて。
熱に浮かされて、何もできない。
何もできないけれど、続けたい。続けてほしいと願っている。
そんなコアイの心地とは裏腹に、スノウの唇は離れていた。
それを感じて、コアイは軽い淋しさに襲われる。
しかし直ぐに、別の感覚がコアイをあたため直した。
「王サマ……すき……」
スノウの言葉が耳から頭へ走り、それが頭から胸へ、全身を浮遊させるような熱になって……コアイを惚けさせる。
そして。
「わたしも……」
うわ言のように口から漏れたそれは、紛れもない……僅かな偽りも、いや疑義すらもないコアイの本心。
いや、その……ええと、何を、言っているのだ、私は…………
少し我に返ったコアイは、まとめられない思考で自身の言葉を省みて……狼狽えたことにすら惚けさせられてしまう。
それは、一層強く彼女に抱きしめられて……より強い痺れで上書きされるまで続く。
やがて離れた彼女の手や脚が、あるいは顔が……コアイに触れてきた。
コアイは彼女から目を離さない。
浅い吐息がますます熱く……渇いていく。
時折それに、微かな声が混じる。
彼女が、加えてコアイ自身が、身体すべてを甘く溶かしていくように感じて。
コアイは彼女から目を離せない。
頭では分かっている。このままでは、またあの弾けるような、突き上げられるような浮遊感に落ちてしまう。
そのうち力も重みも失って、熱くて……痺れたように、何も考えられなくなる。
しかし分かっているはずのに、止めようとも逃れようともすることができない。
彼女のために、すべて受け止めたい……という気持ちだけではない。
己自身が、そうされたいと……望んでもいるのだ。
それを認めると、暴れているはずの胸がキュッと締まる。
そこから熱と疼き、せつなさが全身に拡がり全身を侵して……堪らない。頭が痺れる。
それも含めて、すべて彼女に触れてほしくて……堪らない。胸と肚が震える。
触れ合いはいつまでも、絶え間なく、終わりないかのように……コアイを苛み続けた。
それはつまり、触れるスノウも、触れられるコアイも……痺れ、昂り、震える甘いひとときに浸っていたということ…………
夜の帳の下、何度も彼女に触れ尽くされ、存分に酔いしれたのち……
あるときコアイは、自身に触れる手が動かなくなったのを感じた。彼女の顔は、胸の辺りに突っ伏している。
コアイはそこへ手を伸ばして彼女の頭を撫でてみるが……何も言わず、動きもない。
疲れて眠ってしまったのだろうか。
と、コアイは窓の外……東の空が白みだしていることに気付いた。
朝ともなれば、無理もない。
コアイは彼女の頭に手をやったまま、それまでのことを思い返してみた。
昨夜のことを思い出すと、直ぐに……彼女の眼差しが私を貫く。
初めて感じた、真剣な眼差し。凛々しい表情。
とても美しいと感じた。
そんな美しい彼女が、懸命に私を触っていた。
その姿が、その行為そのものよりも強く、私の心身に突き刺さる。
刺さったそれが、何処ともなく全身にしみ込んでいって…………
いま、彼女はコアイに身を乗り上げて微動だにしない。
きっと何時も通りの、ゆるい寝顔をしているのだろう。
だが、眠ってしまうその時までは……彼女は凛としていた。
コアイは起きる気配のない彼女を見つめながら、胸の内がむず痒くなるのを感じていた。
「お客さん、もう日が高くなったよ」
身体を動かさず、スノウを眠らせていると……声とともに、戸を叩く音がした。しかし彼女は全く反応しなかった。
コアイは彼女をそうっとベッドに下ろし、ローブを羽織ってから戸口へ向かう。
「昼まで出立を延ばしたい」
彼女を無理に起こしたくない。
コアイは朝方からの時間で、脱力感や火照り、痺れといった身体の変調からすっかり回復していたが……スノウはそうではないのだろうと考えた。
「ああ、わかりました。ごゆっくり」
コアイの言葉に、下女はあっさりと引き下がった。
コアイはスノウの隣でその腕を抱き、少し眠ることにした。
「お客さん、もう昼すぎだけど大丈夫かい」
下女の声と、戸を叩く音でコアイは目覚めた。
しかしスノウはやはり、何の動きも見せない。
やむなくコアイは連泊を要望し、スノウの眠る様子を見ることにした。
……結局、彼女が目覚めたのは日が落ちた頃であった。




