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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 安穏のなかで、ひとり鍛錬を
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もとめあうお二人さま

 沈黙。


 応えるはずのスノウも、答えを待っているコアイも、何も言わなかった。

 どんな音も……しんと静まった寝室の空気を、わずかにも揺らすことはなく。


 だが少なくとも、コアイの内では……胸の奥から身体中を揺らしていた高鳴りが少しずつ収まっていく。

 何故彼女から応えがないのかと、考え込んだのだ。何か、まずいことを言ったのだろうかと。


 それが徐々に、胸の鼓動を鎮めていった。

 それとは逆に、手の震えが激しくなった。



 寝室は静寂。


 コアイは失言だったのだろうかと考え込み、悩んでいたが……やがてそれに耐えきれなくなった。

 コアイの身体から(たらい)に落ちた水滴の微かな音、わずかに空気を震わせた音が室内の沈黙を破る。


「そ、その……」

「えと……」

 しかし、彼女とほぼ同時に話し出した声が聞こえて、一旦口を止めた。

 無言のままでいることに耐えきれなくなったのは、スノウも同じだったのかもしれない。

 コアイは少し間を置いて、彼女の声が聞こえてこないのを確かめてから改めて話を切り出した。


「何か、不愉快なことを言ってしまったか?」

「えっ? そんなこと、ないよ」

 コアイの心配をよそに、彼女はまるで気にしていないと言う。

 しかしそう言いながら、彼女はコアイから手を離した。コアイはそれをはっきりと感じた。


 彼女の裏表のなさそうな言葉よりも、彼女が離れたことが……冷たさと淋しさを想わせる。


「っ……」

 それ等が、コアイに痛切な吐息を漏れさせた、が。


 それは直ぐに押し止められた。

 目の前で手拭を握りしめるスノウの姿によって。



「お客さまのリクエストだからしょうがないよね、前から失礼しま〜す」

 どこか含みを持たせたような笑顔を見せながら、彼女はコアイの正面に立っていた。

 そして彼女はそこからコアイの身体に手を伸ばす。


 彼女の手に保持された手拭が、首元に当てられる。

 少し時間が経ったせいか、それは湿り気を帯びたようなやや冷たい肌触りを与えてくる。


 彼女の手の動きは、先ほどより少しぎこちないと感じる。

 しかし少し目線を落とすだけで見られる、彼女の様子が…………



 私の目の前……真剣な眼差しで、懸命に私を清めようとする彼女。

 潤んだ唇を固く結んで、ひたむきに私を浄めようとする彼女の姿。

 先ほどは、何かいたずらっぽいような笑顔をしていたはずなのに。


 これまでに見た覚えのない彼女の表情、それを意識すると……触れられていないはずの頭の裏側がじりじりと灼けるような。


 最初に彼女と川で水浴びをしたとき、初めて彼女に私の肌を晒したとき……あのときも、こんな真っ直ぐな目をして私の身体を洗ってくれていたのだろうか。

 あのときには、よく分からなかった。


 彼女が身を入れて、私を清めてくれている。

 胴や腰……先ほどまでは触れていなかった部分も、くまなく。


 そしていま、いまなら分かる。

 私は……彼女がそうしてくれていることだけでなく、彼女の存在そのものをも喜んでいる。その両方が嬉しい。どちらか一方でも嬉しいのに、私の中で喜びが共存している。

 あのときには、よく分からなかった。


 それを意識すると、いま触れられていないはずの胸の内側が、肚の底が……熱く締め付けられるような。


 彼女が触れてくれている。

 私に触れてくれる彼女は、こんなに凛々しい顔をしている。

 私が触れられたい彼女は、こんなに艶やかな眼を、唇をしている。


 それだけ彼女は、真面目に私と相対している。

 彼女は私のために、心を尽くしてくれている。


 彼女が、私に。こうまで。

 それを感じ取ることができた。

 とても嬉しい。あたたかい。身体中が。熱い。




 と、胸の辺りで彼女の手が止まっていた。

 そこから、熱いものが伝わってくる……と感じていると、何時の間にか彼女と目が合っていた。

 真夜中に一粒明るく光るはぐれ星のような、黒く輝く彼女の瞳がコアイの意識をいっそう昂ぶらせる。 


 彼女の触れる部分と、身体の内側……双方から起こるあたたかさに挟まれて、まとめて包み込まれるような。

 そのあたたかさ、その心地好さ。

 その心地好さに、まるで抗えない。


 彼女と目が合ったまま心身を揺らされていると、不意に彼女の顔が近付いてきた。

 その動きにも、もちろん抗えない。

 それが何を意味しているかを察するまでもなく、抗えない…………


 やがて、近付きつつある彼女の瞳が閉じる。同時に、彼女の手が(うなじ)に添えられる。

 それに気付き、その意味を察したときには既に……柔らかな、コアイを痺れさせる棘が唇に触れていた。


 触れられた唇の感覚が、肌の感覚が身体中に染み込んで、溶かされていくような浮遊感に震えて。



 彼女が唇を離しても、その感覚が残ったまま……あちこちに触れられて、唇の()()に似た脱力させるような甘い感覚が増えていく。


 コアイは、今更ながらこれはまずいと気が付いた。気が付いたが……頭でそう判っているのに、目を離すことができない。


 彼女の姿と彼女の行為、双方が自身を苛む。その激しさに、とても抗えない。

 抗えていないのに、すべて受け止めたい。


 身体が跳ね上げられ、心が跳ね上がるのを止められない。

 止められないのに、それを受け入れたい。


 止められないが、止めたいとは思わない。

 続けてほしいと、心の底から願っている。



 コアイは……四肢が溶け痺れたように感じて脱力したままで、彼女が手拭を放り投げて自分に抱きつき、ベッドに押し倒すさまを……抗うこともなくただ見ていた。


 それを望んでいるかのように、彼女を見つめながら受け入れて……抱きしめられている。

 己の胸を叩く音と、彼女の熱く乾いた息遣いのあいだで。

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