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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 安穏のなかで、ひとり鍛錬を
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空腹満ちたお二人さま

 少しの沈黙ののち、二人は気を取り直して酒食を楽しむ。


 少し酒に酔ったためだろうか、スノウは料理……一口で食べるには少し大きな塊を切り分けることなく、そのままかぶりついた。

 すると彼女は何かを感じたのか、料理を頬張りながら目を丸くする。


「んっ!? ん〜……?」

 彼女は何やら唸るような声をあげている。しかしその表情は明るく、苦痛や不快感を感じている様子ではないことがコアイにも理解できた。

 むしろ丸まった目が輝き、彼女の感嘆を表しているように見える。


「なんかの汁出てきた? おいし〜!」

 塊を飲み込んで、(つぶら)な瞳をコアイに向けて、そう口にして……彼女はそうするや否や、酒を口にしていた。

 そして少し熱の混じっていそうな吐息をこぼしてから、先ほどかぶりついた跡を確認しているらしい。


「ほらほら、中に肉入ってる、なんかアタリ引いたみたい」

 そして確認した断面をコアイの側へ向けながら、楽しそうに目を細める。


 その姿に、コアイは無意識のうちに表情を緩めていた。

 一呼吸おいた辺りでそれを自覚して、すると胸の内側がじんわり暖まる。


「これってもしかして、おっきいのは肉まんとかおやきみたいな感じなの?」

 コアイは()()を味わうように、黙ってそこへ意識を向けていた。


「ねぇ、おーい……」

 意識の端っこ辺りで、彼女が何やら手を振っている。


「ねぇ、どうなん? 教えてよっ」

 彼女の問いかけが、コアイの意識を引き戻した。

 先ほどまで酒を注いでいた店員は、既に店の奥へ戻っている。つまり間違いなく、彼女はコアイに(たず)ねている。


「おっきいのは基本、何か具を包んでるの?」

「あ、ああ……済まない。それは……」

 しかしコアイは覚えていなかった。以前に食べた、この料理のことを。

 あの時は、不快なものでないことは感じていたが……少なくとも、あの時のコアイには料理の良し悪しなどあまり分からなかった。

 ただなんとなく、この料理のことを心に留めておこうと思っただけ。

 詳しくは覚えていない……というより、料理のことを詳しく知ろうと意識していなかった。


「私には、良く分からない……」

 答えられないことを申し訳なく思ったせいか、コアイは素直に口にしていた。


 そんなコアイの心境に気付いたのかどうかは分からないが、彼女は店の奥側へ向いて片手を振りながら声を上げる。


「すいませーん」

「お嬢さん、お代わりかい?」

 彼女はハッとしたようにまばたきしながら、近付いてきた店員の側へ身を乗り出す。


「あっうんお代わりください、それと……」

(さかな)も追加する?」

「それよかこれって、もしかして具入りと具なしがあるの?」

 彼女の問いを聞いた店員は少し間を置いて、後……何故か胸を張っていた。


「よく気付いたねえ! 変化があって面白いだろ?」

 店員は一層深く笑顔を作り、大袈裟に手を広げる。


「普通は具をはさむんじゃなく、具入りのソースを添えたりかけたりするらしいんだけど……ちょっと別の料理法を応用してね、ダンナに薦めてみたのよ」

 得意気になっているのか、店員は先ほどまでより更に軽やかな手付きで酒を注いで彼女に手渡した。


「具も一種類じゃないからねえ、楽しみにしててね」

「うん、ありがと!」



「ってほら食べないの? 飲まないの? どっちもおいしいよ」

 コアイは当初と変わらぬ様子で食べ進め、飲み進める彼女を眺めているだけで満足していた。

 しかしそれでは彼女が気にするようなので、彼女の取り分が減らぬよう少しずつ料理を口に運ぶ。



 ……やはり、私には、酒や料理よりも…………




 やがて二人は料理を食べ終え、店員が空き皿を下げに来た。


「追加は無しでいいかい?」

「うん、ごちそうさまでした!」

 スノウの笑顔が、心地好い眩さを感じさせる。

 

 彼女はすっかり満足したらしい、今日は飲み過ぎて酔い潰れることもなく。

 となれば……そろそろ夜も深まるころ、寝処のことを考えよう。


 コアイは彼女が安心して眠れるよう、宿を探そうと考えた。

 今から他の城市へ向かう時間もなければ、野宿の用意などもしていないから、このままこの街で泊まるのが妥当だろう。しかしここで寝泊まりしたことはないから、宿の在り処が分からない。


「この街に宿はあるか」

 意図したわけではないが、コアイはひどく単調な声で机上の皿をまとめる店員へ問いかけた。


「宿かい? 別の区画だからちょっと歩くけど、何軒かあるね。道は……」



「また来ておくれよ!」


 二人は店を出て、教えられた通りに路地を進んでいく。




 二人は当たり前のように手を取り合って、街中を歩く。

 当たり前のように取った彼女の手が、熱を強く伝える。


 何も言わない彼女の口から、時折吐息が漏れ聞こえる。

 何も言わない彼女が握り返す手は、何時もより力強い。


 二人を行き来する熱は、そのたびに二人を一層暖める。


 言葉を交わさず歩く二人は、互いの存在に夢中らしく。




 やがて二人は、首尾よく教えられた名の宿を見つけた。



「はいいらっしゃい、一晩二人一部屋、素泊まりだね?」

 コアイは早速宿に入り、受付を済ませる。

 食事を済ませたとは一言も言っていないのだが、間違ってはいないので口を挟まないでおいた。


 と、二人は受け付けた男とは別の下女らしき者に、早々に部屋へ案内されていた。


「すぐに湯をお持ちします。お身体を拭き清めて、ごゆっくりしてください」

 と言って下女が立ち去ろうとしたところ、別の人間が湯の入った桶と(たらい)を持ってきていた。


「あら早いね、って手拭がないじゃない。まったく……急いで持ってきて!」

 下女は後ろを向いて指示を追加しつつ、桶と盥を受け取る。そして反転しコアイにそれ等を手渡してきた。


「お湯だけですみませんが、先に……ああそれと、もしお楽しみなら、これで腰湯をどうぞ」

「腰湯?」

 コアイは、何故か下女の目が少しだけ笑っているように感じた……が、コアイにはその意味がまるで分からなかった。


 若く可憐な女を連れた美男らしき旅人に、下世話な話を投げかけ微かにニヤついてしまった下女の心地。

 そんなものが、コアイに分かるはずもなかった。

 分からなくて、互いに幸いではあっただろうが。



 ただし、コアイの側では……意味の分からぬまま盥を受け取った以上、その意味や意図を問おうとするのは自然な流れであった。

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