酒食振る舞う魔王さま
横から彼女の前へ出て、その手を引いて城市へ歩いていこう。
そう考えて歩き出そうとしたコアイの顎先に、横からスノウの頭がのそりと寄ってきた。
それはコアイにとって想定外の動きだったため、全身に纏う斥力を解く猶予はなく……彼女の頭を軽くはね退けていた。
「ん……」
頭に受けた微かな斥力の触感が奇妙なためだろうか、それとも心身ともにぼうっとしているためだろうか。
ともかく彼女は呆けた声を漏らした。
「……どうかしたのか」
心配の声をかけつつ、コアイも少しだけ呆けているのを自覚していた。
コアイの肌にまでは触れなかった彼女の髪が、鼻先に何かを薫らせ残していったように感じて。
「あ〜、まだ寝ボケてるかもごめん」
「そ、そうか……」
ゆっくり振り向いてから苦笑してみせる彼女の姿が、くすぐったいというか……妙に気恥ずかしく思えて、けれど安心感ももたらしていて。
「その、身体の具合が悪いのでなければ構わない」
コアイは視線を斜め下に落としながら彼女から一旦離れ、馬の肩辺りに括りつけてあった金貨入りの袋を手にした。
「街に入って、まずは店で食事を取ろう」
そして直ぐに彼女の側に戻り、彼女の手を取った。
すると彼女の手が少し冷たく感じる。
しかし彼女が手を握り返すと、急にそれがあたたかいものに変わる。
「あ、言われてみれば……割とお腹すいた」
コアイの腕に寄り添って呟かれた彼女の小声も、あたたかくて。
「ていうか、夕焼けきれいだね〜」
と、二人歩き出そうとコアイが思い立ったところで……彼女は突然関係のないことを口にした。
彼女の足は動いていない。コアイは外側から一歩踏み出していたため、そのまま足を止めて身体を彼女へ向けた。
「暗くなりかけでさ、ちょうど建物の高さ辺りで色がまじってるの……エモくてすき」
彼女が夕暮れから宵の口へと向かう頃、暮れ方の空を気に入っていることは理解できたが、彼女が突然そう口にした理由はまるで分からない。
しかし、腹が減ったのではなかったのか? と率直に尋ねることはできなかった。
コアイにとっては夕焼けよりも、空を見上げる彼女の横顔……微かに残る夕暮れの赤に色付いた横顔こそが綺麗に見えて、そのことがコアイの思考をすっかり支配していた。
それは声も出ないほどに目を引いて、息も詰まるほどに胸を高鳴らせて。
「あっごめん、ごはん行こっか」
何時の間にか苦笑していた彼女の横顔が、少しだけコアイの思考を引き戻す。但し、それもまたコアイにとっては十分に愛おしいために、少しだけ。
「て、おーい!?」
まだ動けないでいたコアイだが、彼女の表情が変わったことは感じ取れた。
彼女は目を見開いてコアイに呼びかけながら、その手をクイクイと引いている。
「あ……そ、そうだな。行こう」
我に返ったコアイは、どうにも彼女に悪い気がして……少し手を強張らせてしまった。
彼女がそれを感じたのか感じていないのか、それは分からない。
ただ、彼女が一旦手を離した。
痛かったか? まさか……嫌だったか?
と、コアイは気に病んだ。
が、スノウは直ぐに手を握り直していた。
手の向きを入れ替えて、握り直していた。
少し暗い街の路地、スノウの手を取ったままコアイは先日の記憶を頼りに歩いている。
コアイは以前にこの城市を訪れた時よりも、通りを往く人が多いように感じた。
そしてやはり、二人で街の中通りを歩くと……ここでも、すれ違う人間達の多くがコアイ達を見ていて……耳目を集めているような気がしていた。
何故だろうか……彼女の服装が物珍しい、風変わりなものだから……だろうか。
コアイにはやはり、それくらいしか原因が思い浮かばない。
考えても良く分からないから、それは捨て置いて……彼女のために歩き続ける。
と、コアイは辺りの様子から、過去に近辺の店で食事をしたことを思い出した。するとちょうどそのとき、横から少し枯れた声が聞こえてきた。
「お兄さん、そこのキレイな……?」
声こそ少し枯れているが、その調子は何故かスノウのものに似ているように思える。
「て、アンタもしかして去年ウチで食べてってくれた……お兄さんかい?」
「ちょうど店を開けたとこなんだ、お連れさんも一緒に寄ってってよ」
コアイ達は矢継ぎ早にまくしたてられる女の声のままに、建物へ案内された。
「さて、早速だけどご注文は?」
「任せる、なるべく早く……美味いものをくれ」
コアイは着席しながら店員の女に告げる。
「ふふ、この前と似たような注文だね? では、少々お待ちください」
コアイにはいまいち理由が分からないが、店員の女は朗らかに笑っている。
「あ、それとお酒あったらください!」
何処か似た雰囲気で、スノウが付け足した。
「酒か……そういえば、ウチの旦那が珍しい酒を仕入れたって言ってたねえ。よかったら、聞いてみようか?」
「じゃあそれで!」
しばらくすると、コアイ達の前に大皿料理が供された。
「お待ちどおさま、ダースのおすすめドルマハひとーつ!」
皿の上では葉に包まれた大小様々の塊がもうもうと湯気を上げている。
「これ葉っぱ? かしわ餅みたいな感じ?」
「カシワモチ? それは知らないけど……とりあえずお酒も持ってきたよ」
加えて、どうやって大皿と同時に運んできたのか疑問に思うほど大きな……人の顔よりも二周りほど大きな甕が、大皿の横にドンと置かれていた。
「これは『パルショー』って酒らしいんだけど……なんでも大昔に、ここよりずっと南西を支配してた魔族が好きだった酒だそうな」
「大昔……古い記録が見つかった的な?」
「そうみたい、魔族が支配してた頃ってことだから……何百年も前だね。ああ、それで……ソルガーとかいう背の高い草から取れる赤紫の実をすり潰してからよくこねて、一月くらい寝かせたのを原料にするんだってさ」
ここよりずっと南西……
うっすらと、コアイに従属的な魔族が南西の果てを支配していたような記憶があるような、そうでもなかったような……
ただ、南西の果てを根城にしていた魔族の存在自体は覚えている。
しかし、そんなことはいま重要でない。
「フタしまってるのに、なんか香ばしい匂いする……ねえコレどうやって飲むの?」
スノウは目を輝かせ、興味津々といった様子を隠さない。
コアイは彼女の様子に、心が躍るような歓びを隠せない。




