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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 安穏のなかで、ひとり鍛錬を
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人里立ち寄る魔王さま

 ずっと彼女を抱きしめて、馬の背で温もりを感じていた。

 駆け続ける馬蹄の響きも、風を切る雑音も耳に入らない。

 私の耳に残っているのは、胸で受取る彼女の早鳴りだけ。


 それでも私の胸の奥には、温もりがずっと残ってくれる。




 早駆けに駆けている、もはや暴走と評さざるを得ない騎馬の激走を……方角だけ西に向けて、それ以外は馬の行く気に任せる。

 駆けることはほとんど馬に任せて、コアイはより重要なことに意識を……スノウが落馬しないよう、しっかりとその身体を保持する。


 決して落とさないように……いや、本当はもしかしたら……ただ彼女と密着したくて、その身体を支えているのかもしれない。


 けれど、それはそれで構わない。

 現実に、彼女が側にいてくれるならそれで。


 彼女に何の危険も心配もなければ、それで。


 彼女を包む腕に、腿に、全身に力を込めると……熱がこもる。

 



 それ等を実感していたら、いつの間にか森を抜けていた。

 遮るもののない強く乾いた西日を受けて、それを察する。



 二人を乗せた馬は、二人乗せているとは思えないほど……いや、馬本来の走りからは想像もつかないほどの速さで大森林を西に抜けていた。


 馬は速度や勢いを落としつつあるように感じられるが、その足元には先程までとは比較にならないほど多量の砂埃が舞っている。

 森を抜けたために、急に地面が乾いたらしい。



 コアイは以前に大森林の西側、国境(くにざかい)となっていた川の向こう……いわゆるタブリス領へ来たときのことを思い出す。


 以前に来たときにはもう少し草木が生えていたように思うが、季節の差だろうか。と言っても、特に気にする必要もないだろう。

 確か……更に西へ行けば南北に川が流れているから、川沿いに北へ進み、渡れる橋を探す。橋を見つけ渡る頃には、城市が見える……だったか。


「もう少し行けば、人間の城市がある。明るいうちにそこまで行こう」

 コアイはスノウに語りかけてみる。が、彼女からは何の反応もなかった。


 そこでコアイはそっと、彼女の横顔を覗き込んでみる。すると彼女は目を閉じ、安らかな表情で……すっかり眠りこけていた。

 コアイは軽く、優しいため息を吐いてから体勢を戻す。



 そんな調子で馬への意識が向かないでいた間に、馬の速力は普段通りの水準まで下がっていた。

 とはいえ歩様の異常など、特段変わった様子も見られない。

 コアイは引き続き馬を西進させながら、ふと朝方からのことを考えていた。



 騎行の始めのうちに彼女が何かを叫んでいたことや、その後の道中でエルフ達の村をいくつか駆け抜けたことは覚えている。


 彼女が何か叫んでいることには気付いたが、何を言っているのかは風切り音で聞き取れなかった。

 その後しばらくすると落ち着いて……あとは特に変わった様子も感じなかった。とくに気にすべき問題はないだろう。



 声が止んだ後は、道中……彼女はコアイの腕にそっと手を添えていた。その手には震えもなく、強張りもなく。

 おそらく彼女はコアイの側で、安心して身を任せていたのだろう。だが当のコアイには、まだそれが……彼女の心境を、完全には理解できない。


 しかし、それを理解できようができまいが……それに関係なくコアイはただ彼女を想い、気遣っている。

 それは今のコアイにできること、コアイが望んでいることであり……またそう在り続ける中で、少しずつ理解も深まっていく……はずである。



 と、ともあれコアイ達は西の川に突き当たり、川沿いに北へ転進した。

 徐々に日差しが弱まる中、しばらく北上すると……川に幅の広い橋が掛かっているのが見つかった。


 過去にコアイがこの橋を渡った際には、兵士らしき人間がほとりに居た。しかし今日は、周囲に誰もいない。



 コアイはスノウがまだ眠っていることを確かめてから、馬をゆっくり歩かせて橋を渡る……その視線の先には、簡素な柵のようなもので囲われた城市が映っている。


 橋を渡ったあとも馬を歩かせながら、前方の城市はメルーフという名だったと回顧する。

 更に進み、城門へ近付いた頃には……前回訪れたときは、馬を軽く駆けさせて城市へ入ろうとしたところで……馬は城外に繋げ、と指摘されたことを思い出していた。


「兄ちゃん、馬はここらに繋いで、街中へは歩いていきな」


 そう思い出した直後くらいに、城に向かって歩く老婆に声をかけられた。

 拒む理由は特にない、コアイは馬を手頃な柵の横へ寄せる。

 そして馬を降りようとしたが……


 スノウはまだ目を覚まさないでいた。



 彼女は、コアイの側で安心しきっているのだろう。

 それをコアイが察せるようになるのは、もう少しだけ先の話なのだろう。



「そろそろ起きろ、町に着いたぞ」

「ん…………町?」

「人間の町だ。先ずは食事にしようか」


 下馬した二人は、やがて大きく開かれた城門をくぐった。



 ちょうど夕方から日没の、その前後辺り。

 スノウが飢えに苦しむより早く、食事にありつける。


 城に留まっているよりも早く、充分な食事にありつける。

 どうやらコアイにとって、満足の行く騎行となったようだ。

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