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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 安穏のなかで、ひとり鍛錬を
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彼女と駆ける魔王さま

「貴様が乗れるくらいの体格の馬を用意できるか?」


 大男が乗れるほどの馬格であれば、自分とスノウで二人乗りしても問題ないだろう……とコアイは考えていた。

 そう考えたところで、口が出ていた。



「大きめの馬? 今なら一頭は使えると思う」

 唐突な問いだったためか、大男アクドの応答は素直で簡潔だった。


「出かけるのか? お嬢ちゃんの分は……小さめの馬でも大丈夫だよな? それか、車を引かせるつもりかい?」

 そして素直に質問を投げ返す。


「いや、一頭で良い。馬車も不要だ」

 コアイも何時も通り、簡潔に答える。


「あれ、二人で出かけるんじゃないのか?」

此度(こたび)は時間が惜しい。ゆっくり車を牽かせる時間も、騎馬に慣れさせるような時間も無い」

 彼女の空腹を、少しでも早く満たしたいから。

 ただそれだけで、急ぐ理由として十分だから。



「んと……ゆっくり……だったっけ?」

 気を逸らせるコアイの横で、彼女がぽつりと呟いた。


 確かに、以前彼女を乗せた馬車が暴走してしまったことがあった。

 それを改めてつつかれると……コアイは申し訳なく、居たたまれなく感じてしまう。


「あ、あの時はす、済まなかった……」

 胸の内に重い何かが急速に澱んで、思わず顔を伏せてしまう。


「あっいやそんな責めてないから!?」

 優しい彼女はそう言ってくれるが、顔を上げられないでいる。



 と、コアイは彼女に肩を掴まれ前後に揺さぶられた。


「怒ってないから、怒ってないからね!?」

 

 肩を掴む彼女の手があたたかい。

 そのぬくもりが両肩から胸まで届いて、内側をすうっと晴らしていくような心地。


「うん……」

 コアイはごく自然に……彼女の両手首に自分の手を添えながら、彼女へ向き直していた。



「あ〜、で、とりあえずだな……二人乗りの鞍なんてここにはないが、大丈夫か?」

 大男の野太い声が、遠慮がちに聞こえてくる。

 ともあれ、コアイの意図はどうやらアクドに伝わっていたらしい。


「私と彼女なら、問題はない」

 そう、問題はない。

 彼女の尻が馬の背に直接触れないよう、斥力で守ってやれば良い。コアイにはそれができる。


「ま、王さ…………あ、いや、」

 アクドは、コアイの希望に背くつもりはないのだろう。

 されど、そう声を上げようとしたところで微かに足音らしき音がしただろうか。


「陛下がそういうなら」

 それに呼応するように、アクドの物言いが少し変わっていた。


「これこれ、それを言うなら(おっしゃ)るなら、じゃ」

 その原因と思しき声……戸を叩く音とともに、三人とは違った(しゃが)れ声が聞こえてきた。


「お、伯父貴(おじき)、いつの間に……」

「ほっほ、気付いとったくせに……言うものじゃの」

 門前では、嗄れ声の主ソディが朗らかに笑っている。

 おそらく、自分が近付いたことに気付いたためアクドの口調が変わったことも、それを悟られまいと自分の接近に気付かなかったふりをしていることも……判っているのだろう。


「しかし、やはりまだまだ……と、これは失礼いたしました、陛下……そして、王妃殿下」

 話し続けながらソディは笑っていたが、途中でふと姿勢を正して……コアイに、そしてスノウに一礼した。


「こんちは……って、おうひ……? でんか?」

「……なのか?」

 合点のいかない様子の二人……スノウとアクドの顔。

 少なくともスノウは、腑に落ちないという様子で首を傾げている。


「ほほっ、(わし)はそうお見受けいたしますがな……陛下は如何(いかが)ですかな?」

 対して、老人はにこやかな顔を崩さない。


「……」

 コアイは声を出せなかった。



 声に出せない。

 言いたい。彼女に伝えたい。


 私の、大好きな人。

 私が王であるなら、妃はそなたであってほしい。

 そう心から想う人。



 なのに、言葉にできない。



「まあそれはともかく、外で準備しようか」

「ご出立なさるのですか、なれば支度いたしましょう」



 伝えたいのに。

 彼女に。



「わ、私、は……」


 言いたい。言ってしまいたい。




「わ、私は、それなら……嬉しい」

 ようやく喉から先へ言葉を出した時には……他の三人とも遠く先へ行ってしまっていた。


「……くっ…………」


 コアイは顔を熱くしながら、つい横壁を拳で叩いていた。

 気を奮い立たせて何とか口に出したのに、彼女どころか誰一人聞いていなかった。

 それが恥ずかしくて、悔しくて。




「はえ〜、この前の馬よりおっきいね……」

 城の中庭で、大男がその佇まいに似合った雄大な馬に馬具と袋を据え付けている。


「騎馬で往かれるなら、金貨以外の荷は減らしましょう。もしなにか入用になりましたら、現地で買われるのがよいでしょう」

「そうだ、先日貴殿に預けた霊薬の壺を出してほしい」

 荷の説明をするソディに、コアイは以前使った馬用の霊薬を求める。

 西側の人間の城市まで森林を一気に駆け抜けるために、先日馬を爆走させた霊薬を使ってみよう……と考えたためである。


「改めて薬の使い方を()くまで、使わぬほうがよさそうに思いますが……心配は無用ですかな?」

「前と同様に使うなら、問題はなかろう」

「承知いたしました、お持ちしましょう」


 ソディが去ってからしばらくして、馬と向き合っていたアクドが振り返った。


「よし、準備できたぜ……あれ、伯父貴は?」

「そろそろ戻る頃だろう、頼み事をしてある」


 ソディが物置から戻ってきたのを確かめてから、コアイは先に馬に跨る。そうしてから、スノウの手を取って馬上に引き上げた。


「んしょ……ありがと」

 コアイはスノウを前に座らせ、腿を内側へ強めに寄せた。

 そうすることで両の膝から脛が馬の脇腹を締め、腿が馬の背を覆う。

 そして馬の背を覆った腿の上、薄く斥力を起こしてその上に彼女を座らせる。


 そうすれば、彼女に馬の背からの衝撃は伝わらない。



「良し、ではその薬を手で二(すく)いほど食べさせてくれ」

 コアイの言に従い、ソディが薬壺から霊薬をすくい取って馬の鼻先に差し出した。

 馬は大好物にむしゃぶりつくように、ソディの掌から一心不乱に霊薬を舐め取る。

 それを繰り返し……


「では、行ってくる」

 と告げたコアイの言葉を遮るかのように、高らかに嘶いた馬が待ち切れないと言わんばかりに駆け出す。

 その脚は早く力強いピッチで回転し、あっという間に城を飛び出していた。

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