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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 安穏のなかで、ひとり鍛錬を
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旅路にかける魔王さま

 彼女は眠っている。

 息は弱いが、見ている限り途切れるようなことはない。咳き込む様子もない。

 水もつかえることなく飲めていたし、大丈夫だろうとは思う。


 けれど、目が離せない。

 

 彼女は、目覚めるのだろうか。

 彼女は、元気になれるだろうか。

 彼女は、不調を残さないだろうか。



 彼女が不安なく起き上がれることを、ただ願って……

 今はそれ以外のことを、考えていられない。




 コアイは静かな夜のなか、時間が経つのも忘れ延々とスノウの眠りを見守っている。


 そうすると、彼女は眠ったままだが……少しずつ、少しずつ表情が柔らかくなっていくのが分かる。

 少しずつ、寝息がはっきりと……呼吸の弱々しさ、胸の膨らみの少なさが改まっていくのが分かる。



 これなら、もう暫く寝かせておけば大丈夫だろう。

 以前にも似たようなことがあった、きっと問題はないだろう。

 


 コアイは夜が更けても変わらず、ただスノウの様子を見守っていた。

 彼女の寝息が強く大きくなるにつれ、薄暗い寝室のなかで……青白かったスノウの顔色が徐々に色味を取り戻していく。


 見た目にもはっきり良くなりだしたと感じて安心したところで、コアイは先ほどまでとはまるで違ったことを考え始めてしまう。



 彼女と、何を話そうか。

 彼女と、何を食べようか。

 彼女と、何をして笑おうか。


 彼女に、抱き締められたい。

 彼女に、さわっていたい。

 彼女に、よりそいたい。



 コアイはそれでも、スノウが目覚めるまではとベッドに潜り込まず、手出しをせず……少し離れた椅子から彼女を見つめていた。


 どうやら夜明け時までそうしていたらしい。窓から薄明かりが届いて、彼女の顔色を変えて見せる。

 しかしそれは、よくよく見ると……朝方の薄明による変化だけでなく、彼女自身の回復によるものでもあった。


 もう少しだ……と、コアイは自分に言い聞かせるように意識しながら椅子に腰を据えた。



 やがて、日が昇って……再び彼女が目覚め身体を起こしたときには、その顔色もすっかり普段の色彩に戻っていた。

 そんな彼女は、まず右を見てから、左に振り返って……そこでコアイの姿に気付いたらしい。


「あ、王サマ、おは」

 コアイは彼女の言葉尻を待たずに、思わず抱きついていた。



 抱き止めたまま、小さく息を吸う。

 胸元へ伝わってくる彼女の鼓動が、何時もより微かに弱い。


 体勢を変えずに、小さく息を吐く。

 全身に伝わってくる彼女の温度が、何時も通りあたたかい。




 彼女が身体をよじったのを感じて一旦離れると、彼女は目を閉じて俯き、頭を軽く横に振っていた。


「ん、んっ…………」

 まだ頭が重く痛みがあるが、少しは楽になった……というところだろうか。


 コアイは何となくそう思えて、とても気が楽になった。

 何故そう思えたか、はっきりとは解らないが……とにかく安堵していた。


 そして安堵すると、それを押し倒すかのような自身の欲求が胸の内を一気に塗り替えてしまう。



「王サマ、ありがとね」

 彼女がコアイの側へ再び顔を向け、目を見て微笑んでいた。

 それは素直な感謝……のはずだが、コアイは眼の奥を覗かれて、自身の欲求を見透かされたような心地を覚えた。


「ん、あ、ああ……」

 それを誤魔化したくなって返事をしようとして、上手く返事もできなくて。


「そ、そうだ、その……」

 上手く話もできなくて。



 ぐぅぅ



「えと……お腹空いた」

 彼女は上手く話してくれていて。


「分……食事にしようか」

 話は上手く伝えられなくても、それよりも彼女のために……食事を用意してもらおうと、コアイは試作の魔導具に手を伸ばす。


「ん、それなに?」

「ここを押すと、アクドに合図が送れて……用聞きに来てくれる」

「へぇ〜……チャイムってか、ナースコール的な? すごいね! 前からこんなのあったっけ?」

 スノウはコアイの手に収まった魔導具を、まじまじと見ている。

 興味津々といった表情が可愛らしい。


「やってみてやってみて!」

 スノウは魔導具を見て目を輝かせている。

 キラキラと艷やかな瞳が可愛らしい。


 コアイはそんな彼女を目の当たりにして、声も上手く出なくなり……ただ頷いた。



 確か、真ん中だったか。


 と、コアイは魔導具の出っ張りを押した……その途端、崖崩れのような音が階下から聞こえてきた。

 それに連れて、数人の騒ぎ声が響く。


「あれ、なんかあった感じ? もしかしてそれ?」

「いや、前回はこんな騒ぎには……」

 前回……彼女のために、人を呼んだばかり。その時は、静かなものだったが。



 少し待ってみると、部屋の外で戸を叩く音と野太い男の声が起こった。


「済まねえ、遅くなった……こっちでも何かあったのか?」

「いや、問題はない。入るがいい」



「今日は料理はできなさそうだ、済まねえ……」

 寝室へ参じたアクドの話では、丁度コアイからの呼び出しがあったころ……新入りの小間使いが厨房で火災を起こしてしまったとのことであった。


「火はすぐに消せたが、あちこち壊れちまった……厨房が直るまでしばらくかかりそうだ」

 当分の間、城で手の込んだ料理は作れないとアクドは嘆く。


「料理ができぬ、か……」

「外の空き家とか使えないかな?」

 と、だしぬけにスノウが提案していた。


 彼女は何時も、すぐに何かを思いつく……コアイには、そんな気がしている。


「ほう、なるほどな……しばらく使ってないから掃除もしなきゃならんし、どの家の台所が使いやすいか調べる必要があるが……明日か明後日くらいには料理が出せそうだな」

「あ、あした……」

 彼女は返事をしながら腹を鳴らした。


「今夜くらいでなんとかならない?」

「簡単なものなら、近くの村から持ってこれないこともないと思うが……」



 二人の会話をよそに、コアイはさしあたり……何処か別の場所で食事を取らせようと考えた。が、スノウと二人では、近隣の村へ行くのも少し問題だろう。

 人間を嫌う村人が騒ぎ立て、一悶着起きる……ようなことが、無いとはいえない。


「……いや、いっそ人間の地まで……」

 なれば、いっそ人間の住処まで旅してしまえばいい。


 馬車は使わず、二人で馬に乗り……先日使った馬用の霊薬をまた用いて……

 そうすれば、彼女が飢えるよりも早く森を抜けられるだろう。



 そうだ、この前は北へ行ったから……今度は、西へ……彼女を連れて…………

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