表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 安穏のなかで、ひとり鍛錬を
160/313

胸が焦げつく魔王さま

 後方以外の三面を()き火で囲われたところに、一人腰を下ろしている。


 体の正面から、左右から届く身を焼かない程度の熱。

 それは、類似する感覚……ただの焚き火とは異なる存在から与えられる、良く似た心身の反応を思い出させる。


 そして身体中の想いを呼び起こされて、心を焦がされている。

 それはじんわりと胸の内側をあたためて、意識を浮かれさせて。



 火に囲まれている。しかし熱いとは感じない。

 ただ、あたたかいと。彼女に囁かれたときのように、顔が熱くて……身体があたたかいと。



 コアイは微熱のなかで微睡(まどろ)むように、夢を見るような心地でスノウのことを思い浮かべていた。

 周囲の炎はもはや、そのための介添えとしてのみ存在するかのようで。



 彼女が……あたたかい、愛おしい、うれしい、心地良い……


 すきだ。胸が跳ねる。ドキドキする。



 コアイはぼんやりと、自然と……彼女からの熱に()てられたときの記憶を反芻していた。もしかしたら、少し曖昧かもしれない意識の中で。



 あいたい……抱き締めたい、さわりたい、抱き留められたい。


 さわられたい。



 しかしそのひとときは、永く続くものではなかった。

 炎熱の作用が少しずつ弱まってきたのをきっかけに、すうっと我に返っていくのをコアイは自覚する。



「おや、(たきぎ)を使い切ってしまったか……と言っても、そろそろ頃合いかの」


 そして、それを裏付けるがごとく、炎の向こうから彼女のものではない声が聞こえる。

 三方で燃え尽きようとしている薪と炭と灰を前に、コアイはすっかり意識を取り戻していた。



「陛下、日が西に傾き始めました……薪も無くなりました、此度(こたび)はここまでにいたしましょう」

 火の番をしていたソディは柔和な笑みを崩さないでいる。

 しかし、何時ものような軽やかな調子が感じられない。


(わし)は昼食を摂ろうと思いますが、陛下は召し上がりますか?」

 普段よりも生気が薄く見える。

 どうやら、コアイ達は朝から……昼飯時を過ぎるまで行を続けていたらしい。



 それにしても……熱さとあたたかさの感じが、やはり良く似ている。何故かそう感じる。

 そうか、なれば……彼女を直視できないほどの熱を感じたときに、今の()()を思い出せば。

 そして、その時までに()()に耐えられるようになっていれば、もしかしたら彼女の視線にも……彼女の囁きにも…………



 しかしコアイの関心は、行の成果にばかり向いてしまう。


「私は要らぬ」

「承知いたしました、では儂の分だけ用意してもらうことにします」

 二人は一度城内へ戻ることにした。


「ふう……ところで、相火行(あいかぎょう)はいかがでしたかな、陛下?」

 ソディは背を丸め、少しくたびれた様子で息を吐きながらコアイに問いかける。

 長時間の作業にへばりながらも、なおコアイを気遣っているのだろうか。



「良い成果が得られそうな気がしている。この鍛錬、もう一度……いや、何度か試したい」

 コアイはこの鍛錬が、自分をもう少し強くしてくれるような気がしていた。

 この鍛錬を続けることで、コアイは……自身に触れるスノウを、彼女が己に触れる様子を直視できるように……()()なれそうな、気がしていた。


「かしこまりました。では、また薪を集めねばなりませんな」

「……数日待っていれば良いか?」

「急げば、明日の夕方までには集められると思います。明日雨が降らなければ、夕方から始めましょうか」




 ソディが近隣の村落から薪を集め、それを燃やした炎でコアイが熱に中てられる。

 それを数回、数日間にかけて行ってみたところ……四、五回目あたりの行で、コアイは炎を前にしながらはっきりと意識を保ち続けることができた。


 更に行を繰り返し……七、八回目あたりの行で、コアイははっきりと彼女のあたたかさ、熱を思い出しながら……それでいて意識を手放さず、炎の存在を意識することなくスノウへの想いだけを胸にして……焚き火が燃え尽きるまで彼女を想っていた。



 行ける、今の私なら……何をされていても、彼女を見て、感じていられる。

 今、そう確信めいている。


 少しは強くなれた、間違いない。




「ふむ……? 陛下、心なしか……以前よりも輝きが強まっておられるような?」

 ソディも何か、コアイの変化を感じているらしい。


「そうなのか? それは分からないが、私はいま鍛錬の成果を実感している」

「なるほど、それが儂の目には輝きとして映っておるのかもしれませんな……とにかく、良うございました」


 行を終えて、何時も通り二人は城内に戻った。ただ今回に限っては……達成感を肴に、軽く酒を酌み交わした。



 そして、寝室に戻ったコアイは……


 二人分の食事と風呂の支度を指示して、以前に買ってきて手付かずだった酒を出して。

 召喚に使う小物を一つ選んで、大きく深呼吸して……胸の奥がムズムズしたのを感じて。


 なんとなく前髪を弄んで、くすぐったく感じて……背中や、耳や、首筋がゾクっとして。

 もうすぐスノウに逢えると分かって、分かっているのに何故か切なくて、震えていて。


 スノウを召喚して、足元で横たわる彼女を目にして、抱き上げて……身体が熱くなって。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ