続きをみたい魔王さま
「き、今日は大人しくする……といって、言って……いただろう!?」
紅に染められたような真っ赤な頬をしながらコアイは詰った。
「あれっそうだっけ? そう……かなぁ? ごめん忘れちゃったぁ」
それに対し紅に染まったような真っ赤な顔でスノウは惚けた。
きらきらと潤んだ瞳、目尻の下がった呆けた表情……そして力の抜けた口調。
でありながら、スノウの左手はコアイの右手にしっかり絡みつき、互いの掌をぴったり密着させるように握りしめている。
そしてその右手は力強く項に引っかかり、コアイをがっしり捕らえて離さない。
こうなってしまうと、少なくともコアイの側では……抗うこともできない。
いや、抗うつもりもないと表すべきだろうか。
輝く瞳が可憐な声が、柔らかな手が暖かい指が私を捕まえている。
彼女が、触れてくれている。
彼女がそうしたいと求めるのなら、私は拒みはしない。
そうしてくれるのを、私が拒む理由などありはしない。
けれど、今は何故か……そう彼女へ伝えるのが恥ずかしい。
「い、いや、それでも私は、そなたが求め……んっ」
求めを受け入れようと開かれたコアイの口を、彼女の唇が塞ぐ。
胸の奥が跳ねている。耳まで届くほど激しく鳴っている。
しかし、それはけして怒りや悲しみによるものではない。
今なら分かる。
喜んでいるのだ。私の胸の奥は。
身体もまるで、自ずから吸い寄せられ……それを望んでいたようにすら思えてくる。
私は……本当に、彼女のために?
彼女の求めを満たすために、触れられたいと?
本当に心から、そう思えて……いるのだろうか?
いや、そうであってもそうでなくても……まずは彼女を満たそう。
彼女が喜んでくれていれば、それで。
二人だけの小さな世界で、コアイはスノウに触れられている。
一方的に、触れられっぱなしで……視界も力感も、感触も嗅覚も聴力も、いずれの感覚もおぼろになっていくのを感じながら。
あの滝行に例えるなら、身体が打たれた水に溶けて、一緒に流れ落ちてしまうような。
彼女の手や足、皮膚や口が触れたところから……じんわり拡がって、染み込んで混ざって、溶けていって…………
しかし徐々にその感覚が強まるなか、ある時突然、それ等が弾けたような意識に襲われた。
そしてその後、突風に突き上げられ放り投げられたような、浮遊感を全身で覚えて……
身体は力も重みも失って、頭は灼かれたように熱くて……どちらも痺れたようで、何も考えられない。
私はどうなってしまったのだろう。
もしや、これが……死ぬということなのだろうか?
私は彼女に殺されたのか?
しかしそれなら……それで良い。
彼女のために死ねたのなら、彼女の手で死ねたのなら……それはそれで。
あれ? いや、でもそれだと……もう彼女に触れられない。
彼女にもう一度触れられることもできない。
それに、それでは彼女をこの世界で……一人にしてしまう。
それは少し、嫌だ。
私は、次も……彼女に触れたい。
次も、彼女に触れてもらえる私でいたい。
どうすれば……ああ、頭が働かない。
私はどうなってしまったのだ。
思考をまるでまとめられない。
浮遊感と脱力感に浸ったまま、コアイの意識は遠のいていった。
次に気が付くと、ベッドの上で一人……彼女は側にいなかった。
雨は降り続けているようだが窓の外はすっかり暗く、だいぶ時間が経っているらしいと考えられた。
一人、気を失っていたのだろうか。
と、いうことは……無意識のうちに、またやってしまったのだろうか?
先程よりは、よほどはっきりと思考できている。疲労感故か身体が重いことも、はっきり感じられる。
その中で、一先ずコアイはベッドの上で左見右見するが、彼女の姿は見当たらない。
「…………っ!?」
胸の奥から溢れそうになった不安と自責から、スノウの名を叫びそうになったところで……ベッドから離れた位置の椅子と人影が目に入った。
そこではスノウが横向きに椅子に座って、身体をひねって背もたれに寄りかかりながら……真っ直ぐ顔を向けてコアイを見つめていた。
「あ、おはよ王サマ」
あ、良かった……
スノウの姿に気付いて、コアイは心から安堵し……胸中にキュッと窄まったような痛みを覚えた。
「あーそのね、ちょっと離れたとこから王サマが寝てるトコ見てみたくなって。今そっち行くから」
彼女は頬を赤く染めながら笑って立ち上がる。
「カッコよくて、ときどきかわいくて」
嬉しそうな笑顔を保ったまま彼女がベッドに近付いてきて、コアイの側に腰掛ける。
そしてコアイの手を取り、
「だいすきだよ」
そう言って互いの手を頬に寄せた。
「わっわた、っそ、そのっわた!?」
しかしコアイはどうにも居た堪れなくなって、声にならない声を上げながら思わず手を払い除け……手元にあった枕を抱いて顔を埋めていた。
当たっているのはただの枕なのに、火で炙られているかのように顔が熱い。
そのまま倒れ込んで悶えていると、昼下がりと同じように、雨音と彼女の息遣いと……自分の心音だけが聞こえている。
そして、背に彼女が寄り添ったぬくもりを感じて……何時しか二人微睡んでいた。
コアイはあたたかさの中でうとうととしながら、一人考えていた。
彼女は嬉しそうだった。
私に触れて、喜んでいるのだろうか。
そうであれば、私は嬉しい。
だが私には、本当に彼女がそれを喜んでくれたのかが分からない。
私は、せっかくなら……喜んでくれている彼女を見たい。
確かめたいというだけではない。例えば酒を振る舞っているときのように、私も彼女が喜んでくれる姿を楽しみたい。
であれば、そのためには。
私はもう少し強く……意識を保てるように、より強くなりたい。
もうちょっとだけ続くんじゃ(ちゃんともうちょっと、になる予定)




